けいたと わるつをそのひは あめが ふっていました。 しと、しとしと。 がっこうから がくせいりょうへつづく、ほそい なみきみち。 しのみやは ぶかつどうをおえて、はやあしであるいていました。 ―――――・・・。 かすかな いきものの こえ。 しのみやは たちどまって、あたりをみまわしました。 すると しのみやの しせんのさき、おおきな きのした。 ちいさな ちいさな しろい こいぬが おおきな おおきな くろい めをして しのみやを みあげていました。 しのみやは おもわず その こいぬのまえに ひざまずき てを さしのべました。 こいぬは ちいさく ふるふる、と からだを ふるわせ さしだされた おおきなてに つと はなさきを すりよせました。 「おまえ、こんなところで どうしたんだ」 こいぬは ぬれた からだと ぬれた めで ただ ただ しのみやを みあげるばかり。 しばらく だまって みつめあったあと しのみやは その しろい こいぬを だきあげて あるきだしました。 しと、しとしと。 どうしたものか。 しのみやは くろい せいふくに すりよる しろい こいぬを みおろしました。 しのみやは がくせいりょうの りょうちょうです。 りょうのなかでは いぬは もちろん、ぺっとは かえません。 きそくは きそく。 しのみやは こまってしまいました。 みぎてには かさと かばん。 ひだりてには しろい こいぬ。 しと、しとしと。 しのみやは こいぬをだく ひだりてに ちからを こめました。 こいぬは しのみやの むなもとに あごをのせ くろい めで みあげています。 しと、しとしと。 おれは こいつの いのちを てに してしまったんだ。 もう かんたんに てばなすことは、ゆるされない。 しのみやは こいぬを りょうにある じぶんのへやへ つれていきました。 しのみやの へや、しのみやの べっど。 しろい こいぬ。 しのみやは こいぬを ふろに いれました。 しろい ゆげ しろい せっけん しろい こいぬ。 「おまえは きょうから おれと いっしょだ。 おまえの なまえは けいた、だよ」 けいたは しろい あわの なかで きゅん、と なきました。 しのみやの へや、しのみやの べっど。 しろい けいた。 しろい、しろい けいた。 しと、しとしと。 よくじつ、おひる。 しのみやは けいたをつれて、びじゅつしつへ いきました。 びじゅつしつでは ともだちの いわいが えを かいていました。 おおきな きゃんばす。 ちいさな けいた。 しのみやは いわいに けいたを しょうかいしました。 けいたは いわいの あしもとの えのぐのにおいを きょうみぶかそうに かいでいます。 「いいやつだな こいつ。とても とても、いいとおもうよ。」 いわいも けいたを きにいったようです。 よかった。 こんど けいたを えの もでるにする やくそくをして びじゅつしつを あとにした しのみやは、 けいたと きゅうどうじょうへ むかいました。 しのみやは きゅうどうぶの ぶちょうです。 「けいた、あれが かみさまの いらっしゃる かみだな、だよ」 しのみやは けいたを かたのうえまで もちあげて かみだなを みせてやりました。 けいたは はなを にど ひくひくさせたあと くし、と くしゃみをしました。 しのみやは くす、と わらい、けいたと めをあわせて いいました。 「おれは すこし れんしゅうを していくから そばで おとなしく みておいで。 けいたも きっと きゅうどうを すきになるだろう」 しろい けいたは くろい めで じっと しのみやを みつめ ぺろ、と しのみやのはなさきを なめました。 しのみやは ちいさな けいたのあたまを おおきな てのひらで ゆっくりと やさしくなでて どうじょうの かたすみに すわらせました。 ひょう、ひょう、ひょう。 ひょう、ひょう、ひょう。 しのみやが はなつ ゆみやは おもしろいように まとへ すいこまれていきます。 ひょう、ひょう、ひょう。 ひょう、ひょう、ひょう。 ひょう、ひょう、ひょう。 ひょう、ひょう、ひょう。 しのみやが やを いはじめてから、だいぶ じかんが たったころ。 ふと しのみやが けいたのことを おもいだして ふりかえると なんと、けいたの すがたが みえなくなっているではありませんか。 けいた。 あわてた しのみやが きゅうどうじょうから かけでると、 どうじょうの かいだんまえに かたひざをついて けいたの あごをつかんでいる どうきゅうせいの なかじまを みつけました。 「おまえ どこから きた? みかけない かおだな。 ふん、なかなか かわいい めを してるじゃないか。 おれが かわいがってやろうか。」 けいたは くろい めを めいっぱい みひらいて、うごけません。 しのみやは あわてて かけよりました。 「わるいな なかじま、けいたは おれの ものなんだ。 たのむから てを ださないでくれ。」 なかじまは たちあがると、めがねを おしあげて えらそうに いいました。 「おまえが そこまで しゅうちゃくするのは めずらしいな。 まあいい、たまには おれにも かわいがらせてくれ」 とんでもない。 しのみやは なかじまから けいたを ひったくるようにして そうだな、といいました。 なかじまは ふたたび はなをならし にわを みつけたら おしえるように、といって さっていきました。 ああ、びっくりした。 ぶかつどうをおえた しのみやと けいたが こうないを あるいていると どこからか はなのような よいかおりがします。 みると、かいけいしつまえです。 ここのあるじの じょおうさまは こうちゃが すきなので きっと その かおりなのでしょう。 けいたの はなが むひむひしています。 と、いきなり その とびらが ひらきました。 なかから でてきたのは じょおうさまの そっきん、しちじょう。 「すみません、しのみやさん。おどろかせてしまいましたね。おや」 しちじょうの むらさきの めが しのみやの むなもとにある けいたの くろいめと ぶつかりました。 あめじすとは すう、と おにきすを のぞきこむと、 ながい ひとさしゆびで おにきすの ぬれたはなを ちょい、と つつきました。 「ずいぶんと かわいらしい おともを つれていらっしゃるのですね。 ぜひ かおるにも みせてやって くれませんか。 かおる、かわいい おきゃくさまですよ」 「どうした、おみ」 どうしよう。 と、しのみやが かんがえるまもなく かいけいしつの なかから がくえんの じょおうさまと うたわれる さいおんじが かおをだしました。 「これは・・・」 さいおんじの におやかな かおが ますます かがやきを ましました。 けいたは まほうにかかったかのように、さいおんじに みとれています。 「けいた」 しのみやが そっと こえをかけると、けいたは ゆるやかに しっぽをふりました。 「おまえは けいた、と いうのか。よい なまえだな。 せっかくだから なかにはいって、おちゃでも のんでいけ」 じょおうさまの ごめいれいです。 ふかふかの そふぁーに あまい おかし。 たくさんの もじがおどる ぱそこん。 なににでも きょうみしんしんな けいたに さいおんじも また きょうみが あるようです。 ひとしきり けいたと あそんでから さいおんじは いいました。 「けいた、おまえは なかなかいい。わたしは おまえが きにいった。 どうだ、しのみや。けいたを わたしに くれないか?」 「ことわる」 しのみやが きっぱり そくとうすると 「だろうな」 と、いって じょおうさまは うつくしく あしをくみ おおげさに かたを すくめてみせました。 そろそろ いとまを こおうと こしをあげた しのみやに、 さいおんじは いいました。 「おまえのことだ、いろいろと かんがえているに ちがいない。 だが、あまり かんがえすぎるな。 わたしは かんがえなしは きらいだが、かんがえなしと ちょっかんは ちがうぞ」 しのみやは しつれいする、とだけいい けいたと ともに かいけいしつを あとにしました。 「たのしくなりそうですね、かおる」 「ああ、そうだな」 ひも かたむきかけた ろうかを あるいていくと、 ちょうど がくえんの おうさまである せいとかいちょうの にわが せいとかいしつへ はいるところでした。 にわは きょうも なかじまから にげまわっていたようです。 きょうは にわも がんばったんだな。 しのみやが こころのなかで こっそり くしょうしていると、 にわのかげに なかじまを みつけた けいたが こころなしか ひょ、と とびあがりました。 しのみやと けいたに きがついた おうさまが けいたを がし、と つかまえます。 「なんだ おまえ、ちっちぇえな―――! かたてで もてちまうよ、ほうら あはははははははは」 おおきな おうさまに ほうりなげられるように もちあげられて ちいさな けいたは うれしいやら たのしいやら こまったやら。 「にわ、きをつけてくれ! そいつは おまえと ちがって せんさいなんだ!」 しのみやは きがきでは ありません。 「どうぶつどうし、だな」 なかじまが ぽそりと いいました。 ちょっぴり、どうかん。 きんぐと くいーんの おめがねに かなえば あっというまに けいたの はなしは がくえんに ひろがります。 それもそのはず。 「おまえが うわさの けいたやな。 ごっつ かわいい かおしてるやないか。 わいが おまえのことを みんなに しらせてやったで。 これで おまえも おれらの なかまや」 たき、おまえは なんということを。 しのみやは なきたくなりました。 けれども しのみやに きそくいはんだ、などと いうひとは よるになっても ひとばんあけても にちようがすぎても ひとりも いませんでした。 しのみやの じんぼうも さることながら けいたの ふしぎな おーらは、あっという まに みんなを ひきつけてしまうのです。 けいた けいた。 けいた けいた。 しのみやは ふしぎな きもちです。 みんなが けいたを すきなのは、とてもうれしいけれど。 「けいたくん、また とのさまと あそんでね」 「けいた、こんどは うぇでぃんぐどれすなんか どうかな。 おれ、けいとあみだけじゃなくて れーすあみも とくいなんだ」 けいたは おれの、ものなのに。 「やあ はにー、けいた おはよう。 きょうも 食べてしまいたいくらい かわいいな。」 なるせは けいたを 持ちあげて ちゅ、と きすを しました。 おおきな けいたの くろめが ひゃ、と ますます 大きくなりました。 ゆだんも キスも スキも ありません。 けいた けいた。 けいた 啓太。 「やめてくれ、啓太は おれの―――!」 「―――――やめてくれ、啓太は俺の、俺の―――・・・!」 「・・・のみやさん、篠宮さん!」 はた、と気が付いて篠宮が腕の中を見ると 黒い大きな瞳を曇らせて自分を見ている啓太がいた。 篠宮の胸に軽く顎をのせ、見上げている。 篠宮の部屋、篠宮のベッド。 白い、白い肌の啓太。 しと、しとしと。 「篠宮さん、大丈夫ですか? なんか―――うなされてたみたいですけど・・・」 「―――ああ、大丈夫だ―――・・・」 篠宮はブランケットの中の啓太を自分の目線まで引き上げると、啓太の首元に顔を埋めた。 まだ、昨夜の熱を身に纏っているらしい啓太の瞳が潤む。 「し…しのみや、さん?」 篠宮は瞳を閉じ、ゆっくりと押し出した吐息とともに啓太の胸元へ額をすりつけた。 珍しく甘えるような篠宮の姿に啓太は驚きつつも、愛しさに震える指先で篠宮の黒髪を撫でる。 部屋の空気はすこし肌寒く、肌に触れる篠宮の吐息は熱い。 「伊藤」 篠宮の、いつにも増して真摯な声。 「・・・伊藤は―――俺のものだ」 篠宮の髪を優しく撫でていた白い指が、篠宮の逞しい肩を掠め、あやすように広い背中へと降りてゆく。 ゆっくり、ゆっくりと背を撫でる。 「―――俺は、篠宮さんのもの、です」 弱弱しいながらも、啓太がはっきりと口にした刹那、 篠宮は耐え切れず啓太に深く、深くくちづけていた。 しと、しとしと。 止めどなく交わされる、くちづけ。 その甘美な胸苦しさに、先に堪えきれなくなったのは篠宮だった。 互いの鼻先が触れるほどの距離で篠宮は、ささやく。 「―――愛してるよ」 溢れる想いに流されないように、啓太も掠れ震える声を励まして言った。 「俺も、です。・・・篠宮さん」 二人は目を合わせて密やかに微笑みあう。 ―――と、啓太が不意に、ぺろ、と、篠宮の鼻先を舐めた。 「―――!」 篠宮は思わず身を引く。白い啓太は、耳まで真っ赤になった。 「篠宮さん・・・好き・・・・・・だいすき」 漏れた言葉の恥ずかしさについ面を隠す啓太を緩やかに抱きしめながら、篠宮は啓太の耳元で、優しくささやいた。 「・・・そういう意味だったのか、―――啓太」 啓太がぱちぱちと瞳をしばたかせて篠宮を見上げようとする。 と、それをじんわりと遮って、篠宮は啓太と再び、指先を、掌を、唇を、躰を、重ねていった―――。 しと、しとしと。 今日も雨が降っています。 |