こういちの野望

第1回

こういちは深くため息をついた。
「誰もオレのことをわかっちゃくれないんだ」
退職後に使おうと思って買った家、今はそこに4人の若者が住み着いている。
「家を世話してやってるのに」
苦々しい思いで箸を置く。ふと、窓の外に目を向ける。庭の桜の蕾がほころんでいる。
もう春が近いのだ。こういちの脳裏に先週の中の亭会議の情景が浮かんだ。
「無理ですよ、NPO法人化なんて」
「いったい、何を目的にやろうとしてるんですか?」
「勉強もせずにやる気なんですか?」
こういちが中の亭のNPO法人化を提案した時、住人が一斉に反対した。
「いや、それをこれからみんなで…」
「お話になりませんね。」
「妄想するのはいいけど、自分たちを巻き込まないでください。」
誰1人として、こういちの提案に賛同するものはいなかった。結局、中の亭会議はこういちの意見を無視する形で終了した。
庭の桜から目の前の焼き魚に目を移す。黒く焦げている。
「今のオレの思いと一緒だ」
こういちはクスリと笑った。
中の亭のNPO法人化への情熱が、こういちの心の底で焦げ付いている。
どうやったら、みんなにわかってもらえるんだろう、どうやったら前に進むんだろう、住人の協力なしでは進まないのに。
こういちはまたため息をついた。時計に目をやる。今日は映画『赤ぱっち』の撮影だ。
もう迎えが来る時間だ。
こんな気持ちでは演技なんかできない。
そう思いながら、目の前の焼き魚に箸を立てた。

「もう聞いてや、今度はNPOらぁいうて言い出したがでー」
「NPO?いったい何で作るが?」
KKとよっちょが映画の撮影の準備をしている。
この映画はよっちょが監督、KKが製作を担当している『赤ぱっち』という作品だ。
今日はボイラー室での撮影、よっちょの夫あっちょが少し離れたところで小道具を並べている。
「中の亭でって言いゆうけどよ、そんなんできるわけないやんか。」
と、KK。KKは中の亭の住人だ。こういちのNPO法人化案に真っ向から反対している。
「まぁ、赤ぱっちに出演してもらうようになったがはありがたいけんどよー。」
ずっと渋っていたこういちから、映画への出演をオーケーしてもらったのはつい最近のことだ。協力したいのは山々だが、こういちの言うNPO法人化はあまりにも無謀だ。確かに中の亭には面白い若者が集まっているが、それだけでNPO法人化が出来るとは思わない。なにしろ前例がない。それだけではダメなのだ、何か特化したものがないと・・・、何か・・・。
「まぁ、そろそろこういちさん迎えに行こうか。」
よっちょがKKに声をかける。
「そうやね。こういちさん待ちゆうね。」
考えても仕方がない、今は撮影に集中しよう。
ボイラーの鉄くさい匂いがKKの鼻をつく。
KKは撮影用のバッグを肩に掛け、中の亭へと向かった。


(C)中の亭 nakanotei@favorite.zzn.com