こういちの野望第2回「こんにちはー、こういちさーん、迎えに来ましたよー。」 撮影現場から10分ほどで中の亭に着く。 今日は暖かく、外は春の香りがする。 中の亭の8畳間にこういちは1人で座っていた。 「こういちさん、今日はよろしくお願いします。」 監督のよっちょが丁寧にあいさつする。 「桜、もうすぐ咲きそうですね。」 庭を見ながら、KKがこういちに話し掛ける。 「あぁ、そうだね。」 気のない返答。こういちの心はここにあらず、という感じだ。 「じゃあ、さっそく今日の打ち合わせに入りたいんですけど。」 よっちょがバッグからノートを出し、こういちの注意を促す。 「あぁ、よろしく。」 やはり気の無い返事だ。 ちょっと、やる気あるの?やる気のなさそうなこういちに、KKはイラつきを覚える。 こういちが何を考えているかはわかっている。中の亭のNPO法人化についてだ。 今はそんなことより映画の撮影に集中してほしい。 KKもノートを取り出し、打ち合わせに参加する。 「・・・で、ここでこのセリフを言ってもらいたいんですけど・・・。」 監督がこういちに演出の説明をする。 こういちの視点が定まらない。話に集中してないのは明らかだ。 「ちょっと、こういちさん話を聞いてるんですか?」 KKがたまりかねて口を出す。 「あ、あぁ。」 こういちは不満そうに、脚本に目を落とした。 「はーい、いいですよー、はい、カットー!」 撮影が終了する。最初は気乗りのしなかったこういちも段々と演技に熱が入っていった。 このボイラー室の機械音や空気が、こういちの気持ちを役へと向けさせたようだ。 少し錆び付いたような、懐かしい空気だ。 「こういちさん、よかったですよー、お疲れさまでした。」 よっちょが、優しくこういちを労う。 「こういちさん、かっこよかったですよ。」 あっちょが嬉しそうにこういちに声をかける。 「そうかね?」 こういちもまんざらではなさそうだ。 取り敢えず無事に終わってよかった。KKは胸を撫で下ろした。 「じゃあ、こういちさん中の亭に戻りましょう。」 こういちとKKがボイラー室を後にする。 この後の中の亭での話し合いが意外な方向に展開するとは知らずに。 |