あなたは厨房で慌ただしく行き来するシェフたちの背後をそっと通り抜け、下ごしらえ用の部屋へと滑り込みました。誰もいなくて暗いその部屋で手さぐりで棚を見つけ、静かに戸を開けると、あなたは
「レ、レミ、R・E・M・Yっと…、まわりにトゲトゲで…、うーん、どこかな…あっ、これかな!」
小さなペンライト片手に戸棚を物色し、ついに目標物をゲットしました。レミ・マルタン ルイ13世。エプロンの下にしっかりとそれを抱きかかえ、来たときと同じように壁づたい横歩きで厨房を抜け、あまたは薫さんの部屋へと廊下を猛ダッシュ。
「よう、おかえり。はやかったじゃないか」
本棚の前でグラスを物色する薫さんに、あなたは息を切らせながら、無言で、その美しいクリスタル・ボトルを突き出しました。薫さんは、ボトルを掴んだあなたの手首ごと自分へ引き寄せ、びっくりして顔をあげたあなたに艶然と微笑むのでした。
「一緒にやってくかい?共犯者クン」
「け、結構ですっ」
「そう。残念。高いんだぜ、これ」
さっきの情熱的なしぐさとは裏腹に、あっさりとあなたの手を放してボトルをしげしげと眺める薫さんを見ながら、あなたはさっきの指令を心の中で反芻していました。
(厨房の奥にね、いい酒が届いてんだ。レミ・マルタン ルイ13世っての。それガメてきてくんないかなぁ?そしたら、おまえさんがさっき割っちまった一脚ウン万のバカラのグラス、あたしのせいだって、かばってやってもいいんだけどなぁ…え?行く?そう、スペル分かるかい?レミはR・E・M………ボトルの形は………)
振り回されて 、どっと疲れを感じたあなたは部屋を出ようと踵を返しました。背後でボトルが封切られるキュポンという音が響き、トクトクトクと機嫌よさそうな音が続きます。背中を丸めたあなたがドアノブに手をかけたところで
「ちょっとお待ちよ」
と呼び止められ、振り替えると薫さんはグラスを持った手の人さし指を立てて、チョイチョイと手招きしています。
「こんないい酒、あたし一人で飲ませんの?フリでいーからさ、乾杯してってよ」
上機嫌で甘い声の薫さんに、もとより逆らえるはずもなく、あなたはグラスを取りました。薫さんはそれに3cmほど琥珀色の液体を滑らせると、自分のグラスを目の高さに上げて、言いました。
「メリー・クリスマス!」
その華やかすぎる笑顔と無邪気なウィンクに、クラリときたあなたは、何でも許してあげたくなっちゃうのでした。