メリー・クリスマス

「見てない!」

「絶対見られたー」

「見てないって言ってるだろう!」

苛立ちをかくせない美女丸君の声がして、半泣きのあなたは彼に二の腕(!)を掴まれました。

「聖夜にこんなことで騒ぐな」

ジロリと睨まれながらも、あなた美女丸君をまじまじと見つめずにいられませんでした。
聖夜って…。そんな日本語をサラリとふつうに使う人は久しぶりです。

掴んでいた腕を離し、無言で窓を開けて中へ入って行く美女丸君の後をあなたは慌てて追って、さっき彼が落とした升を拾いつつ、会場内へ戻りました。

そして風でバタバタしている長いカーテンを押さえて窓を閉めようと悪戦苦闘していると、彼があなたの頭上でカーテンを押さえ、窓を閉めてくれました。
振り向くと満員電車並みの至近距離の背後に美女丸君がい、あなたを見下ろしていました。

「ありがとうございます」

「いや」

彼は短く答えて、緊張から解き放たれたかのような吐息を漏らし、それはあなたの髪をくすぐりました。
すぐ目の前に美女丸君の胸があって、あなたがドキドキしてうつむくと、彼の手が肩に置かれました。
その大きな手のひらは二の腕に降りて包み込み、やさしく上下に、あたためるように動くのでした。

「冷えたな」

驚いて彼を見上げると、さっきまであなたを見下ろしていた彼の顔は上げられ、まっすぐ目の前のカーテンを睨んでいるかのようでした。
ただ、その目元がうっすらと赤くなっていなければ。
思いがけない行為と、いつにない美女丸君の表情にあなたは動揺し、手に持っていた升をボトッと落としてしまいました。それを見止めて彼は升を拾い上げ、言いました。

「もう一献もらえるか」

「は、はい!」

優しいその視線と声に、あなたは一も二もなくすっ飛んで行き、升に冷やと熱燗も用意してきました。
美女丸君は冷やを取って、あなたに御猪口を持たせました。

「し、仕事中っ…」

「嘗めるだけでいい。あたたまる」

「じゃぁ、少しだけ」

彼は会場のお客様たちからあなたを隠すように立ち位置を変えて、静かにあなたを見つめています。
彼の視線をまっすぐ浴びて、あなたは緊張気味に御猪口に口を付け、コクンと喉を通った途端、かぁっと顔が火照るのが分かりました。
そんなあなたに美女丸君は甘やか(!)に目を細めて、升酒に似合わぬセリフを言うのでした。

「メリー・クリスマス」

グイッとお酒をあおるシャープな顎とそれに続く喉元が男らしく、あなたは、ただただ、ぼうっと魅入ってしまうのでした。

☆おわり☆

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