MILVA and ASTOR PIAZZOLLA(ミルバ / アストル・ピアソラ)

Live at the BOUFFES DU NORD
(ブッフェ・デュ・ノール・ライブ<邦題:エル・タンゴ>)

Metronome GMBH through DISCHI RICORDI- Italia / 1997

 イタリアの歌姫,ミルバと,モダンタンゴの鬼才,アストル・ピアソラが共演(競演?)したという前代未聞・不世出の名作。日本では「エル・タンゴ」というアルバムタイトルでキングレコードから発売されている。

 はっきり言って,これは聴いておいて損はないと太鼓判を押せる一枚だ。僕が初めてピアソラという人物の偉大さを知ったのもこのアルバムからだったような気がするし,ミルバという歌手のすごいパワーを知ったのもこのアルバムからだった。ピアソラが好きな人はもちろん,嫌いな人もとにかくすごいから聴いてみて。ピアソラ観が変わるかもしれないから。

 このアルバムは,タンゴのレコードには比較的珍しいライブ録音である。時は1985年,場所はフランスはパリのモンパルナス「ブッフェ・デュ・ノール」。ヨーロッパ演劇界の雄,ピーター・ブルックが本拠地としていた小劇場である。この場所は確か今もまだ健在で,いろいろ変わったコンサートやショーを催すことでパリジャンたちに愛されている劇場である。

 そこで,タンゴの歴史に名を残すようなライブが行われたのである。かたやイタリアだけでなくヨーロッパの歌姫として名高いミルバ,かたやタンゴ界に一大センセーションを巻き起こしつつあった鬼才アストル・ピアソラ。そして,場所は19世紀以降ヨーロッパの中心であり続け,芸術の都として名高いパリはモンパルナスの小劇場。これだけお膳立てが整って,それだけでももう僕など居ても立ってもいられないくらい興奮してしまうのだが,内容もこのCDが語っているとおりにそれはもうすばらしくセンセーショナルでハートフルなものだったらしい。

 ピアソラの演奏はつねにエネルギッシュで,聴衆へのサービス精神も旺盛。一方のミルバは,母国語のイタリア語のほか,スペイン語,フランス語を武器に,流暢とまではいかないまでも,ハートフルかつエモーショナルに歌い上げる。この2人のコンビネーションがまたすごい。CDなのに,2人のアイ・コンタクトまでもが見えてくるような,そんな息のピッタリ合った演奏なのだ。

 このアルバムを聴くまでは,僕はややピアソラの音楽というものに対して否定的な面もあったし,ミルバという歌手もよくは知らなかった。ところが,このアルバムのライブ演奏を聴いてからは,僕はすっかりピアソラファンになり,と同時にミルバファンになってしまったのである。僕はそれほどミーハーなわけではないので,こういったことはかなり珍しいのだが,とにかくそれくらい人の心(コラソン)を揺さぶる力を持っているすばらしいアルバムなのだ。

 もう最初から最後まで名演奏で覆い尽くされているので,どの曲がいいかということもなかなか言いづらいのだが,ミルバの歌う「ロコへのバラード」は,ゴジェネチェの歌うそれと比較してもまったくひけを取らないくらいにすばらしい世界観を持っている。僕は,ミラノにいたときに,ピッコロ・テアトロでミルバのひさしぶりのコンサート(ブレヒト/ワイル)を生で見たのだが,もうかなりの歳なのにも関わらず,かなりパワフルに動き,歌っていたのを鮮明に覚えている。確かに寄る年波には勝てないが,きっと若い頃にはもうはじけるような動きで聴衆を圧倒していたのだろう。おそらく,このライブでのミルバのパフォーマンスもかなり見物だったのではと,簡単に想像できる。

 言葉をいくらつくしても,この演奏のすばらしさは語ることができない。それは,まさにピカソの描くゲルニカを目の当たりにしたときのようなショックに溢れている。とにかく一度聴いてみてほしい。(1999/Feb/24)


TRACK
1.BARADA PARA MI MUERTE6.VAMOS NINA
2.LOS PAJAROS PERIDOS7.OBLIVION(J'OUBLIE)
3.DECARISIMO8.CHE TANGO CHE
4.ANNES DE SOLITUDE9.RINASCHERO`(PRELUDO PARA EL ANO 3001)
5.BALADA PARA UN LOCO10.ENTRE BRECHT ET BREL(FINALE)