Julio De Caro(フリオ・デ・カーロ)
(1899〜1980)

Julio De Caro 〜 40 Grades exitos
BLUE MOON PRODUCCIONES DISCOGRAFICAS / SPAIN
収録曲:
EL MOTIVO,LA PLEGARIA,COLOMBINA,TIERRA QUERIDA,DERECHO VIEJO,GOTAS DE ACIBAR,CANDILEJAS,BOEDO,GIGOLO,MAULA,CHIQUE,CANCION DE OLVIEDO,LA SERENATA DE AYER,LA RAYUELA,FILIGRANA,LA ULTIMA CITA,BUEN AMIGO,ESPUMA DE MAR,MI TORMENTO,JUEVES,MI QUEJA,GUARDIA VIEJA,MOCOSITA,ROMANTICA TERNURA,AMURADO,CARRO VIEJO,BATIDA NOCTURNA,RECUERDO,AMARGURAS,MAL DE AMORES,QUEJAS DE BANDONEON,COLOR DE ROSA,MAIPO,MALA JUNTA,ADIOS PUEBLO,MOSCA BRAVA,GALLO CIEGO,MALA PINTA,VAYAN SALIENDO,TODO CORAZON

 フリオ・デ・カーロは,ある意味で現在のアルゼンチンタンゴの元を築いた演奏家である。同時代に活躍していたフランシスコ・カナロと比較されることが多いが,カナロがヨーロッパへ渡り,華麗で上品な(ある意味スノッブな)タンゴを花開かせたのに対し,デ・カーロのタンゴは,タンゴのふるさとであるブエノスアイレスに根ざした,泥臭いタンゴを確立したという特徴がある。ただし,「泥臭い」とは言っても,粘っこいとかそういう感じではない。ブエノスアイレスという南米の都会に漂う,優雅さや明るさ,そして哀しさみたいなものを,彼はタンゴの曲にして演奏し続けた。だから,デ・カーロのタンゴはまさにブエノスアイレスそのもの,とよく言われ,アルゼンチンでは広く愛されたのである。

 デ・カーロの音楽的な功績についてはいろいろ言われているが,一言で言うなら「明るくて,ノリがよくて,そしてちょっぴり哀しい」というタンゴを演奏した人である。もちろん,こうしたキーワードはすべてのタンゴに通じて言えることではあるが,デ・カーロの演奏こそが,まさにこうしたタンゴのエッセンスをもっとも感じさせてくれるものなのだ。もちろん,バイオリニストでもあったデ・カーロ自身や,仲間のバンドネオン奏者ペドロ・マフィアなどによる演奏技巧のすばらしさも挙げることはできるだろう。しかし,デ・カーロ楽団のもっともすばらしい点はやはり,ブエノスアイレスという街で生まれたタンゴという音楽を,もっともこの街らしく,つまりタンゴらしく演奏したという,その演奏スタイルにつきると思う。

 もう1つだけ,デ・カーロ楽団のすばらしさを挙げるとするならば,リズムの持つ力を最大限に生かし,そこにいわゆる「ハモリ」の要素をのせたタンゴを作り出した,という点になるだろう。もちろん,今日ではこうした曲作りはまったく目新しくもなんともない。いや,ピアソラが現れた現代ではむしろ古めかしく映るかもしれない。しかし,1920年代のタンゴ界は,まだタンゴがただのダンス音楽であった時代だ。この頃に,主旋律とそれに対する副旋律というハーモニーの要素を取り入れ,音楽としての厚みを持たせたのはデ・カーロである。彼は6重奏団というスタイルで活躍したが,その編成は,バンドネオン×2,バイオリン×2,ベース,ピアノという6重奏団であった。リード楽器であるバンドネオンとバイオリンを2名ずつにしてあるのは,それぞれ別々の音を弾いて,バンドネオンならバンドネオンだけで,バイオリンならバイオリンだけで,ハモれるようにしたためである。こうした概念は,そのころのタンゴにはまだなかった。カナロ楽団ですら,ハーモニー自体はわかりやすく単純だったのである。そして,この6重奏団というスタイルは,その後タンゴの演奏の最小編成という形になっていく。そう言う意味でも,いまのタンゴのスタイルを確率したのはデ・カーロなのである。彼のスタイルは,当時のタンゴ少年たちのあこがれとなり,アニバル・トロイロやダリエンソ,さらにはピアソラにまで大きな影響を与えている。

 しかし,ハーモニーばかりが取りざたされてしまうと,デ・カーロの評価を見誤ることになる。デ・カーロ楽団の演奏はとにかくノリがよい。日本で言えば「チャキチャキ」という言葉がよく似合うような江戸っ子気質,アルゼンチンでいうなら「ポルテーニョ(ブエノスアイレスっ子)気質」なのだ。歯切れのよいスタッカートと,流れるようなすすり泣くようなレガートの対比,そして1拍,3拍にズシッズシッと心地よくアクセントを置くベースとピアノ。それでいてリズムは軽やかで正確。これこそ,タンゴのエッセンスであり,ポルテーニョのエッセンスなのだ。タンゴはいつも泣いてはいない。ときには大声で笑い,踊り,バカ騒ぎもする。でも,そうやって強がっていても,やはり一人になるととてつもなくさびしい。そんな人間らしいポルテーニョの息吹が,彼らの演奏からは聞こえてくる。

 デ・カーロのタンゴで有名な曲は山ほどあるが,僕がおすすめしたいのは,バンドネオンとピアノの絡みが楽しい「ボエド(Boedo)」や,笑いながらも泣けてくるようなメロディを持った「マーラ・フンタ(Mala Junta:悪友)」,リズムが突き刺さる「ガジョ・シエゴ(Gallo Ciego:盲目の鶏)」,ドラマティックな名曲「マル・デ・アモーレス(Mal de Amores:恋煩い)」,そしてプグリエーセの名曲「レクエルド(Recerdo:思い出)」などだ。どれも,楽しくてあるいは激しくて,そして哀しい,タンゴのエッセンス満載の名演奏ばかりなので,ぜひ聴いてほしい。

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