Carlos Di Sarli(カルロス・ディ・サルリ)
(1900〜1960)

Carlos Di Sarli Best Selection
BMGビクター:2,200円
収録曲:
EL CHOCLO,A LA GRAN MUNECA,EL AMANECER,TINTA VERDE,CORAZON,ORGANITO DE LA TARDE,BAR EXPOSITION,LA MOROCHA,DON JOSE MARIA,DON JUAN,FUMANDO ESPERO,LA CUMPARSITA,EL INGENIERO,MILONGUERO VIEJO,COMME IL FAUT,GERMAINE,WHISKY,RODRIGUEZ PENA,9 PUNTOS,EL JAGUEL,VIVIANI,Y TODAVIA TE QUIERO,CARA SUCIA,BAHIA BLANCA

 ダリエンソと並び称される古典タンゴの雄ともいうべき巨匠がディ・サルリである。ダリエンソのタンゴが軽快で力強いリズムを貴重にした「踊るタンゴ」だとすれば,彼のタンゴはこれとはある意味対極に当たる「歌うタンゴ」であったと言えるのではないだろうか。

 ディ・サルリのタンゴには独特のグルーヴがある。そのグルーヴとは,まず,1小節内の「強弱強弱」と繰り返される2ビートのリズムが織りなす,粘り強いスタッカートがある。そして,その小節がまとまってできるワンフレーズごとに繰り返されるピアノ(弱音)とフォルテ(強音)。さらに,そのフレーズがまとまって楽曲となったときに,フレーズ単位でドラマティックにさらなるピアノとフォルテを作り出す。こうした,二重,三重の畳みかけるような構成による「うねり」なのだ。浮いては沈み,また浮いては沈み,そしてそのうねりがだんだん大きくなっていって弾けるかと思うと,また沈んでいく。彼の音楽を一言で表すならこんな感じになるだろう。だから,人は彼のタンゴを聴くと「まるで,波のうねりに包まれているよう」に感じるのだ。これが,ディ・サルリのグルーヴであり,歌である。

 例を挙げるなら,彼の持ち味を生かした「エル・アマネセル(El Amanecer:夜明け)」がそうだ。Aメロは静かに,そして徐々に盛り上がるが,これはやがて消えて行くはかない序章にすぎない。しかし,曲がBメロに入ると,流れは突然大きなうねりを見せ,畳みかけるような粘り着くような音で僕たちをさらっていく。ここが,ディ・サルリのドラマティックな展開だ。やがて,曲は再びAメロに戻り,静かに余韻を残すようにうねりながら,終焉へと向かう。外では夜明けをつげる小鳥の声がさえずり始めた……。

 このように,彼のタンゴは詩的な情緒が溢れている。それは歌と言ってもいいだろう。しかし,その奥底には,タンゴの持つ暗く重い悲しみがいつも隠されているのだ。名曲「バイア・ブランカ(Bahia Blanca)」や,タンゴの虎アローラスの名曲「ラ・カチーラ(La Cachila)」などは悲哀と激しさを表し,逆に「ミロンゲーロ・ビエホ(Milonguero Viejo)」や「ドン・ファン(Don Juan)」などでは,それと裏腹な明るさと優しさを見せるディ・サルリ。彼の詩的な魂は,その後のトロイロ,そしてピアソラまでも続いていくものであろう。

戻る