Anibal Troiro(アニバル・トロイロ)
(1899〜1980)

FOR EXPORT I
BMG / ARGENTINA
収録曲:
RESPONSO,A MIS VIEJOS,LA BORDONA,DANZARIN,LA CUMPARSITA,DOJ JUAN,LOS MAREADOS,VERANO PORTEN~O,EL MARNE,NOBLEZA DE ARRABAL,PA' QUE BAILEN LOS MUCHACHOS,MI REFUGIO,DE PURO GUAPO,EL AFRICANO,RECUERDO

 古典タンゴという枠をどこまで解釈するかは難しいところだが,カナロとデ・カーロに始まった,音楽としてのアルゼンチンタンゴを古典タンゴの第一期とし,ダリエンソやディ・サルリによって,さらにリズムと音楽性に磨きがかけられる時期を古典タンゴの第二期とするなら,このトロイロと後述するプグリエーセは,その後を継いで,音楽としてのタンゴを最高潮まで高めた第三期の古典タンゴ,いうならば「ネオ・クラシック」とでもいうべき音楽家であるといえる。

 トロイロのタンゴは,一言で言うならば「華麗なメロディとハーモニー」がその真骨頂だ。歌うような,たゆたうような優雅なメロディを,カナロゆずりの大編成オルケスタのそれぞれのパートが包み込むように厚みのあるハーモニーで奏でていく。このハーモニーの美しさがトロイロ楽団の最大の魅力であり,この美しいタンゴのファンは数多い。

 このハーモニーの厚さを実現しているのが,オルケスタのメンバー構成だ。たとえば,バイオリンだけを取ってみても,主旋律,副旋律,さらにハーモニーの厚みを増すためのいわゆる「ハモり」パートまでを含め,4種類ほどの異なる音がトロイロのハーモニーを形作っている。バンドネオンにしても同様に3〜4パートの編成を取り,さらにタンゴの楽団としては比較的珍しいチェロパートの存在なども含めると,全部で10以上の異なる音が1つのタンゴの曲を形作ることになるのだ。これだけ,音の多い楽団も珍しい。トロイロ楽団のハーモニーの厚さはこうしたパートと音の多さから作られているのである。

 しかし,トロイロ楽団がたんにメロディアスなだけの楽団であると思うのは間違いである。メロディやハーモニーもさることながら,トロイロのタンゴを強く印象づけているのは,デ・カーロやカナロがそうであったように,ブエノスアイレスの陽気さと哀しさを表現するような,その強烈なリズムなのだ。中でも,トロイロのタンゴでよく聴かれるリズムは「ズチャッチャ,チャ」あるいは「ズチャッチャ,チャッチャ」というリズムだ。このリズムはときには軽快で切れのよい踊りたくなるようなものでありながら,ときには引きずるように重く,心をグサッと刺すようなものにも変貌する。前出のディ・サルリやカナロもこのリズムをよく使っているが,トロイロほど,このリズムに執着した人はいないのではないだろうか。それくらい,このリズムはトロイロのタンゴを特徴づけているものであり,それによってトロイロの曲は,歯切れの良さとダイナミズムを失うことなく,ハーモニーを印象強く聴かせることができるのである。

 また,かのピアソラも,若かりし頃はトロイロ楽団に在籍していたことでしられている。ピアソラのダイナミズムを伴うリズムの源泉が,トロイロ楽団のリズムから形作られていることは,その音楽を聴けばすぐに理解できる。ある意味で,トロイロはモダンタンゴの流れを決定的に形作った人物であり,ピアソラもある意味では,この流れを脈々と受け継いでいるということができる。なお,トロイロ自身は「ピチューコ」の名でブエノスアイレスの人たちから親しまれた名バンドネオニスタでもあった。彼はオルケスタだけでなく,ギターのグレラなどと組んで4重奏による小編成の迫力ある名演も世に残している。こうした生のトロイロを聴くと,彼が単なるメロディメーカー兼アレンジャーだったのではなく,タンゴの生の激しさを体現しようとした熱きプレーヤーでもあったことが理解できるはずだ。

 トロイロ楽団の名演レパートリーは数多いが,なかでもこうしたダイナミックさと歯切れの良さが生きている作品としては,「ア・ミス・ヴィエホス(A Mis Viejos:我が両親に)」や「ダンサリン(Danzarin:踊り子)」,「メランコリコ(Melancolico:憂愁)」,「ロス・マレアードス(Los Mareados:酔いどれたち)」などが挙げられる。また,「テーマ・オトーニャル(Tema Oton~al:秋のテーマ)」や「ミ・レフーヒオ(Mi Refugio:私の隠れ家)」などは,甘く切ないメロディーが印象的な名曲だ。比較的現在でも音源を入手しやすい演奏家だが,中でも,名曲を集めたベスト版ともいえる「For Export 1〜3」は,タンゴファンならかならず入手しておきたい名盤となっている。

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