TANGO TANGO

音楽としてのアルゼンチンタンゴ

〜2ビートから4ビート,ミロンガへ〜


2ビートから4ビート,ミロンガへ

 タンゴは基本的に2拍子であるということはすでに説明しましたが,これだけではタンゴのおもしろみは伝わらないでしょう。このベースとなる2ビートの上にさらにさまざまなリズムの要素が加わって,初めてタンゴとしてのアイデンティティが確立されるのです。ここでは,そのタンゴの持つ複雑なリスムについて解説します。

 「4つ打ち」というタンゴ独特の言い方があります。これは,タンゴの基本となるリズムで,1小節内に4つの拍を刻むいわゆる4ビートのリズムです。タンゴを聴いていると,ベースやピアノ,バンドネオンなどがスタッカートで「チャッ,チャッ,チャッ,チャッ」とリズムを刻んでいるのが聞こえてきます。これが,いわゆる「4つ打ち」というもので,タンゴのリスムの基本中の基本になっています。
 これが,ただ漫然と4ビートになっているのではなく,中でも1拍目と3拍目を強調する2ビートの発展形であることはすでに述べた通りです。まず,タンゴの基本はこの4つ打ちであると言っても過言ではありません。古典タンゴのほとんどは,この4つ打ちベースでできています。カナロ楽団やダリエンソ楽団などの演奏を聴くと,この4つ打ちが効果的に使われているのが端的によく分かります。

 この4つ打ちがタンゴのベースとすれば,その上にさまざまなバリエーションをつけるのが,ミロンガのリズムです。ミロンガとは,ヨーロッパで生まれたハバネラというリズムをベースに,ラテンアメリカ的な要素を強く加えたリズムで,「チャッチャ,チャッチャ」というとてもリズミカルなリズム形をしています。一度聴いたら忘れないそのリズムは,まさにラテンのリズムで,タンゴを単なる2ビートあるいは4ビートの音楽にとどまらせない多様性を音楽に与えています。タンゴでもミロンガをベースにした曲は多く存在します。有名なところでは「ミロンガ・センチメンタル」や「エル・エスキナーソ」などがミロンガベースの曲です。

■ミロンガの基本リズム・その1(Aパターン)

 ここで,少しミロンガというリズムについてくわしく見てみることにします。

 上に示したミロンガの基本リズムは,元になったハバネラのリズムと同じです。仮に,これをAパターンとしておきます。ハバネラも同様に「チャッチャ,チャッチャ」という軽快な調子のリズムで,有名なものでは,オペラ「カルメン」の中で,カルメンが歌う「L'amour est un oiseau rebelle ...」という曲などに使われているので,聞き覚えのある人も多いかと思います。仮にこれを,ミロンガのAパターンとしておきます。

 このハバネラのリズムを見ると分かりますが,4ビートで考えると,1拍と3拍にアクセントが付くリズムということが分かります。つまり,一見すると違ったリズムなのですが,タンゴの基本となる2ビートと極めて親和性の高いリズムということになるのです。1拍と3拍に重きを置きながら,2拍目がウラ拍になることで一種のシンコペーションをリズムに与えます。2拍目のシンコペーションはそのまま3拍目のアクセント音へとかかっていくため,聴いている分には「チャッ,チャチャッチャ」と,やや変則的な音形に思えますが,このちょっとはずした感じがずばりハバネラの特徴で,どことなく馬のひずめのような牧歌的な感じを与えるわけです。元々ハバネラは,スペインはアンダルシアのほうで生まれた音楽なのでしょうが,荒くれ者のガウチョが住み,自然の厳しいアルゼンチンのパンパで,この音楽が流行したというのも何となく分かるような気がします。

  というわけで,タンゴとひとくちに言っても,単なる「4つ打ち」のほかに,ミロンガの軽快なリズムもタンゴとして加えられていくわけですが,これだけでミロンガが終わっていたら,タンゴは「4つ打ち」と「ハバネラ」の2パターンのリズムしか持たないことになってしまいます。ミロンガがミロンガとして独自のリズム形態を作り出すのはこれからで,この後のミロンガの発展が,タンゴの音楽にも大きく影響してくるのです。

■ミロンガの基本リズム・その2(Bパターン:チャチャッチャ,チャッチャッ)

 ミロンガの発展形というか,ミロンガのもっとも簡単なバリエーションに上のようなリズムがあります(仮にこれをBパターンとしておきます)。これは,ハバネラのリズムの1拍目と2拍目の間にさらに細かいシンコペーションの拍を挿入した形で,聴いている分には「チャチャッチャ,チャッチャッ」というハバネラよりも軽快感のあるリズムになります。この形は,前出のハバネラと同様のリズムとあわせて用いられることが多く,タンゴのミロンガでは,この2つが交代に併用される形で曲を通して使われることがほとんどです。また,ハバネラ形のリズムをベースとピアノが刻み,その上にバンドネオンやバイオリンがこのBパターンのリズムを刻んで載せていくというやり方も好んで用いられます。この2つは,基本のリズムがまったく同じで,後者のほうが音が1音だけ多いというものなので,非常に載せやすいのです。カナロ楽団の「センチミエント・ガウチョ」や「エル・エスキナーソ」などはこのパターンの典型です。2つのやや異なるリズムを重ねることにより,そこには一種の「揺れ」つまり「グルーブ感」が生まれます。このグルーブを,タンゴの基本形である2ビートあるいは4ビートに重ねることで,音楽はよりいっそう厚みを増していくのです。

 さらに,ミロンガは発展します。それがこのリズムです。

■ミロンガの基本リズム・その3(Cパターン:チャーチャーチャ)

■比較:ハバネラのリズム(Aパターン)

 一見すると,先ほどまでのミロンガとは違ったリズムのように思えますが,ハバネラのリズムから最初と最後の拍を除いた真ん中2拍分を,1つのリズムに置き換えてみれば,3拍によるこのリズムになることが理解できることと思います(これを仮にCパターンとしておきます)。  このリズムは,完全に2拍目がウラ拍のシンコペーションとなるので,かなりくだけた感じがする音形です。聴いている分には「チャー・チャー・チャ」とつながって聞こえてくるはずですが,どことなくサルサやマンボなどのラテンのリズムに近い感じがします。また,これをちょっとアフタービートにすることで,タンゴというよりもむしろジャズに近いようなクールさを醸し出すこともできるのです。言ってみれば,このリズムこそは,南のラテンと北のジャズの融合とも言うべきリズム形で,かのアストル・ピアソラが「ミロンガ」として使っていたのは,ほとんどがこのリズムです。有名なものでは「天使のミロンガ」や「悪魔のロマンス」などがありますが,ピアソラ以外でもフリアン・プラサの「ノクトゥルナ」など,モダンタンゴの曲には欠かせないリズムの要素として定着しています。


 ここで「ラテン」という言葉が出てきたので,タンゴとラテン音楽との関係について,少々脱線してみます。
 「ラテン音楽」というと,サルサやマンボ,ルンバなどを思い浮かべるかと思いますが,これらはブラジルを中心に中南米の国々で広く演奏されているジャンルの音楽です。しかし,アルゼンチンタンゴという音楽は,どうもこのラテン音楽の中に入れていいものかどうなのか,迷ってしまうところが大いにあります。それというのも,タンゴの持つリズムの特色と,一般のラテン音楽が持つリズムの特色がかなり異なっているからなのです。
 アルゼンチンタンゴの基本は,前述した通り2ビートを基調にした4ビートにあります。これに対して,サルサやマンボに代表されるラテン音楽は,同じ2ビートを基調にしながら,4ビートというきっちりしたリズムを刻まず,独自のリズムを開花させました。ですから,サルサにしても,ルンバにしても,マンボにしても,はたまたボサノヴァにしても,一般に「3・2クラーベ」,あるいは「2・3クラーベ」と呼ばれる,ラテン独特のリズム形態が根底に流れていることでは一致しているのです。

 ここで,そのラテン音楽のリズム形態を見てみましょう。

■ラテンのリズム(3・2クラーベ,2・3クラーベ)

 ここまで見て「おや?」と思ったあなたは鋭い! そうです。ラテンのリズムは,一見独特の裏拍で構成されているようですが,2あるいは3の拍を2拍子に当てはめているだけなのです。ラテンもタンゴも基本が2ビートにあるというのは,この辺りで理解できるはずです。
 さらに,ラテンのリズムを構成する要素のうち「3クラーベ」に当たる部分だけを見てみると,まさにミロンガのCパターンと同じリズム形をしていることが分かります(拍の関係で,五線譜上は違うような感じで書いていますが,同じ「チャー・チャー・チャ」という音形です)。
 ここまで説明すればお分かりかと思いますが,ラテンの基本リズムである「2・3」あるいは「3・2」と,ミロンガのリズムは大変に似通ったリズムなのです。このため,ミロンガのリズムを刻むときに,どこかラテンっぽい黒人のリズムを感じるのです。
 アルゼンチンタンゴは,確かに白人の多いアルゼンチンはブエノス・アイレスで生まれたクリオージョ(白人)の音楽ですが,ことミロンガに関する限りは,ラテン音楽の香りが感じられます。白人の持ち込んだ2ビートあるいは4ビート,そしてポルカに代表されるワルツの3ビート,そしてミロンガの持つ黒人のアフタービート,ラテン特有の「2・3」あるいは「3・2」の変則ビート。こうしたものが渾然一体となって,タンゴをより深い音楽に仕立てていくのです。


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