『それがあなたのいいところ』


10月に入り、あちこちで文化祭の準備が本格的になっている。
私たち彩も新曲が出来上がり、いよいよ本格的な練習が始まった。
ただ、先輩は最近ずっと何かを悩んでいるようで・・・。
それが、ただ新曲のことだけなのか、それともその他に何か悩んでいるのか、心
配だし・・・気になった。
「悩み事があったら、何でも相談して下さい。私じゃあんまり役に立たないかも
しれないけど」
少しでも先輩の力になりたくて、思い切って先輩と一緒に帰って話してみた。
・・・でも先輩はただ私に微笑んでくれるだけだった。


放課後、どこの教室も文化祭の準備で盛り上がっていた。
私は先輩の姿を探しながら少し遠回りして、練習場所に向った。
音楽室の前に差し掛かった。この学校中の騒がしさの中、ここだけは静かだっ
た。
吹奏楽部はお休みかな?そんなことを考えながら通り過ぎようとした。
そのとき、音楽室の中から人影が飛び出してきた。
「キャッ」
ちょうど扉の前を歩いていた私とぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
そういって、その人の方を見た。
女の子、そして一瞬目が合った。

(泣いてる・・・)

その女の子はすぐに目をそらし、立ち上がった。
「ごめんなさい」
少し早口で言い残し、逃げるように走って行った。
(何があったんだろう)
確かめる気はしなかった。ただ、心の奥で何かしらの不安にかられた。


放課後のことはこの予感だったんだろうか。
昨日、先輩と片桐さんが二人で公園に行ったことを聞かされた。
そして片桐さんのおかげで先輩は、忘れていた何かを見つけられたという。
今までもなんとなく片桐さんには不安のようなものを感じていた。
そしてそれが、その不安が一気に現実のものとして立ちはだかった。

(どうして・・・どうして片桐さんに)

私も今まで何か先輩の力になりたかった。
でも、一人で乗り切ろうとしている先輩に私は見守ることしかできなかった。
その先輩の力に、片桐さんはあっさりとなってしまった。
どんなに先輩の近くにいても私は先輩にとって「妹」なんだろうか。
「彩の妹」という立場が恨めしく、そして悔しく、悲しかった。
片桐さんのおかげでできた新曲・・・・・・今の私の心には響いてこない。
この曲の狭間に片桐さんが見える気がする。片桐さんが重なって見える。
・・・私の好きな、先輩の曲じゃない。

先輩は私に何か話し掛けてくれた。でも、今の私はこの気持ちを抑えることで精
一杯だった。


いつのまにか練習が終わった。
練習中も心に引っかかった片桐さんのことが消えることはなかった。
今日はちょっと一人で帰りたいな。そう思った。
校門のところに誰かが立っているのが見えた。誰かを待ってるみたい。
「美咲さん」
校門を通り過ぎようとした時、その人に急に呼びとめられた。驚いてその人の方
を見ると、
(この人・・・)
ついさっき見かけた、あの音楽室でぶつかった女の子だった。でも、知らない
人・・・。
頭に残っている、あの泣いている彼女のイメージとは程遠く、元気よさそうに私
の方を見ている。
「え、あの・・・」
「ね、一緒に帰らない?」


「私、A組の秋穂みのり。サッカー部のマネージャーやってるんだ」
「あ、私は・・・」
「知ってる。C組の美咲鈴音さんでしょ?彩のギターの先輩がよく話してたよ」
「え?」
ドキッとした。先輩が私のことを話してくれている事と、彼女が・・・先輩と親し
そうな事に。
「私もバンドコンテスト出るんだ。それでね、あの先輩に歌詞を書くのを手伝っ
てもらって・・・」
彼女は勘違いで先輩を困らせてしまった事、アドバイスを色々受けた事など話し
続けた。
そのどれも、先輩が話してくれていない、知らない事ばかりだった。
片桐さんの事で心の中がかき乱されている時に、彼女の話は耐えられなかった。

そもそも、なぜ彼女は私と一緒に帰っているのか?

「あの、どうして私と・・・」
失礼な質問とは思ったが、思わず口にしてしまった。
彼女は相変わらず笑顔のままだった。でも目はしっかり私の方を見据えて
「うん、あなたがどんな人かなと思って」
「え?」
「あの先輩、好きな人がいるっていうから、ね」
(私?)
一瞬、期待した。が、すぐに片桐さんの事が頭をよぎった。
・・・私じゃない。期待してしまった心を押え込んだ。
「私じゃ・・・ないよ。私は『彩の妹』だもん」
自分自身に言い聞かせるように、この最も辛い言葉をいった。
彼女は何かを思い出したかのように視線を落とした。
「・・・そうなんだ。ごめん」
下を向いたまま彼女は謝った。でも何か、本当に望みが無くなって行くような気
がした。
「美咲さんって、女性の鑑って感じだね」
独り言のようにつぶやいた。でも意味は分からなかった。
そしてしばらく沈黙が続いた。


「好きなんだ」
彼女が切り出した。
「・・・うん」
心が疲れ切ってるせいか、素直に出た返事だった。
「そうなんだ・・・」


「それじゃ私、こっちだから」
「うん、それじゃ」
初対面なのに重い会話だった。彼女に悪い事をしたと思った。
「あ、ちょっと待って」
「?」
「明日、バンドコンテストのリハーサルに出るんだ。美咲さん、聴きに来て」
「え、うん、いいよ」
「それと、鈴音って呼んでもいい?私の事みのりでいいから」
「・・・うん」
「それと」
「え?」
「私とギターの先輩、何でもないよ」
「・・・」
「私は他に、好きな先輩・・・いるんだ」
「え?」
「バイバイ」
少し慌てたように手を振りながら、彼女は道の奥に入って行った。
私も小さく手を振った。

いつもより長い道程に感じた。
思い返してみて、素直に先輩の事を「好き」と認められた自分が嬉しかった。
そして同時に思い出したもう一つの言葉。
「私は『彩の妹』だもん」


翌日のバンドコンテストのリハーサル。思った以上の賑わいだった。
大きなステージ。早くあそこで演奏してみたい。少し秋穂さんが羨ましかった。

ステージ横の控えの方に行ってみた。秋穂さんがいるはずだけど・・・。
「鈴音っ!」
後ろから声がした。ちょうど今やってきたみたい。
「あ、秋穂さん」
「あーもう、みのりでいいって言ったでしょ」
「え、あ・・・ごめん。そういうの慣れてなくって」
「ふふ、ううん、いいよ」
みのりはとても元気そうだった。でもそれがカラ元気の様にも見えた。
昨日の泣いていた彼女が思い浮かんだ。
「じゃ、もうすぐ私たちの番だから」
「うん、がんばってね」
「歌・・・聴いててね」
「?うん」
彼女は軽く微笑んだ。そして客席の方を覗き込んだ。

そして彼女たちの番がやってきた。私はステージ横から彼女を見送った。



演奏が始まった。彼女の元気さから想像していた曲調とは違っていた。
ステージ脇から彼女の様子を見た。
どこか一点を見つめ、曲のせいか、悲しそうな瞳が見えた。
そして、彼女が歌い始めた。

「・・・え?」
詞が素直に心に響いてくる。この詞の、この人の気持ちがよくわかる。
この人・・・この詞を書いた人・・・・・・秋穂さん!?
(「私は他に、好きな先輩・・・いるんだ」)
これは彼女自身・・・
大好きな「彼」と、恋敵の「あなた」と、その間に挟まれている「彼女」
その彼女が「あなた」に手を差し出し、背中を押した。
彼女の健気さが伝わってくる。 彼女の強さと優しさ・・・
そして・・・その辛さ。
彼女は私と似たような恋をしていた。そして、彼女にとって悲しい結論が出てし
まっていた。
(もし、私が彼女だったら・・・)
片桐さんの事で逃げ出してしまった自分。
彼女のように強くなりたい。
そう思うと、いつのまにか目が熱くなっていた。


ステージから降りてきた彼女は、ステージ脇の階段で涙を拭っている私を見て、
驚いて駆け寄ってきてくれた。
「ごめん・・・すごくよかった。感動した」
「本当? 鈴音にそう言ってもらえるとうれしいよ」
彼女は私の横に腰を下ろした。
「私の書いた歌詞・・・そのまま私の気持ちなんだ」
「うん、聴いててわかった」
「・・・そう」
彼女は私にその二人の先輩の話をしてくれた。

「私は結局、先輩にとって『後輩』で終わっちゃった」
「・・・」
「今日ここで、先輩の前で歌って、それでこの恋は終わろう、そう決めてたん
だ」
彼女は目を伏せたまま、口元だけが微笑んでいた。と、その目を私にむけた。
「鈴音」
「ん?」
「頑張りなよ。今も辛いかも知れないけど、諦めるのはもっと辛いよ」
「・・・うん」
すこしうなずいた。
「鈴音って虹野先輩みたい。女性の鑑って感じだね。うらやましいな」
「そんなこと・・・」
「それって、鈴音のいいところだよ。大事にしなよ」
「うん」
「でも、もうちょっと積極的になってもいいかもね」
「・・・そうだね」
今までもそう考える事はあった。でも、今彼女の歌を聴いて、強くなりたい、そ
う思っていた。
「ま、私みたいに図々しくなっても困るけどね」
「図々しい?」
「私、今まであの二人がデートに行く時、いっつも着いて行って二人きりになん
てさせなかったもん」
「え?」
「お邪魔虫」
彼女が笑った。私もつられるように久しぶり心から笑った。
「私、秋穂さんみたいになりたいな」
「お邪魔虫になりたいの?」
「ふふ、ううん、そうじゃなくって・・・」
そう、まだ片桐さんの事がどうとか、決まった訳じゃない。
いつになく前向きになれた。
先輩が、片桐さんのおかげでできた新曲、受け入れようと思った。
拒んでばかりいる事が、先輩を苦しめてしまう。そして片桐さんから逃げている
だけのような気がした。
先輩が本当に作りたかった曲。私も演奏したい。あのステージで一緒に演奏した
い。
たとえ誰のおかげであっても、私は先輩の曲が好き。そして・・・先輩が好き。
先輩が悩んでいる時に力にはなれなかったけど、今もまた、先輩の力になれる
時。そう思った。

その様子に気付いたのか、彼女は立ち上がって私の背中をポンと一つ押した。
「鈴音、頑張りなよ」
「うん」
力強くうなづいた。
「・・・秋穂さん。ありがとう」
自分でも驚くくらい、素直に出た言葉だった。そして、彼女にあって一番の笑顔
ができた。
彼女は手を振りながら二人の先輩の方へ行った。・・・一つの恋に終わりを告げる
ために。

彼女のように強くなりたい。

彼女のその姿に、私も手を振った。


◇この作品への感想は、笹神びすくさん(ee96ei30@mbox.std.mii.kurume-u.ac.jp)までお送り下さい。

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