試験勉強から解放された僕たちは、カラオケボックスに来ていた。
片桐さんと朝日奈さんが次々に曲を予約してくれるので歌える曲の少ない僕にはありがたい。
が、虹野さんもさっきから全然歌ってないので、聞いてみた。
「虹野さん、歌わないの?」
ちょっと慌てたように答えた。
「え、ええ・・・。私、あんまり歌を知らないんだ・・・。」
次の曲を探していた片桐さんが横から言った。
「No,沙希の場合は、公の・・・」
「彩ちゃん!」
「Ah,sorry!」
虹野さんは真剣だったが片桐さんは笑っていた。
僕は、虹野さんがどんな歌を好きなのか興味があった。
「虹野さんは、どんな曲が好きなの?」
「え?あの、それは・・・」
一曲歌いおわって上機嫌の朝日奈さんがポケットから何か取り出して、にやりと笑いながら言った。
「あ、チョー偶然。こんなとこにライブのチケットがあるじゃない」
「ひなちゃん!」
あわててそのチケットを取り上げようとする虹野さんだが、それはことごとく失敗した。
「いいじゃん、公だって嫌いなわけじゃないんだしぃ」
しばらくうなだれていた虹野さんは、恥ずかしそうな顔で僕に言った。
「公君、・・・ライブに・・・行かない?」
「うん、いいよ」
まだ赤い顔をしている虹野さんに片桐さんと朝日奈さんが爆笑していた。
何がそんなにおかしいんだろう。
ふと、チケットを見ると、どくろや十字架などが描かれていた。僕は心の中で苦笑した。
虹野さんとは15分くらい話をしていたんだけど、ここで待ってて、と言ったきり戻ってこない。
「まいったなあ。混んできたからむやみに動けないし・・・どうしよう・・・」
音合わせの終わったステージからリズムに乗った迫力のある音が聞こえてくる。
「ああ、とうとう始まっちゃったよ・・・」
ギャギャギャギャギャギャ ギャーン・・・・・
シャシャシャシャシャシャ ガシャーン・・・・・・・・
ゴンゴンゴンゴンゴンゴン ゴーン・・・・・・
一度演奏が止まる。そしてボーカルにスポットが当たった。
ショートカットの青い髪、観客席中央を真っ直ぐ見つめる青い大きな瞳、
黄色いハイウエストのレザージャケットに同色のレザーパンツ。ジャケットの下には白い厚めのTシャツ。
「みんな、今日は来てくれてありがとう!楽しんでいってね!」
そう言ってボーカルがウィンクをすると、たちまち観客席から声が上がった。
「イェァー!(yeah!)」
僕は愕然とした。
「・・・あのボーカル、虹野さんだ・・・」
「最初の曲は・・・stratovariusのBLACK NIGHTよ!」
虹野さんが1曲目の開始をアナウンスすると、さらに大きな声が観客席から返ってくる。
「イェァー!!(yeah!!)」
「・・・虹野さんって、実はものすごいんじゃないのか?」
けたたましく鳴るギター、音の途切れないベース、もはや振動になった音を伝えるドラム。
虹野さんのボーカルがすべての音を従えて、ライブハウスを沸き立たせていった。
ギャギャギャギャギャギャ、
シャシャシャシャシャシャ、
ゴンゴンゴンゴンゴンゴン、
ワー!キャー!ヒー!
「みんな今日はありがとう!」
ライブは終始盛り上がり、あっというまに終了時間になった。
歓声と絶え間ない音の嵐の中を、虹野さんが笑顔で控え室に戻っていった。
演奏もフェイドアウトしてステージの照明がなくなると、観客達が興奮覚めないのか多少大きな声で
感想を語り出す。もっともあれだけの音を浴び続けた耳には自分の声も普段より小さく聞こえるだろうが。
控え室に行きたかったがファンの子達がいるだろうし、後片付けもあるだろうと思い、
関係者出入口で待つことにした。夜風は涼しくて、ほてった体を徐々に冷やしていった。
普段より小さく聞こえた街の喧騒もなくなろうかという頃、虹野さんが関係者出入口から出てきた。
虹野さんは僕を見ると下を向いて駆け出そうとした。
「待って!」
僕はそう叫んでその手をつかんだ。
「・・・」
虹野さんはうつむいていた。下を向いたその顔は前髪に隠され、表情を読み取ることができなかった。
肩は震えていて、なおも駆け出そうとしていた。
僕は笑顔で感想を述べた。
「お疲れさま。ライブ、とっても良かったよ!」
駆けだそうとして僕の手にかかっていた力が抜けた。そして虹野さんがゆっくり顔を上げた。
おびえているようにも見えた。
「・・・本当?・・・」
「本当さ!最高だったよ!」
笑顔でいる僕の心を覗き込むような視線で見て、
「・・・嫌いにならない?あんなことしてて・・・」
「ならないよ!あんなことができるなんて、尊敬しちゃうよ!」
「本当?」
「本当!凄いよ、虹野さんは!」
本当にそう思った。男だってだみ声のような声で歌うのは大変なことだし、
その声の影響を残さないで、時にはきれいな曲を聞かせなければいけないのだ。
虹野さんはやっと笑顔に戻って小さい声で言った。
「良かった・・・嫌われたらどうしようかと思った・・・」
「そんなわけないよ・・・」
この笑顔をずっと見ていたい、などということを考えていたら、突然虹野さんが真っ赤になって
「あの・・・手、離してもらえるかな・・・」
と言った。僕は大急ぎで手を離して謝った。
「ごめん。僕の話を聞いてくれるか不安だったから・・・」
全身の血が顔に集まってくるように感じた。恥ずかしさのあまり、目をそらしてしまった。
二人とも顔を真っ赤にして、もじもじしてしまった。
夜風が二人の頬をなでて行って、僕がなんとかその恥ずかしさを克服したとき、虹野さんが言った。
「また、カラオケをしに行かない?今度は私も歌うから」
「うん、行こう!」
虹野さんの笑顔がとてもまぶしかった。