『Yours 〜Scenery〜』


「なあ、公人」
「ん?なんだ、純?急に?」
「この写真を撮っていて思ったんだけど、人が人を写真に撮る時って、
 なにか意味があるんじゃないか?」
「ああ、そうかもな・・・」
「そうかもなって・・・、この写真を見て見ろ。彼女が撮った物だ」
「これって・・・・・・・・・・・」



「なんで、まったく・・・」
口を開けば愚痴ばかりこぼしている。それも、最近自分の写真を全くと言って
いいほど撮っていないせいだ。またさらに頭にくることに、全て学校側からく
だらない写真を撮れというもの。やれ、校長の写真だ、学校の風景だ、そんな
ものプロを雇って撮らせればいいものを・・・。実際に今まではそうしていた
のだから。

バンッ!!

思いっきり机をたたく・・・。考えれば考えるほど頭にくる。今まで全く知ら
ず存ぜずだったのに・・・。
「あ、あの・・・?真山さんですよね?」
ふと、後ろから声がかかる。
俺のすごい剣幕に声をかけようかかけまいか迷っていたらしく、おろおろしな
がら俺に声をかけてきた。
「あ、ごめん。なに?」
できるだけ、平常心を保ちながら答えを返す。しかし、言葉遣いは丁寧だが、
語気が荒い。
「いえ、忙しければいいんですが・・・」
「そうしてくれると、ありがたいけど・・・。」
「そ、そうですか・・・?」
困った顔をしながら考え込んでいる。おそらくは、誰かからすぐに話を付けて
こいということを言われていたのかも知れない。
仕方なしに、気持ちを切り替えて話を聞く体勢を作る。
「ま、いいや。それで、用件は?えーっと、君は・・・?」
「あっ、ごめんなさい。自己紹介がまだでしたね。私、新聞部の新山です,新
 山涼子。えーっと、用件は、真山さんに写真を撮ってもらいたいと」
いつものことだと思いながら話を聞く。
「ま、俺に用ってことは,たぶんそんなところだろうね。で、どんな写真を撮
 ればいいの?」
いらいらしていて、どうしても言い方が冷たくなってしまう。気持ちを切り替
えたつもりでもセルフコントロールがきちんとできていない。まずいな、と思
いながら気持ちを切り替える努力をする。
半分泣きそうな顔で彼女は返事をする。
「あ、ごめんなさい・・・。うちの、新聞部で,ある企画が持ち上がってそれ
 の写真を撮っていただきたいと」
彼女の説明を要約すると、写真の中で写真を撮るということ。一言でいってし
まえば、写真を撮ってるところを写真にしてしまおうって企画。
「でも、なんでまた新聞部がこんな企画を?」
「紙面の改革で新しいことをやろうって、部長が言い始めまして。それで、ど
 うせなら、面白いことをやれないかって」
「面白いことねぇ・・・」
ちょっと考え込みながら聞き返す。
「最初は、コラムか何かを毎回違った人に書いてもらおうっていう意見もあっ
 たんですけど、写真って、ある種のメッセージというか、コンセプトをその
 風景(え)の中に持っていると思うんです」
と、少し興奮気味に彼女は言う。
「確かにね。それは俺もそう思う。ここで、俺自身の写真観なんて話す気は無
 いけど」
俺は苦笑しながら返事を返す。
「それで、そういった写真を真山さんなら撮れるんじゃないかって。この前の
 コンクールの写真を見て思ったんです」
「それは,誉めすぎだよ」
少し照れながら答えを返す。
「そんなことは無いと思うんですけど・・・。それで、同じメッセージの写真
 を一連の流れの作品として構築していただくということです。ただ、コンセ
 プトとして、写真の中での写真ということですね」
「確かに、面白そうではあるけど・・・。
 そうだなぁ・・・こちらとしても引き受けるに当たって条件がある。
 とにかく好きなように撮らせてくれればいい。こちらとしても納得のいった
 ものしか渡すつもりはないからね」
簡単にいくつかの条件を提示して納得して貰う。
ふんふん、と彼女はうなずく。
数分間の話し合いが終わって彼女はメモを取っていた手を止めて言う。
「締め切りさえ守っていただければ後はお任せします」
「わかった。それで、被写体などの選出は?」
「後々連絡が入ると思います。それではよろしくおねがいします」
「わかった。連絡を待ってるよ」



最初の連絡を受けてから、3日も立たないうちに涼子ちゃんから連絡が来た。
うちの学校の文化部にしては異常に対応がいいと言っても過言ではないかもし
れない。大抵の場合こちらから連絡を取らない限り連絡がこないというのが殆
どだからだ。
そんなことはおいておいて、被写体も決まったという話をその時にしていたか
ら、新聞部が誰を選ぶか楽しみではあるんだが・・・・。


「真山せんぱ〜い」
涼子ちゃんが大きく手を振りながらこっちに向かって走ってくる。
そんなに慌てたら転ぶぞ、って思っていたら、案の定派手につんのめって転ぶ。
「涼子ちゃん、大丈夫かい?」
急いで涼子ちゃんを助け起こしに行く。俺の差し出した手をつかみながら、
「えへへ、転んじゃいました」
ぺろっと、舌を出して照れ笑いする。
可愛い。一瞬、この表情を写真に撮りたいなんて不謹慎なことも脳裏によぎっ
たが・・・。
これじゃなんだか、怪しい奴だ俺・・・と、苦笑いをしていると、涼子ちゃん
が不思議そうな顔をして俺の顔をのぞき込んでいた。

二人で集合場所へ向かって歩く。幸い彼女に怪我はなく制服のスカートがちょ
っと汚れただけだった。
「私、よく転ぶんですよね」
小さな声で照れながら言う。
「そ、そうなんだ・・・?でも気を付けてよ」
返事に困ることをいきなり言う娘だなぁ、なんて思いながら返事をする。
「はい!大丈夫です。慣れてますから」
「慣れてるって・・・・」
なんて言うのか返す言葉が見つからなくて、困っていると、集合場所へ着いた。
しかし、本当に元気な子だなぁ、と親父臭いことを考えていたりもする。
「先輩!着きました。今日はよろしくお願いします」
ぴょこんと飛ぶような感じというより文字通りぴょこんと飛び跳ねて軽く会釈
をする。
こっちもそれに併せて身体が動いてしまう。本当に元気な子だ・・・。
「了解しました。それで、誰がモデルなの?」
「えへへ〜、先輩。驚かないでくださいよ」
といって、つれてきた人を見てちょっと驚く。
「詩織君?どうしたの、こんなところに?」
「あれ?純君?今日のカメラマンってもしかしてあなたなの?」
二人でびっくりしていると涼子ちゃんが突然、
「あれれ?先輩達お知り合いなんですか?折角真山先輩を驚かそうと思ってい
 たのになぁ」
とぷぅ〜っとほっぺたを膨らませてふくれていた。
「でも、先輩!なんで、藤崎先輩のことをしってるんですか?」
大きな目をさらに大きくして好奇心いっぱいの顔をして俺の顔を覗きこむ。
「ま、いろいろあったからね。それよりも今日はいい天気だし、いい写真が撮
 れるんじゃないかな」
と、深くつっこまれる前に、話を切り替えた。涼子ちゃんはまだ何か聞きたそ
うな顔をしていたが、仕事の話になったので渋々あきらめたようだ。
撮影の合間を縫っては大きな目を椎茸の断面図みたいにして、なにがあったん
ですか?って聞かれたけど・・・。



簡単にカメラなどの機材の使い方の説明をして撮影会に入る。そのとき一緒に
この撮影会の趣旨を伝えることも忘れなかったが。
撮影会は和やかな雰囲気で進んでいった。
俺達はくだらない冗談や、この企画自体のことなどを話しながら写真撮影を続
けた。
「せんぱぁ〜い、そろそろ、休憩にしませんかぁ〜?」
ちょっと、疲れた表情で涼子ちゃんが声をかけてくる。
特にこれといってやることがあるわけではないのだが、涼子ちゃんはぴったり
と俺の後をくっついていた。そりゃぁ、立ってるだけだとさすがに疲れるか。
「そうだね、詩織君も休憩しないかい?」
「そうね、ちょっと疲れたわ」
肩からカメラを重そうに外してベンチの上に置くと、ふぅ〜っと深い息をつく。
ベンチに座って新聞部から提供してもらったオレンジジュースを飲みながらゆ
っくりと一息ついていた。
「お〜い、詩織と純〜」
ちょっと離れたところから間抜けな声が飛んできた。
「ん?公人か・・・。どうしたんだ?」
「いや、ちょっと、そこを通りかかったらおまえらがいたんでね」
と、俺達の座っているベンチに近づきながら公人が答える。
「公人君。いってあったじゃない。今日は写真の撮影会があるからって」
「そうだっけか?」
「もう。公人君ってば」
話に熱中している二人をそのままにして俺は横に置いておいたカメラを持って
すっとその場を離れた・・・。



「なあ、公人」
朝、教室に入ってきた公人を捕まえて話を始める。
「ん?なんだ、純?急に?」
「この写真を撮っていて思ったんだけど、人が人を写真に撮る時って、なにか
意味があるんじゃないか?」
「ああ、そうかもな・・・」
「そうかもなってなぁ・・・おまえ。
 この写真を見て見ろ。彼女が、詩織君が撮った物だ」
鞄の中から現像をしたばかりの写真を取りだして見せる。
「これって・・・?俺・・・?」
公人は俺の差し出した写真を食い入るように見ながら答える。
「そう、おまえだよ。この写真は新聞部の新しい企画でね、写真の中での写真
 っていうコンセプトの写真を撮ろうっていうもの。彼女が一番最初の被写体
 だよ。それは,その時、彼女が撮った写真」
「でも、なんで、俺なんだ?」
「だから、今言っただろう?人が人の写真を撮る時って,何か意味があるんじ
 ゃないかってね」
「それって・・・?」
「さあね」
思いっきり、意味を含むように言う。
「そうそう、もう一つ面白い物を見せてやるよ。これを見れば鈍いお前でも分
 かるだろう?」
そういって,鞄の中から別な写真を取りだして、机の上に並べる。
一人の女の子を被写体にした写真。
「これって、詩織の写真じゃないか」
「そうだよ。いい表情してるだろ」
「おまえ,こんなのいつの間に撮ったんだよ?」
「そんなことはどうでもいい。俺が言いたいのは,俺にはこの表情は引き出せ
 ないってこと。悔しいけどね」
「でも、写真に撮ってるじゃないか?」
「もうちょっと物事を良く考えろ。この写真はお前と話しているときの写真だ
 よ」
ポンッと公人の背中を軽く叩きながら席を立ち上がる。
「え・・・?」
「彼女が本当に楽しそうに笑う時って、おまえと話している時だってことさ」

FIN...

あとがき

自分の想いを相手に伝える方法、色々ありますよね?
そんな中で写真という題材を選んでみました。私自身写真をやっている中で、
独特な表現方法ではあるけれど、面白い手段であると思います。
で、この作品のテーマである、「写真を撮ることに意味があるのではないか?」
ということなんですが、写真を記録という手段以外で用いた場合撮影者の意図が
含まれると思います。それが、人を撮るということになると、もっと複雑なもの
になるのではないでしょうか?そんなところが伝わればいいなぁとは思います。

そうそう、この作品は、私が初期に書いているYoursというシリーズの続きという
か、ま、兄妹作品みたいな感じです。
#Yoursの方は手直しをしてまた今度ということで(笑)

◇この作品への感想は、和泉晶さん(sir_don@st.rim.or.jp)までお送り下さい。

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