俺―阿柴那 直樹はひさしぶりに古式家の門をくぐった。
門をくぐってすぐの所に広大な日本庭園があり、まばらに生えた潅木は青々と茂っていた。
(ゆかりは<鹿鳴館>の縁側に座ってよくボーッとしていたな。)
鹿鳴館とは古式家にある12の建物のうちの1つの名称である。そしてその縁側が俺とゆかりが一番長く共にした場所であった。
ゆかりに言わせると、四季の移り変わりを見ているだけで幸せになれるそうだ。俺はゆかりに寄り添っていられることに幸せを感じるのだが…。
―いつもは静寂に包まれた庭園も今日は勝手が違った。
古式家の御令嬢、古式ゆかりの21歳の誕生日を祝うために各界のお偉いさんが出席していたからである。
そのパーティーは庭園での立食形式で行われていた。なかなか乙な演出だが、そのために主役であるゆかりは会う人々全員に挨拶を受け、俺はなかなか話しかけられなかった。
「大変だね、ゆかり。」
「そんな事はございませんよ」
と、ゆかりは答えた。
昨年、着物の似合う女性No.1になったミスきらめき嬢は今日はドレスを着ていた。だが、それは着物姿に見劣るものではなかった。
「見せたいものがあるのですが、ついてきてくださいますか。」
何だろうと思いながらもゆかりについていく。
ゆかりは<鳳凰館>―俺の入ったことのない建物―の入り口をくぐり突き当たりの部屋の扉を開いた。
何やら骨董品のようなものが所せましと置いてある。
俺の目は自然に中央に置かれた変なものを捉えた。
およそこの部屋には似つかわしくないものである。
「何だ、あれ?」
と、俺はつぶやいた。
「お忘れになったんですか?」
ゆかりは責めるような目で俺を見る。
「あっ」
「思い出したようですね。」
「これは、3年前の…」


『今日は6月13日』


今日は6月13日。言わずと知れた古式さんの誕生日の朝―
(へっへー!3日掛かりで選んだんだ。気に入ってくれるかな?)
俺―阿柴那 直樹は古式さんへと贈るプレゼントを抱えたまま妄想の世界へとスリップしていた――――――
直樹:古式さん、お誕生日おめでとう!はい、プレゼント。
古式:まあ、そんなお気をつかっていただかなくても…
直樹:そうはいかないさ。大好きな古式さんのためだもの。
古式:まあ!実は私も阿柴名さんのことをずっと前からお慕い申しておりました。
直樹:古式さん…。
古式:阿柴名さん…。
        ブチュ―――――

詩織:「直樹君。」
直樹:「んでもって、「私、愛する殿方のために今日まで操を立てて参りました。」 
「…じゃ、いいんだね。行くよ。」 「はい…」――なんて事に!」
詩織:「直樹君ってば!」
直樹:「おわっ!し、詩織?お、おはよう!」
詩織:「今日の直樹君、変… それより、今日は早いわね。
    たまには一緒に登校しましょう?」
直樹:「あ、ああ。」

校門前――
直樹:「あっ!古式さんだ。」
詩織:「え?」
直樹:「あ、いや なんでもない。なんでもないんだ。」
(やっぱ詩織の前で渡すのは気が引けるな…休み時間に古式さんの教室に行こう、うん。)

1時間目休み時間、3年A組
如月:「あの、すいません。」
直樹:「あれ、如月さん、なんか用?―――って俺がこの前借りた本のことか。」
如月:「ええ、もう貸し出し期限が過ぎているもので…」
直樹:「ごめんごめん――はい、この本ね。え、あっ、あれ? き、如月さんん!?」
彼女が俺によりかかってきた。如月さんって以外と大胆って思ったら…定番の貧血だった。
二重に驚いてしまってが、とにかく保健室へ。休み時間は過ぎてしまってが如月さんの身体には代えられまい。

2時間目休み時間、3年A組の窓の外を見て
直樹:(あっ、古式さんが校庭にいる!)
俺はプレゼント片手に校庭へと急ぐ。

美樹原:「あら…阿柴名さん。」
直樹:「や、やぁ。ごめん、今急いでるん…」   
パクッ!  
急に大きな犬がプレゼントを奪い去り、無造作にじゃれ付いたのだ。
直樹:「…あっ、あっ、あっ、あ・・…」
美樹原:「ご、ごめんなさい! ムク、やめなさい!」
俺は美樹原さんが大声を張り上げたのを初めて聞いた。
プレゼント−観葉植物の鉢植え−は犬の魔の手(?)から開放されたものの、土は零れ、鉢にはひびが入っている。
美樹原:「ご、ごめんなさい、本当にごめんなさい。あの、弁償します。」
直樹:「い、いいよ、別に…。」
いいわきゃないが、誰が涙に潤んだ美樹原さんを責められよう。
美樹原:「でも!」
直樹:「うーん、じゃあハンバーガーでも今度おごって、ね?」
こうでも言わないと収まらなかっただろう…ちなみに古式さんはいつのまにかいなくなってて――もちろん探し出すだけの休み時間が残ってるわけもなし…。

3時間目休み時間
授業中に接着剤である程度修復しておいた俺は古式さんの教室に行く。
…しかし彼女のクラスは体育の授業で水泳をするようで、ほとんどの人が出払っていた。
無論、古式さんも…。机においておくこともできるが、やっぱり直接渡したい。
芹沢:「まぁ、プールにでも行けば嫌でも会えるだろうけどさ。」
俺は教室に残っていた芹沢の言葉を実行に移す。
冷静に考えればプールで、しかも公衆の面前で、プレゼントを渡すなんてかなり恥ずかしいが何故だかやるだけのことやらないと後悔する気がした。

プール――
直樹:(まだ誰も来てないな。)

ドン!

謎の女:「あっ、ごめんなさい。またぶつかっちゃったね。」
直樹:「ん?」
コアラみたいな髪型の女の子が視界にはいった。
「あ、何だ、また君か――て、うわわわわっ!」
女の子の体当たりは思ったより強かった。バランスを失った結果、俺はプールに真っ逆さま。
直樹:(シャレになんね−!)
謎の女:「ああっ!?ご、ごめんなさーい!きゃあ、どうしよー?」
直樹:ゴボゴボ…
    (おい、俺は泳げねーんだぞぉぉぉ!)
    (ああ…意識が遠ざかって…)

再び保健室にて
清川:「おっ、気がついたか?」
直樹:「き、清川さん、もしかして助けてくれたの?」
清川:「そ、全く軟弱物なんだから。」
直樹:「面目ない…あれっ?服着替えさせてくれたのも?」
清川:「ば、馬鹿。それは保健の先生に決まってるだろ!」
直樹:「わーってるよ。(笑)あ、プレゼ…いや包みは?」
清川:「ほら。」
枕元にそれはあった。もうグシャグシャである。
清川:「なんだそれ?」
直樹:「…………」
ヒュ−、と北風がおれの心にふきあれる。
直樹:「ひとりにしてくれ…」
清川は何か言いたげだったが肩を竦めて退場。
俺も鉢植えだったものを抱えて教室に向かった。

廊下にて――
直樹:「はぁ〜。」(ため息)
虹野:「何、ため息ついてるんですか!何事も根性よ、根性。元気出して。」
直樹:「虹野さん…ん、そだね、ありがとう。」
虹野:「あっ、そうだ。私お弁当作りすぎちゃって。よかったら一緒に食べない?」
直樹:「え、うん。」
(どうせ今から古式さん見つけたって、これじゃあ、あげられないもんなぁ。)
(…そういや、俺って4時間目の授業中ずっと寝てたのか!?)
30分後。
弁当を平らげた俺は虹野さんと別れて中庭を散策した。
ふと、見てみるとみなれた後ろ姿が…
直樹:「おっ、朝日奈さんだ。おーい、朝日奈さーん!」
朝日奈:「あっ、直樹君! あれっ? その手に持ってるの、何?」
直樹:「ああ、これね。古式さんの誕生日プレゼントなんだけど…」
朝日奈:「ええ〜っ!じゃ、グシャグシャにしちゃったわけー?超ダサー。」
直樹:「うん、これじゃわたせないよ。」
朝日奈:「…馬鹿。」
直樹:「?」
朝日奈:「女の子はね、好きな男の子からのプレゼントなら何でも喜ぶんだよ?
     ゆかりはね、こう言っちゃなんだけど金持ちだからプレゼントなんかもらわなくても何でも手に入るもん。
     要は直樹君の気持ちよ。品物なんて二の次なんだから。」
直樹:「そうかな?」
朝日奈:「そーよぉ!」
直樹:「ありがとう朝日奈さん。」
朝日奈:「直樹君…あのさ…」
直樹:「え、何?」
朝日奈:「ううん、何でもない。ほら、昼休みも残り15分よ。
ソッコーで行かなきゃ。ゆかりは5時間目は教室で国語、6時間目はS-2で化学よ。」
直樹:「わかった!」

廊下で―――
優美:「あっ、先輩。あのね…」
直樹:「ごめん、優美ちゃん、今急いでるから。」
優美:「古式先輩がプールでけがして保健室にいるって。
    お兄ちゃんが先輩に会ったら伝えとけって。」
直樹:「いっ!?」
(じゃあカーテンを隔ててとなりのベッドにゃ古式さんがいたのか〜!)
直樹:「優美ちゃんありがとう!好雄にも礼を言っといてくれ!」

三度保健室にて―――
「俺はドアを開けて乱暴に入る。」
直樹:「古式さ…あれ、鏡さん?」
鏡:「あら、どうしたのかしら?」
直樹:「鏡さん…なんでここにーいや、そんな事より古式さんは?」
鏡:「あのおさげの子ならとっくに教室に帰ったわよ。」
直樹:「ありがとう。それじゃ!」
鏡:「待ちなさい。その手の包みが彼女へのプレゼントね?」
直樹:「あ、ああ。」
(何だ?侮辱する気か?そうならたとえ鏡さんでも許さないぞ。)
鏡:「ちょっと貸しなさい。いくらなんでもこれじゃ格好がつかないでしょ?
   私が包装し直してあげるから。」
何と鏡さんは自分のかばんから包装紙を取り出し綺麗に包んでくれたんだ。
鏡さんを一時でも悪く思ったことを恥ずかしく思った。
直樹:「鏡さん…ありがとう。」
鏡:「礼なんて言っている暇が会ったら早く行きなさい。昼休みはもう2分もないわよ。」

古式さんの教室へと走る俺。今マラソン大会をしたら全校一になれる自信があった。
古式さんの教室にさしかかったところで、立ちはだかる人影一つ。
伊集院:「ちょっと待った。」
直樹:「どけ、伊集院!」
伊集院:「そうは行かない。廊下を走ったことを反省するまでは。」
(んな事はどうでもいい!)と思いながらも、
直樹:「悪かったよ。」
もめてるひまなどない。
伊集院:「それに我がA組の5時間目は美術室で絵画だ。方向が違うと思うのだがね。」
直樹:「届け物があるんだよ。」
伊集院:「今から届けていては5時間目は遅刻だ。それに届けるのは次の休み時間でも放課後でもいいはずだ。」
直樹:「うっ」。(汗)
伊集院:「理事長の孫として生徒が軽々しく遅刻するのは捨て置けん。君を美術室に連行する。」
直樹:「ううっ… い、伊集院よ…確かにお前が言うのは正論だ。」
伊集院:「?」
直樹:「だが!男にはまちがっててもやらねばならない時があるのだぁ!」
ダアアアアっと伊集院の横をすりぬける俺。
伊集院:「ぬ?こしゃくな。この僕から逃げられると思っているのか?
     (悪戯っぽく笑いながら)全SPに告ぐ!やつをつかまえろ!」
直樹:「げげっ!」
突如現れたSPに連行されながら俺は悪態を突く。「ちきしょお!俺がどういう状況か知ってて邪魔してんだろ!卑怯者ぉ!」
伊集院:「ん?何のことだね? あー、正しい事をした後は気持ちがいいものだ。」
直樹:「うるせー!お前のせいで完全に遅刻じゃねぇか!ああ、古式さぁぁん・・」

五時間目休み時間 美術室
よっぽど授業を抜け出そうとしたが、伊集院の監視網の下ではあきらめざるをえなかった。
急いで美術室を出ようとする俺に好雄が声をかける。
好雄:「おーい、直樹ぃ。あのな…」
次の瞬間好雄は言葉を失った。
俺が噛み付かんばかりの形相で睨んだからだ。
直樹:「好雄ぉぉ!お前まで俺の邪魔をするかぁ?ああーん?」
好雄:「−あ、いや、あのな、だから俺が言いたいのは…
    お前が用があるみたいなんで古式さんが訪ねてきたよ…
    っておい!!……行っちまいやがった。」

化学室前――
ドアの前で立ちすくむ俺。
直樹:(ううーむ。…どう考えてもこのシチュエーションは紐緒さん…だよな。
    でも紐緒さんは部室にはいても、一般の化学教室にはいないはずだ。うん。
    なんたって後5分で授業が行われる予定の教室であの人が実験なんてしてるはずないじゃないか。)
頭ではわかっていても緊張する。やがて意を決してドアを開く。中には…
紐緒:「見たわね。」
直樹:「!!!!!!!」
俺は自分の間抜けさを呪った。俺があけたのは化学室S−2のとなりの化学準備室。
普段は誰も入らない部屋の一つだったのである!
紐緒:「ドアを開けなければよかったのに。不運な男ね。」
直樹:(そうだった!別に教室に入らなくても外で古式さんを待ってればよかったんだ!)
紐緒:「何にせよ、あなたは人類が見てはいけないものを見てしまったのよ。」
俺は背筋がぞっとした。声も出ない。
紐緒:「これでもくらいなさい!」
直樹:「やっぱりいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」
 爆音。−そして俺は再度意識を失った。

またまたまた保健室(もお、いい!)――
片桐:「Are you okay?大丈夫?」
直樹:「痛…その声は片桐さん?」
片桐:「That's right.その通りよ。あなた保健室に運ばれたの今日で2回目なんですってね。
    Unbelievable!信じられない!」
直樹:「ほんっとについてないよ… あああ!?い、今何時?」
片桐:「Wait.ちょっと待って。それよりお礼を言うのが先じゃない?
    私一番最初にあなたを見付けて助けを呼んだんだから。」
直樹:「ごめん、いや ありがとう。 サンキュウヴェリイマッチ。」
片桐:「Good.あっ、戎谷君にも俺を言ってね。彼があなたを運んでくれたんだから。」
直樹:「ああ、わかった。」
片桐:「…もう3時45分よ。」
直樹:「そうか…。わざわざ俺に付き添っててくれてありがとう。」
片桐:「No problem.全然平気よ。」
(古式さんは…怪我してるから部活にはでないはず。もう帰っちゃっただろうな。
――結局渡せなかったな、プレゼント。後で古式さん家にいってみようかな。でもどこにあるか知らないな。
知ってても古式さんのお父さんがあわせてくれないだろうけど…。
古式さんを電話で呼び出して・・いや、足を怪我してたら無理か。それ以前に古式さんとこは夜の外出禁止かも。
ったくよー、どーすりゃいいんだよー!!)
俺があ−だこーだ考えていた時、
保健室の窓から見えたんだ。
ピンクのおさげ髪が!
(古式さん!)
おれは走った。俺は肉体的にも精神的にも限界だった。でも、走った。

校門前――
直樹:「待ってくれぇ!古式さん!」
古式さんが振り返った。
目と目が合って、俺の心臓は早鐘を打った。
(なんか、何年もあっていなかったみたいだ。)
ドキドキドキドキ………
俺は自分の持っている包みを見た。
もはや鉢植えだったころの面影すらなかった。
    けど――
直樹:「古式さん、お誕生日おめでとう。はい、プレゼント。」
俺はプレゼントを前に勢い良く突き出した。
古式さんは静かに手を伸ばして−柔らかい手が俺の手に触れ−それを受け取る。
    トクン。
古式さんは不思議そうに俺をじっと見て、包みをじっと見た。

やがて 彼女は 優雅に 微笑んだんだ。
古式:「開けてもよろしいですか?」
直樹:「あ、ああ。」

古式:「うふっ。まあ、たいそうな品物をいただきまして 我が家の家宝にいたします。」
俺は…この時ほど幸せだと感じたことはかつてなかった。

直樹:「(涙をぬぐって)足、大丈夫?肩貸すから一緒に帰ろう。」
古式:「ええ、参りましょう。」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あの時の鉢植えか…」
俺は恥ずかしそうに頭をかく。
「うふふ…あの時の直樹さん、お洋服はぼろぼろで、今にも泣きそうな顔をしておりました…」
ゆかりはいったん言葉を切って俺を真っ直ぐ見つめてから、
「しかし、それと同時にとてもりりしゅうございました」
ゆかりは含み笑いをして―そしてあの時と同じように―優雅に微笑んだ。

「ゆかり…」
俺はゆかりを抱き寄せようとして、ふと思い出したようにポケットの中から小さな包みを取り出した。
「お誕生日おめでとう、ゆかり。鉢植えにはかなわないかもしれないけど…」
ゆかりは嬉しそうに受け取り、断ってから開けた。
……出てきたのは婚約指輪だった。
「ゆかり、あ、あの、だから俺と婚…」
俺はそれ以上言うことが出来なかった。
ゆかりが口で俺の口をふさいだからだ。
(ゆ、ゆかり!?)
ゆかりがこんな大胆なことをするとは思ってもみなかった。
……でも、これだけはわかる。
きっと俺が申し込むのをずっとずっと待っていてくれてたんだ…
「さぁ、ゆかりの御両親にもお教えなくちゃな。」
「はい、そうですね。きっと、祝福してくださいますよ。」
三年前の熱い想いを胸に刻み、俺たちは寄り添って歩き出した…


◇この作品への感想は、SASAさん(alive0@intnl.doshisha.ac.jp)までお送り下さい。

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