入社して約半年が経った10月頃だったかな、テスト走行に使うレーシングツナギを作ってくれることになりました。
それまでは、浜北工場の実験室でエンジンテストをしていて、バイクに乗って走行する機会の無いスーさんが体型的に似ていたので借用し使っていました。
レーシングツナギと言えば「KUSITANI」ですよ。浜松駅の南にあるそんなに大きな店舗ではありませんでしたが、バイク乗りなら知らない人は居ないほど有名なお店ですよ。そこの、それもオーダーで作ってくれるんだからなんて良い会社なんでしょう。直接櫛谷専務が出向いて採寸してくれました。

はじめは立ち姿勢で、次はいすに腰掛け手は肘を少し曲げて前に出すやや前傾の乗車姿勢を取って採寸し、そのデータから作るようです。
2週間ほどかかったでしょうか、私にぴったりのレーシングツナギが到着です。同時にフルフェースヘルメット、雨降り用のゴム長靴・ゴム合羽も支給されました。
このゴム合羽、魚市場用?の物でしょうか、ゴムの成型品で分厚くて重いのですが、当然雨なんて通しません。

ヘルメットはARAIのフルフェースヘルメット。当時のヘルメットは、今のように空力も風切り音対策も施されていなくて、一番困るのは風圧でヘルメットの下部が唇にくっついてくることです。
テストコースを走っていると次第にヘルメットが風圧に押されて唇に付かんとするので、ほっぺたを「ニィー」と膨らませて押されるのを防いだりしますが、長くは持ちません、ストレートを走りながらヘルメットの下を前に突き出して顔との隙間を取ります。

また、風切り音が耳に入ってくるので、走り終わると耳が”ジ〜〜〜ン”と鳴っている。そこで、フェイスマスクを被って走っていましたね。
今でこそ、口が開くほどにほっぺたに強く当ててヘルメットのずれを無くしたり、耳に入る風切り音を少なくする工夫は施してありますが、当時はまだまだそんな技術も工夫もありませんでした。
走った後にフェースマスクを取ると髪の毛はぺったんこ。汗もかくので当然の事。

寒くなるとバイクも元気が出ます。空冷の場合は夏場と冬場では約10%近い差があります。気温が下がりエンジンが元気になればちょっと試したくなる。
ある日、RD350の定地テストのためにヤマハコースへ行くと一番乗り、誰も走っていないのでAさんが到着する前に本コースを走る。
パドックを一周して安全を確認し本コースへ、ストレート、スプーン、S字、ヘアピンを元気よく走り130Rへ突っ込みスロットルを開いた瞬間フロントタイヤが”トントントン”と浮いたら接地浮いたら接地を繰り返して『ここでスロットル閉じたらフロントが大暴れして転倒するだろうなー』と、考えリヤブレーキをチョコンと掛けてRDをなだめる。次の周回には熱ダレから馬力も低下してそのようなことは起きなかったが、いやー緊張した一瞬だった。
RDは250/350は共通の車体だから、250では不足ない車体剛性だけれど、会社からテストコースまでの間でエンジンが程良く暖まり、350のそのパワーでもって挙動が大きくなる。
−この、フロントの接地感向上の必要性は、後のRD400において前輪荷重割合を上げる事にもなりました。

空冷2サイクルエンジンの場合、ベンチテストでも全開走行でも、始動直後の馬力に比べると、3分後には90%、更に10〜15分後には85%程度までに落ちて安定します。
先にも書きましたが、冬場の方がエンジン出力は高くなりますが、中でも一番出力が上がるのは2月で、それは気温が低く気圧が高いので、より多くの酸素がエンジンに入り込むからですね。

季節でエンジン出力が変わると言うことに関連して言えば、ガソリンの比重も季節によって変わります。
ガソリンは、周囲の温度を奪い取って蒸発しますが、夏場はその温度が高いので揮発しやすいと言うこと。逆に冬場には蒸発するに十分な温度が得られにくいと言えます。そこで、一年通してエンジンの始動性を均一にすべく揮発性を変えているようです。
気温の高い夏場では、揮発を抑えるために比重が重くなり0.76前後位、冬場ではそれが0.72と軽くなります。こうしたデータは、実験用のガソリンを納品するメーカーが”製品試験データ”としてガソリンに添付して来ますので、それをメモして燃費率の計算データに使います。

翌50年のマイナーチェンジモデルの開発も終わり頃は残業もなく、定時に帰る日が続き、49年の秋頃にはRD250/350の開発は終了した。

生産機種の開発はほとんどが本社工場内で行われていたが、本社移転前の浜北での実験設備はそのままあるので、一部の先行開発・排気ガス対策の実験などはこの浜北の実験室で行っていた。

バイクも排気量が250ccを越すと自動二輪車になり車検が必要になる。
また、当時世界GPレースのクラス分けは50、125、250、350、500とあって、国内のバイクの排気量もこれに習って排気量分けされていた。スズキからはGT380が既に数年前から発売されていたし、更にホンダがCB400FOURを出したため4サイクルのGXも当初の360から400へとスケールアップ、RD350も急遽排気量の見直しが検討され、浜北で実験をしていたIさんのグループがプリテストを行っていた(ようだ)。

次期RDはフルモデルチェンジの計画で、3号館内にあるプレゼ室(会社役員に次期開発モデルの予想図やモックアップなどを見せる部屋)の開いていたドアからこっそり見ることが出来たが新型DT同様のデザインの流れを汲んだものだった。

最初の試作車が出来てきたのは多分RD250/350の開発が終了した秋頃だったように記憶しているが、この時すでにキャストホイールとリヤディスクの採用が決められ、振動低減のためにラバーマウントも折り込み。入ってきた試作車にもあの「台八車キャストホイール」が装備され、機密を守るため段ボールでカバーを作り車輪を隠して工場内を移動していた。
同時に他の開発チームでもキャストを採用する計画なのでシャーシーダイナモに突起を付け振動を加える「カムドラムテスト」を実施し試行錯誤を繰り返すテストもスタートしていた。
そのテストはAさんが「グルグルテスト場」なる場所で進めていました。

このグルグルテストは直径30mほどの傾斜の付いたコンクリート路面に突起があり、この路面でテスト車両を無人で走らせ振動耐久性を調べるもので、中心部から伸びたアームでバイクを支持して走らせるんで「グルグル」と言う名が付いた。初めは冗談で別名を言ってるのかと思いきや、テスト場の看板にはちゃんと「グルグルテスト場」と書いてあった。テスト車両のエンジンを掛けてた後バイクを走らせて、ある程度のスピードに上がると飛び降り、その後はコントロール室から伸びたワイヤーで速度調整し、停車させるときは点火回路の一部が車体の外に出ているので棒で引っかけ点火回路を経ちエンジンを止めるという、ちょっと原始的?
だがこの施設、同じテストはカムドラムシャーシーでも出来る事なので後に使われなくなった。

この時期の私はと言えば、夏頃から少しずつ手がけていた「くすぶりテスト」を一人でコツコツやっていました。 カリフォルニアで販売されたRD250が何度修理してもプラグがくすぶり止まってしまう謎のトラブルを抱えた1台が本社に「返品」され、どんな状況でそうなるのか、あれこれ指示されながら浜北の「※天竜テストコース」をエンジンの回転を2500rpm以下、速度は20km/h以下、この条件でトータル1000km位走りましたが何も起きない。シャーシーでパターン走行しプラグ電極の温度測定とスパーク信号のチェックをしたのですがなかなか止まらない、止まる気配すらない。走行中のプラグの温度も低く「よくこれで止まらないなー」と、関心ばかりしていて、結局原因の特定は出来ないままこの仕事は終えました。
※天竜川の堤防沿いを走るテストコースで、幅2〜4m、長さ約2kmのカーブを描いたコースで、レーサーはここを200km以上出していたらしい! 袋井にヤマハコースが出来てからは燃費や90cc以下のギヤ耐久テストにのみ使っていたが、現在は廃止されている。

次期RDの開発が本格化したのは翌50年、同時にSグループのスタッフも何人か入れ替わり、入社以来仕事を教えていただいたAさんは別の課に異動、小排気量グループリーダーのYAさんが主任に昇格したと同時に、グループが分かれ、SグループはRD250/400の開発に専念する。
そんな人事異動があってAさんが私に一言「新しいのは若い者に任せて、年寄りは生産設計だよ」、ちょっと寂しい一言でした。

新型フレームは従来のRDと基本構造は同じだが前輪荷重45%を47%(記憶の数値)へと増やし操縦性を安定させるためにエンジン取り付け位置が3cm前に移動した設計。同時に車体振動を減らす為にエンジンの積載方法もそれまでのリジッドからラバーマウントへ変更(400のみ)、駆動関係でも加減速を繰り返すことでショックアブソーバーが潰れ効果が薄れていたので、ドリブンスプロケットの取付ボルトそれぞれに円形のラバーを取付けるものに変更された。
エンジンのテストを行っていた10号館のベンチに新設計フレームが持ち込まれた時に、フレーム重量当てをら5人くらいで行って、見事一番近い数字を書いたのは私だった。
そんな事がある直前、あるバイク雑誌で750クラスのフレーム重量が書いてあって、それを参考に「この数値くらい」と書き込んだのがズバリ当たった。

検討していた排気量はプリテストの結果RD350のストロークを伸ばし排気量を上げる方法が採られた。ロングストローク化するとピストンスピード上昇による回転数上限の制約やシリンダ精度の確保と耐焼き付き性能など、弊害もあるが、ボア(シリンダーの直径)を広げるとシリンダ間隔が狭まり冷却が上手くいかない事、冷却性を良くするにはエンジン幅を広げないといけない、それには高価な専用加工機を設置しなければならない方が大きな問題と言うことでの選択である。そのため250よりもストロークが伸びた分400の方が冷却フィンが1枚多い設計だ。 当初の担当は、RDとして初めての採用となるラバーマウントのテストが中心でした。

実験の車体関係のリーダーはYGさんでしたが、車体設計のMさんと連絡を取り合いながらテストを進める事が多かった、その方が仕事が早く進む。
テストにはいろんな種類のラバーを使いました。「なると蒲鉾タイプ」「筒状タイプ」等で、形状やゴムのゴム硬度を変えたものなどです。しかし、どのラバーもチェーンを介して後輪に駆動力を伝えると左後ろにエンジンが引きずられる回転モーメントが働いてラバーがグチャグチャに潰れてしまう、潰れないようにとゴム硬度を上げるとブルブル振動が伝わる。テストするうちに初めの設計では無理があるとの思いを持っていて、Mさんには何度か伝えていたが、これではどうしようもないと、10号館にMさんを呼んで状況を見て貰う。「駆動時の回転モーメントに耐えるためにはエンジンマウント幅を広げエンジンの上下方向の振動のみではなく横方向の衝撃吸収も必要で、同時にラバーの径を大きくする必要があるでしょう」と話し合い、横方向の衝撃吸収に”サイドリップ”を加える事を検討していただくことに・・・。

直ぐに設計変更に掛かられましたがフレームやエンジン加工には時間が掛かるので、正規品が入るまで間に合わせでエンジンマウント部を削りサイドリップを取り付けてどうなるかテストしました。 振動を低減する方法としてラバーマウントは有効ですが、新たな問題を山積する原因にもなっていたのです・・・。