エンジンというのは回転偶力によりミクロの世界で「変形」し、回転数によりその変形状態が変わることから「車体振動」の出方も変わるのです。例えばハンドルには4000回転付近で出るが6000回転になると消えて、変わりにガソリンタンクが振れるなどです。
そのような振動や物体の剛性を解析する技術が、アメリカのNASAにより解析プログラムとして開発されました。アメリカはアポロ計画で月面着陸に成功しましたが、あの大きなロケットを正確に軌道に乗せるために発射台の基礎は地下400mまであるらしい、そして打ち上げ後もロケットに発生する振動や変形によるアンバランスを最小限に抑えないといけない。しかし、大きなロケット全体で行うと膨大な量のデータ処理が必要になるので、構成するブロックごとに分けて対策を施していく手法が取られたそうで「有限要素法」〜”ダイナミックなんたらかんたら”と言う技術なんだそうですが、当然私にはちんぷんかんぷんのお話。自動車メーカーでは三菱が既に採用している技術とも言っていました。

この技術を使いバイクのエンジンを解析すると回転中のエンジンがどのように変形するかシミュレーションを見る機会がありました。 実験のS主任と当時エンジン設計をしていたW課長(通称「カーさん」)ほか5人くらいでRD350のエンジンがどのように動くかを見て一同ビックリ!、クランクを軸にシリンダヘッドは後ろへ、ドライブギヤ部分が上方向へ大きく変形する様子が動画としてモニター画面に映し出されました。それを見たW課長曰く「シリンダヘッドと後ろのエンジンマウントの間につっかい棒を入れんといかんかなー」。

ワンポイント解説
※「衝突安全ボディー」のコマーシャルで線図で表現されたボディーがどのように変形するかをアニメーションしているのを見たこと無いですか?。あの、いわゆるポリゴンで形成された「面」が、一つの「有限要素」と見て良いのでしょう。弱く、大きく潰れた部分で衝撃を吸収して客室を安全に守る。その手法(技術)の一つとして実用化されていると思います。

勿論変形の度合いを分かりやすくするために拡大表示されてはいるのですが、それを見るとエンジンのラバーマウントの必要性に納得してしまうのです。 車体関係はいくつかの対策を必要として進み、エンジンはと言うと目標として揚げた馬力は比較的簡単に達成し、競合他車との比較でも遜色ない性能だったが、ロングストローク化による影響からか性格はとってもジャジャ馬で、ピストンリードバルブエンジンの欠点がもろに出ていて、エンジン開発の実務を担当していたFさん(愛称「善さん」)さんは対策に頭を抱えていました。
善さんは救急隊員の経験があり、ヤマハに入ってからはスノーモビルレーサーの開発を行った経験を持つ方で、時間を聞くときに「今何時半」や、上手く行かない時や不味い時に「やいやい」と言うのが口癖の人でした。

ここでワンポイント解説
2サイクルエンジンの吸気方式は数種類あって、リードバルブ方式、ロータリーバルブ方式、ピストンバルブ方式、リードバルブとピストンリード併用方式等だ。それぞれにメリット、デメリットがあり、エンジンの使用用途でも方式に違いが出てくる。現在バイクで使用されるのはクランク室リードが主流で、私が担当した最後の機種では、採用するエンジン選択を巡って設計・デザイン会社と意見が対立、当初のピストンリード方式から「クランク室リード」に決定させた経緯があり、その後この方式が主流を迎える。これについてはずっと先のお話。

エンジンをラバーマウントすることでもう一つの課題はエキパイ(エキゾーストパイプ)とマフラーの取付部分のジョイント方法。従来のリジットと違い、エンジンが揺れる分マフラーの接合は固定できない。その為、初めは金属ガスケットで行っていたが、部品点数が多い上に組立が難しくて振動のために金属が変形し、それで出来た隙間から排気ガスが漏れてNG(NO GOOD)。簡単な組立に変更した物も考案されたがそれでも変形を抑えることは出来ず、これを諦め次に採用したのはラバー。ある程度耐熱性のあるラバーを使っても排気温度が高すぎて簡単に燃えてしまいNG。担当のMさんはそのたびに耐熱性があってコスト的にも安く済む構造を考えたりしなくてはならないので大変だったと思う。そんなこんなで何度試作を繰り返しただろう、最終仕様は非常に高価な、予定コストに比べ原価で約2倍もするジョイントラバーになってしまう。
とは言え、スズキのGT380のマフラー取り付けは固定なのだ。GT380の取り付け方法については記憶していないが、3気筒であることが振動に関して有利であると思われ、トルク変動少ないことから固めのラバーを使えたのだと思います。固いラバーを使えばエンジンが揺れない分影響も少ないと言えるが、反面高周波の振動は伝わってくる。

2気筒であるが故に振幅の大きい振動に起因してチェンジペダルが最初のトラブルを引き起こす。当初はRD250/350と同じ物を使っていたが、振動でペダルが動き足を叩きつける、ボルトで止めている部分のセレーション(ギヤみたいな物)が潰れてグルグル回ってしまう、始めのうちは「締め付けトルクを上げれば解決できるかも」と、高張力ボルトを使ってみましたがあっけなく舐めてしまった。いくつか検討はしましたが、最終的に軽量化で解決を図るのが良いだろうと、パイプになった。それでも、当初はパイプにクラック(ひび割れ)が入って折れたり、すんなりとは行きませんでした。
また、開発の最終段階に入ったときの事を先に書いてしまうが、シャーシーダイナモでのテストに使用した車両がドイツ仕様だった。ドイツ仕様は一種独特で
・リヤフェンダーが長く、
・サイドスタンドは車体を立てると自動的にスタンドが上がってしまう、
・車軸のボルトにはゴムキャップが付けてある、
・プラグキャップはノイズ防止用の金属カバー(ノイズキャンセラー)が付いている、
・リヤフェンダーが長い
等、他の国とは違っていた。すべて安全対策の為なのだが、プラグキャップがノイズキャンセラー仕様になっているため重量が重く、エンジンの振動でプラグキャップの質量がもろにプラグ端子を揺すり端子を止めている接着が外れて点火不良になることが発生した。初めは「たまに起こる事」と思っていたら、連発するので直ぐにNGKに連絡を取ってもらい、端子ねじ込み部分を長くした対策品を作ってもらうと外れなくなった。

さてさて、僅か50cc増えただけなのに低速域のトルクが随分と増え、スロットルに対するレスポンスも2500rpmから充分な加速が出来るようになり、軽く半クラッチを使うだけで軽々とフロントが持ち上がり、気を許すと「竿立ち」状態になるパワフルさを持っていた。
そんな、性能的には「剛」の部分を、ラバーマウントの「柔」で支えようと言うのだから簡単には行かない。そうした一連のテストはシャーシーダイナモでエンジンラバーマウント関連の作業として実験を担当させていただいた。
 
シャーシーで暫く走らせていると、急にエンジンが吹き上がり、様子が変なのでポテンショメーターで負荷を掛け停止させようとするがコントロールできない。シャーシーダイナモ室内とは言え、どこかにトラブルを抱えたエンジンが全開のまま高速走行している部屋にはいるのには勇気が入ります。そんな事考えながらも体はダイナモ室の中へ入り手動で回転を落としテスト車両を停止させました。状況を見ると駆動トルクの大きさに負けてボルトが切れて飛んでしまっていた。おまけにボルトを支えているゴムブッシュが潰れたように破壊され、エンジン懸架位置も下がってもいる。

リアスプロケットの取り付けは、RD250/350まで扇形をしたゴム製のクッションを介して動力を伝えていたが、RD400ではキャストホイールになるのでホイールのハブ部分にゴムブッシュを圧入し、そこにボルトを埋め込んだ形に変更されたが、エンジン動力の伝わりに変動があるため、繰り返し応力にボルトが破断したのだった。
何事も新しい仕組みにチャレンジすると、必ず失敗する。それは当たり前のように起こることなので、そのたびに知恵を絞るわけで、それが我々現場の仕事。

そこでボルトの径を上げたりゴムブッシュ径を大きくしてゴム容量を大きく取って高度も上げるなどの対策を施す。このあたりは第6話のマウントラバーのテストと同じ時系列で進めていたが、幾多のテストを重ねて行く内にほぼ満足のいく仕様が固まった。

開発というのはただ性能を追求していくだけではなく、いかに多くの問題点を見つけだし(市場でのクレームやリコールの原因になる)、それを一つ一つ潰して(問題を解決する)いくかと言う地道な作業なのだ。
だから、中には「本当にそこまでする必要あるのかー?」と言った対策を行うこともあります。
例えば、あるファミリーバイクに乗った高校生が2mの高さからジャンプしていたらフレームが折れた。その情報が入ってきた物だから、フレームの強度をアップしオフロード系バイクのテストを行う浜北市(現浜松市浜北区)にあるコースで実際にジャンプして比較、折れないことを確認して生産仕様に折り込まれた事がある。確かに「良い製品作り」は必要だが過剰品質になることさえあるが、「そこまでやるの?」と、欽ちゃん風に考えるのでした。

当時の開発期間は2〜3年が普通のようで、本格開発と言っても連日残業とまではなく、大日程での次試作仕様決定前に詰めの作業するときくらいが忙しかった。大日程は試作次元の区切りで3〜4回ほどあり、エンジンや車体それぞれのグループは次の試作次元に合わせて中日程を作り完成度を高めていく。
電装関係は、全く別の部署が独立してあり、ここだけは時代を先取りして「専任制」の元、開発を行っています。
電気に関しては特別な知識と組織で動く必要があることから、このようになっているようです。
そこからあるスピードメーターが届いた。スピードメーターの積算距離機能を利用してウインカーの「自動キャンセル」装置を組み込んだ物だという。

現在のプッシュキャンセルウインカーの原型になる物だが、距離のみの判断で作動するために、目測を誤ると交差点手前でウインカーが切れるのでもう一度操作しなくてはならなかったり、高速道路では何度も操作しなくてはならない等の不具合があって、「これは使い物にならない」。あれこれ議論し、右折・左折で作動距離を変えないといけないとか、高速道路ではこのくらいの距離走ってキャンセルされる方が良いだろうとか、色々注文付けた。構造的に簡単でコストも安く上がるよう作られた物だったが、あえなくノックアウトした形でした。

ニューフィーチャー=新機構。皆さんがバイクを購入する際に参考にするのが「カタログ」、そのカタログに他社では採用されていない技術をいかに多く書き込むかが、お客様を引きつける大きなポイントになるのだけれど、だからといって価格的には同じで無ければならない。RD400における排気量、キャストホイール、前後ディスクブレーキ、プッシュキャンセルウインカーはそうしたニューフィーチャーなのです。