2000年の今年、鈴鹿8時間耐久レースに和歌山利宏君が出場していた。 彼はRD400の開発に掛かって暫くして一緒に仕事をした仲間で年齢も同じ。ヤマハコースで走ると初めは私よりも遅かったのだが、125でロードレースを始めた彼は少しずつ速くなっていった。
寮の廊下を歩きながら鈴鹿のコースをイメージトレーニングしている姿はよく目撃されたそうで、会社でも「1コーナーを失敗したー」とぶつぶつ言っている。
鈴鹿の1コーナーは全開最高速から進入していくので、「ほっぺたが路面に当たりそうな感じになる」と言っていた。私もロードレースにも興味あったけども、仕事でサーキットと同じようなテストコースを走れるし、走るだけでも結構お金掛かるらしく、当時オーディオに興味があってお金かけていたので止めといた。その和歌山君がRDの耐久走行テストを担当していたように記憶している。

当時を思い起こしていると、私にはもう一つ仕事があった。同じグループにH主任がいて、Hさんはオイル消費関係の仕事を受け持っていて、その仕事の走行テストに駆り出されていたが、通常の仕事の中では出来ないので休日に出勤しての仕事になっていました。 主にオイル消費と燃費、焼き付き性のテストだったんですが、RDの場合時速60キロまでなら潤滑用のオイルは要らないんじゃないかと思えるくらい薄ーい混合比(300:1)でも大丈夫でした。
IT400では同じ焼き付きテストを行っている最中に本当に焼き付いてしまって、その時は過去に経験したことがないくらい強烈なロックに、前方に投げ出されてしまうかと思った位で、テストコース上に他のテスト車両がなかったので良かった。
そうこうしていると電装屋さんからオートプッシュキャンセラー(ウインカー)の第二段が10月頃に到着した。車の場合当たり前のように自動的にキャンセルされるウインカーだが、バイクでウインカーが点いたまま走っている姿はよく見掛ける。これを車同様、自動で消してやろうという目論見なのである。
第一段は見事に玉砕?しただけに今回は意気込みも内容も全く違う形でのリベンジ仕様?。

一般路では右左折別にキャンセルする距離の設定、60キロ以上では高速道路と判断して距離と時間の併用でキャンセルするタイミングを決めるなど素晴らしく変身していたが、問題はコスト。原価でのアップ金額を聞くと「少し高いかな」、でも購入予定者にアピールするには充分なニューフィーチャーです。

実際に使ったテストを善さんが浜松市内と東名高速を走ってテストを行いました。右折時に1車線と2車線道路では距離に差が出る分多少の使い慣れは必要だが、とっても評判が良く、細かな設定変更を行うだけで良かったようだ。
後で私も使うことになったが、ウインカーを消そうとしたら「消えている」、目測を付け「このあたり」でウインカースイッチを入れた後交差点を曲がり終わると消えているのだ。使い初めの内は消さなくても良いのに指が動いて「ああ、消えているんだ」。これで、電気屋さんのリベンジは成功した。
※「あれー?俺のRDにはそんなの付いてないぞ」、「今でもプッシュキャンセルだけで自動では切れないじゃん」と、疑問をお持ちの方居られると思います。 その経緯に付いてはもう暫く先のお話に。

さて、RD400開発の当初はエンジンマウントやマフラージョイント、リヤハブのテストなどを中心に担当していたが、一つ一つ目処が付きかけた頃から新しい任務が言い渡された。次の担当は騒音対策だ。
一緒に仕事するのは東工大(東京工業大学)出身のHさん。騒音対策はAさんと一緒に行った経験はあるものの、Hさんはこの分野では専攻しているだけに理論的に解析し対策を行っていく方法をとっていました。
Hさんは、計測機器の操作は勿論、パソコン関係にも詳しく、当時は機械語で直接プログラムを組む時代からBASICが出て、人間語(英語)から命令が出来るようになった頃で、起動の都度フロッピーからOSをインストールして使う時代です。

BASICでのプログラム作成は勿論、シャープのZ80に別基盤を取付て、それに別のチップを載せて改造していましたね。そのほか、自動速度表示の電光掲示板(後述)を作ったり、留守番電話を使った自動呼び出し電話(工場内で電話番が居ないところでも留守番電話の機能を使い、電話を掛けた人がスピーカーから呼び出しできる装置)を作ったり、単発プロペラ機の免許まで取られる等、向学心の高い方です。一緒に仕事するようになっていろいろの計測器の使い方を教わったのもこの時期でした。

社内ではエンジン性能の確認、その間にHさんが騒音対策品の製作、一通りの確認が出来ると、以前書いた騒音コースで測定する。
騒音コースに行くと、気温、湿度、気圧の測定、マイクロフォンの設置に校正テスト等準備に15分ほど掛かる。前日、或いは前回測定した仕様で一通り測定し比較を行う。 50キロ定常走行(アメリカ仕様はCHPの基準で30マイル=48キロ)と加速騒音を測るが、速度誤差±1キロ以内で測定区間に進入するんだが、進入速度、加速のタイミング、騒音値、出口速度にバラツキ大きいと測定し直しとなる。
RDの場合、2速で50キロ前後というと、丁度”トルクの谷”辺りにあたるためただでさえ変動が大きく合わせ難いのに、速度に注視していると測定区間に入って後加速を始めたり、逆に測定区間を見過ぎると速度が合っていなかったり、慣れないうちは失敗の方が多い。

そんなこんなで、騒音を測るマイクロフォンは測定室側一カ所のみなので、一つの試験内容について平均6、7回往復する中で車体左右の騒音を測るのだが、内5回位合えば良い方だ。
コースの使用時間ぎりぎりにテストが押してくると萩原さんから「時間無いからスピードを慎重に合わせて」と指示が飛ぶ。測定が終了しても、騒音値の上下2点は自動的に却下、速度と騒音値を見てもっとも「信頼性」のあるデータが記録となる。

CHPCaliforniaHighWayatrolの略称で、騒音・排気ガス規制では全米一厳しいのでこのCHPの規制値に合格したものが全米各地で販売される。
(そう言えば、昔アメリカのテレビドラマで「CHIPS」と言う、CHPで働く白バイ隊員を主人公にしたドラマだった)

一通り測定が終わっても速度が合っていないと駄目になる、一々「後どっち(左右)を何回」と計測室に戻るのも時間の浪費なので作ったのが「速度自動表示器」。
騒音測定での速度はテープスイッチと呼ばれる2本一対の物を1m間隔で置き、この上を通過する時間から速度を割り出す物だが、この表示器は計測室にしかなく、乗っているライダーに正確な値は分からなかった。そこで、業務に関係した「改善提案」の一貫で作成した畳1枚分の電光掲示板は見やすく、瞬時に速度表示され、同時に騒音計から出力した騒音値をペンレコーダーで記録し、速度はプリンターでも記録されるので、両者を照らし合わせるとライダー一人でも測定が出来るようにもなった。

ある日、騒音コースで事件があった。あるグループが騒音を測りに行くと騒音計が動かない、調べるとコース上に設置した騒音計から地中を通って測定室に繋がるケーブルが切断していた。「犯人は誰だ」と、一時は大騒ぎになった。極低損失のケーブルなので1m1万円とも言うから大変なのだ。ところが、別のグループが早朝騒音テストコースに行くと、騒音計ケーブル引き込みの穴からひょっこり頭を出した「イタチ」が居る、と言うことで一件落着。食いちぎられないように対策を施したのは言うまでもない。
ヤマハコースに生息するのはイタチだけではない。時折手も挙げずにコースを横断する蛇が居る。全開で走っているとそう簡単には回避出来ない事もあって、乗り上げた時は滑ってヒヤリとするが、それでもって転倒した人の話は聞いたことはない。

ここで少し余談を。そのころのアメリカはカリフォルニアで自動車排気ガス汚染がひどくなり、マスキー上院議員が法案提出した排気ガス汚染対策、いわゆる「マスキー法」が可決されたことで、二輪車も例外なくその規制に合格しなければアメリカでの販売は出来ない事になるのだが、それは50ccクラスにも多大な影響を受けることになった。
インチ法を採用するアメリカと、メートル法を採用する日本、欧州で50ccの排気量計算に若干のずれがあり、ヤマハのバイクのうち、アメリカ向けの主要なモデルはその排気ガス規制の対象とされる排気量であったために、排気ガス規制をパスさせるか、販売を一時休止して排気量変更後に改めて販売をするか、二者択一を迫られていた。

【以下訂正文 04年1月25日】
一番もったいない事例は、当時、アメリカの大学生に大変人気のあった50ccバイク「ボビー」も対象となっていて、厳しい排気ガス規制をパスするなど考えられず、結局は一年間セールスを棒に振る形になりました。
この件についてはうろ覚えしているところもありますが、”一年の・・・”となった原因のもう一つに、「50ccクラスは規制の対象外」と言う思いこみから、排気量変更が必要になるなど思っても見なかったようです。ところが「インチで計算すると・・・」ですよ、大慌て!

よって、その後の全50ccモデルは一様に、排気量をストロークで僅か0.5mm短くする方法で規制逃れの仕様に変更されました。
ただ、僅かな排気量変更で「一年も・・・」と、お思いになるでしょう。
排気量を変更する方法は他に、シリンダの内径=ボアを変更する方法も有りますが、この場合耐焼き付き性の確認、各ポートタイミング変化による仕様の変更、そして何よりピストン加工のカムモデルを総点検しなくてはならず、その影響は膨大な仕事になります。また、同じ50ccでピストンが二種類に増えるというと、市場含め混乱が生じることになり、それは避けなければなりません。

そこで、カムモデルをいじらなくて済むストローク変更で乗り切ろうとしたようです。
コンマ何mmストロークを変えると言っても、排気量は少なくなるわけですし、後に開発を行うことになる50ccモデルでは、エンジン出力が思うように上がらないとき「あと1cc排気量が上がれば目標達成できるよ」と、よく言った物で、そのくらい影響が有るんですね。
そのような訳で、検証作業には時間が必要で、ましてやシーズン途中での仕様変更は色々と混乱を招くことにもなり、勿体ないことではあるけれど棒に振ったと言うこと。
【訂正はココまで】

もう一つ。2サイクルの場合、エンジン試験中に焼き付きなどのトラブルを起こすと、場合によってはデータを全て取り直さないといけないし、排気タイミングを変えると(排気ポートを削ってしまうので)後戻っての測定は不可能となるなど効率も悪い。
そこで、研究されたのが後に「YPVS(ヤマハ・パワー・バルブ・システム)」と言う名称で販売される排気バルブだ。YPVSは元々、こうした2サイクルエンジンの排気ガス対策中に考案され、テストに使用していたシステムである。
「鼓型」と呼ばれる構造は、左右二分割の鼓型をした中央部が半円となっており、ここが回転することで排気ポート上面を塞ぎ排気タイミングを変えるという構造。こうすることで、排気タイミングを変えたテストを一組のシリンダで行え、データの照らし合わせで「シリンダの違い」による影響がない事や、低回転型と高回転型エンジンが一台でまかなえるなど、夢のようなエンジンデバイスである。

当初、このシステムは社外に出ることはなく研究がされていたが、ワークスモトクロッサーに取付けて好成績を納めると共に、私が居た実験部でもAさんがRDでテストを行っていたが、構造上燃え残りのオイルがカーボンとなって堆積し、排気バルブを固着させてしまったり、潤滑用にグリスを使っていたが高温のために保たなくて、NASAのシャトルで使うグリスまで使ったことがあるようだが、それでも耐久性が無く、とても一般市販車に向けた”実用化”にはほど遠く、せいぜい市販モトクロッサーYZに採用されるくらいな代物でしたが、後に発売されるRZ250においてカーボン固着を解消する”セルフクリーニング機構”を用いてYPVSという名称で市販化されました。