RD400担当の初期では車体関係の仕事が中心でしたが、夏場に掛かる前からHさんに就いて、騒音対策の仕事が中心になっていました。
仕向地と言うのがあって、例えば日本国内なら日本の安全基準や騒音基準に合格しなければ販売出来ない。アメリカは規制が一番厳しいカリフォルニアのCHP基準に合格すればほぼ全州で販売は出来るが、北米地域では「森林警備隊」の”スパークアレスター”の基準に合格しなければならない、ドイツもヨーロッパでは基準が厳しい国だ。

※スパークアレスター:北米地域には森林の中を通る道があり、地形・気候の関係で空気の乾燥から森林火災が起きるらしい。その原因は車やバイクから出る排気中のカーボン。市街地で低速走行したときにマフラー内に貯まったカーボンが、高速走行で熱せられてマフラー内壁から剥離し、高温のまま排出されると、それが枯れ葉に引火して火災を引き起こすらしい。
その為、基準を作り、排気口から焼けたカーボンの排出が起きない構造を持った物が販売可能な車両として認可される。−マフラーには合格を認証する刻印が刻み込まれる−

ここで訂正です。私の知識、記憶の曖昧さからある方から指摘を受けましたので、ここで正しい情報をお伝えします。
正しくは・・・
※スパークアレスター:クリッツマン氏が米国林野庁に掛け合って、自ら設計した“Spark Arreter”なるものを全てのオフロード用バイクに取り付ける事を義務づけさせ、この認定とライセンス料で財を成した、そうです。  

RD400の基準車は”1A1”、RD400の部品番号がこれから始まるのはその為だ。それを、各国別の基準やその国での使われ方に合わせるべくアレンジした物が”仕向地仕様”となり、1A1で始まる部品番号も変わる。基本構成は変わらない物の、仕向地別にエンジンのセッティングやマフラー、サスペンションの堅さ、シート形状、グリップ、2次減速比、ミッションギヤ比などに違いがあって、その中で騒音に関係するところがあれば確認のために測定を行います。
RDの場合はアメリカ仕様、国内仕様を中心に対策を施し、ヨーロッパではドイツ仕様を確認程度に測定しただけのように思います。

性能も、騒音対策も一段落すると、ちょっと研究的なテーマを分析する作業を行いました。その内容はクランクからの振動解析や点火時期のチェックをベンチで行い、ドライブアクスルに掛かる応力を実走行で測る物でした。で、ビックリしたというか、考えてみれば当たり前というか、ポイント式点火装置の宿命を思い知らされる結果になったのです。

それは、クランクシャフトのねじれや振動、振れを測定する試験です。その実験の為にケース右側部分に2カ所と、ケース背面に1カ所センサー(隙間を測るギャップセンサー)を取付け、それをオシログラフに接続しクランクシャフトのX軸Y軸のギャップセンサーからの信号を合成したリサージュ波形にするとフライホイールの振れがもの凄い物であることが証明?された。フライホイールが振れているというのはポイントの0.4mmというギャップにも影響があると言うことで、これが思いも寄らない間違った時期に点火をしていることになる。それにクランクシャフトのねじれが加わるのだから”点火時期”は有って無いような物。一般に言われるポイントの開閉用に付けられた板状スプリングの固有振動を越えると点火のコントロールが出来ないと言うのは当てはまらない事だったのだ。

それともう一つはドライブアクスルに掛かる応力をベンチテストと実走で測定もしました。ドライブシャフトに歪みゲージを貼り付け、そこからリード線を引き出しビジグラフに記録したんですね。ベンチテストではスロットル全開時のエンジントルクとドライブアクスルに働く応力の分析、実走ではドライブアクスルの応力測定のみ行いましたが、幾つかの測定の後、20秒分くらいビジグラフの記録紙が残っているというので、「ゼロヨンだったら終わる」、で測定することに。
リヤシートに重くて高価な測定器を積んでいるので遠慮し気味にスタートするようにして、記録紙のスタートとゼロヨンのスタートを一瞬にするのは1回目スタートに失敗、6秒分くらい無駄使いしてしまった。2回目はスムーズにスタートできて、抑えたスタートの割には14秒5位のまあまあのタイムで測定終了、最後の6速時点のデータは記録紙が足りなかった。
ビジグラフの結果を見ると意外にローギヤではドライブアクスルに掛かるトルクはそう高い物ではなく、2速−3速と徐々に高くなり、4速−5速−6速で、徐々に低くなる。つまり、3速が一番高い応力を受けていることが分かった。
確かにローギヤでは高いトルクが伝達されるが、走行抵抗が小さいことから容易に発進できる為、意外な結果の要因になっているようだ。では何故3速で一番応力が高いのか?、駆動伝達トルクもまだ比較的高く、3速の速度守備範囲になると走行抵抗も急速に上がり始める為、ドライブアクスルに負担が掛かる事になっているようだ。その後は伝達トルクが低くなるために応力も徐々に小さくなる・・・、のでした。

※ビジグラフ : 測定端子から送られてきた信号をピックアップと呼ばれる振動子に伝える。そのピックアップには強い光が当たっていて、信号の強さにより振動子の向きが変わり、感光紙に当たった光がデータとして記録できる。オシログラフをロールペーパーに置き換えたような物。(分かった?)

その仕事が終わるとシャーシーでの100時間振動耐久テストを行いました。9月頃だったように思いますが、その頃になるとほぼ開発が終了し、最終チェックの段階に入っていました。
9号館東に出来たばかりのテストルームには排気ガス測定シャーシー(CHPの11モード測定可能)や普通のシャーシー、エンジンベンチなどが備えられています。その中の普通のシャーシーで行ったが、今回は3交代24時間ではなくHさんとの二人で2交代制。
最高出力回転数と最大トルク回転数を5時間ごとに切り替えての耐久テストを開始、初期の確認作業などでなかなか耐久時間が伸びなかったが、順調に進み始めた3日目頃だったでしょうか、回転が不安定になりストップ。点検すると”負荷”を掛けるために使用したドイツ仕様のノイズサプレッサー(金属シールド付き)の重量加振でプラグ端子ネジの接着が外れてしまったのだ。早速、設計からNGKに連絡してもらい、対策品が直ぐに送られてきた。改良点は、ネジ部の長さ9mmを13mm(だったかな)に長くした物で、これにするとネジが外れなくなった。

シャーシーで170km/h位で走らせると幾つかの難題が降りかかる。シャーシーの金属ドラム上では、タイヤの温度上昇が大きく、タイヤ表面はコンパウンドが溶けてベッタリしてくる。そのまましているとタイヤ表面が剥離し、ブロック状になって試験室内に飛び散ってしまう。シャーシーの地下室からは冷却風を送っているのだが、それでも足りなかった。
もう一つは排気ダクトにオイルカーボンが付着して目が詰まってくると、排気の高熱で火災の危険があるので洗い落とさないといけないが、これまた厄介。日頃は専門の業者に洗浄を依頼しているが、間に合わないので部品洗浄漕で毎日のように洗っていた。

80時間くらい経過した時だろうか、午後になって居たと思うが、ダイナモメーターの荷重計の針が一瞬下がった。『トラブル発生?』か、と慌てて止めようとすると安定して回っている。出力も数%程度の誤差範囲なので様子を見ることにした。その後何事もなく回って一日分の予定を終え、約2週間余り掛かった耐久テストも終了し、エンジンを分解するとびっくり、一方のピストンリングが1本折れていたのだ。Hさんと「あの時、一瞬荷重が下がったときに折れていたんだろうね」と、話した物だ。
長時間使っているとピストンリングの隙間にカーボンが堆積し、リングの動きを悪くすることがあるし、リング自体の金属疲労でポキッと折れてしまう事もあるようです。
シリンダヘッドも、高温下で生成された白色やグレーの堆積物が付着し層を成している。これは、中間50時間のチェックでも確認していたことだが、ちょっとグロテスクな物でしたね、それ以外の問題点は何もなく無事終了。

それから暫く経ったとき、RD400の海外現地テストに飛んでいたW課長からテレックス(電信レター)が入っていた。内容は、ヨーロッパでの現地テストはうまくいった物の、アメリカはカリフォルニアでの現地テストで重大な問題が発生したと言うのだ。
問題の内容は、アメリカの速度規制55マイル=88km/hで走行すると不正燃焼から”ギクシャク”した走行になると言う。国内の高速道路での規制速度80km/だと出ないし、車の速度100km/hでも出ない。つまり、社内テストの”盲点”を突かれた状態。早速こちらでも確認すると「出る」と言うことで対策に当たらなくてはならない。ただ、条件が厳しい。キャブレターのセッティング変更はジェット類のみ、加工した場合でも現地アメリカで確認が直ぐに出来ること・・・等だった。
何せ土曜日の夕刻に入った連絡のため、測定関係に詳しいHさんとその助手の私が急遽休日返上でテストに呼び出された。他に設計からN主任、実験のS、Hの両主任の計5人が出勤して、先日振動耐久テストを行ったシャーシーにテスト車を載せ、エンジンのフライホイールマグネットの中央にゴムチューブを取り付ける加工を行い、用意した加速度計で回転変動をビジグラフで記録する。

私がバイクをシャーシー上で走らせ、記録をHさんが録る。そのほかの3人は・・じっと見ている。開始当初はアメリカ仕様標準車そのままで40km/hから10キロ飛びに回転変動と”ギクシャク”の度合をコメントする。問題の88km/hでは「なるほど大きいですね」、ビジグラフで記録された回転変動も確かに大きい。さて、これをどうするか・・・・困った問題でした。

この後は次回・・乞うご期待。