その日は朝から雨が降っていました。
テストで走行する人にはヘルメットと皮のレーシングスーツ(これはクシタニ製のフルオーダー)、耐久走行する人には更にゴム製の分厚い合羽が会社から貸与される。レーシングスーツの上にその合羽を着てヤマハコースを午前中走り、昼食を摂ったあとコースを後にして豊岡村から浜北市(現浜松市浜北区)、そこから引佐町(362号線)−三ヶ日(301号線)−湖西市まで行ったところで愛知県の豊橋に抜ける峠道を走ってみたくなって坂を上がって行った。

しばらく走ると道路にオイルがこぼれて光った感じになっていた。その時は『普段のアスファルトで見るより少し多いかな』程度に思っていたが、多米トンネルに入るとスリップ防止の立て溝が切ってあって、一瞬フロントタイヤが”ふらふら”としたが、溝のせいだと思い安心した次の瞬間、フロントからすくわれるようにして転倒。
前後にバンパーを備えている白バイ仕様はなかなか止まんない。後続のライトバンの人もびっくりしたようですが、その車のライトで照らされたトンネルの中でグルグル回るように滑って2回転したのだろう、頭に壁が2回近寄って見え『いつ止まるのかなー』なんて考えていました。車の人に聞くと40m位滑ったらしい。
私が経験したように、鉄製のバンパーは転倒時に停止しにくいので、現在は国内販売禁止になっていて、エンジンをガードする目的の、小さな物しか販売されていないのはその為だ。
後続の車もまさかバイクが転倒することなど考えてもいないのだから、急ブレーキ掛けたために斜めに向いて止まっている。

車のドライバーも心配して降りてきてくれた。体の方はバンパーに守られて全く大丈夫。で、転倒した場所で路面を見るとオイルの量が先ほどトンネルに入る前に見た量と違う。溝でふらついたタイヤが、水に浮いた油でグリップを失い、回復できなかったようだ。まだトンネルの中なのでバイクを起こしエンジンを掛けて脱出。しばらく走った先に料金所があるが、行く途中路面を見るとオイルが多いので注意深く走って行き料金所の人に伝えると、先刻ご承知のようで、30分ほど前に通過したタンクローリーが給油バルブを充分に閉めていなかった為、徐々にオイルが漏れだしたとのことだった。

テスト車両を点検するとバンパーに助けられ無事だったのは幸いでしたが、『事故報告書書かないといけないのかなー、そのときはその時』と、考えながら帰社、雨中の走行で汚れた白バイを洗車して点検すると、少ーしバンパーが曲がっていた。
耐久日報をS主任に提出した際に転倒した旨伝えると「自己転倒だろ?耐久部品に問題ないか」の答えに「はい、少しバンパーが曲がっただけです」と答え、「事故報告書は?」と訪ねると「書かなくて良い」、ラッキー! 翌日、主任から「気を付けて走れよ」と言われる、やっぱり気になるんだ。

翌朝、出発前に点検すると右前のバンパーに取り付けた電子サイレンが鳴らない。『昨日の転倒の後遺症かなー』と、思って取り外してみると、中から水が「ジャー」。オヤッと思いサイレンのスイッチを入れるとけたたましく鳴る。昨日、洗車したときの水が内部に残っていたようだ。その水が振動を吸収して音が出なかったと判明、取付角度を調整したが水が残りやすいようだ。そこで、電気系を担当している電気屋さんのO君に現象を確認してもらい、取り敢えず水が貯まらないように「先端に穴を開けようか」ということになって、排水が出来る程度の穴を開けた。そんな作業を8号館前でやっていると、ベンチでエンジンテストやっているFさんが「何やってるだ」と話しかけていくる。

072の開発でロードパルのエンジンを使いプリテストをするために、小排気量用のベンチがある8号館に作業場を移していた。マニア向けスポーツ車の開発から方向性が180度違う50cc、それもファミリーバイクなのだから、落差が大きく内心面白くなさそうなのだ。(この時点では)
一通り話すと、Fさんが400だったら楽々交換できるピストンピンクリップも50ではそうはいかない事などを話したかなー。
しかし、白バイ乗っている私もこの仕事が終われば嫌が上でも50ccの開発に合流する事になっている。

またある日、ヤマハコースを気持ちよく走っているとクラッチの遊びが急に大きくなったように感じた。
クラッチワイヤーの通し方もチェックしたが異常はない、おかしいなーと思いながら、コースに居られた4サイクル担当の実験部門で操縦性の実験チーフFさんに話すとXS650ではエンジンが熱を持つとエンジン自体が膨張してクラッチの遊びが大きく変化するんだそうで、それを修正するためにクラッチのプッシュロッドにある加工がしてあるとのこと。
クラッチレバーを握るとプッシュロッドがクラッチカバープレートを押してクラッチプレートの摩擦を解き動力を絶つ。通常このプッシュロッドは鉄製で、アルミエンジンよりも熱膨張率が低いため、エンジンが熱で膨張した分遊びが大きくなると言うわけだ。
そこで、このプッシュロッドの両端は耐摩耗性から鉄だが、中央がアルミで作られているという物。これで膨張率を合わせて、どんな状況下でもクラッチの遊びを一定にするのだそうです。

そんな話を聞いた物だから、設計のK君に話をすると「まずは温度を測ってみよう」と言うことになった。クランクケースカバーに穴を開け、接触温度計の測定子がクラッチハウジングに当てられるように加工したのと、どうせなら実際のクラッチストロークを測定できるように加工もした。何かあると首突っ込みたくなる私の性格上、「試してみる」のは得意とするところ。
ヤマハコースでスタート前の温度と、周回数を重ねる毎のクラッチ温度、油温、クラッチストローク変化を測定したが「こんなに低いの?」。クラッチのあの遊びは何だったのだろうか?、どの位まで温度が上がったか記憶していないが、油温ですら予測した100℃にも達しなかった記憶がある。
プッシュロッドもアルミプッシュロッドを用意して測定したが、標準品と大差なく・・・私の立場はどうなるの・・、と言うところで、この続きはまた今度。