072の試作が出来たことでテストも本格化、打ち合わせの会議も多くなってきた。その中の一日のこと、会議室にロードパルの各部品コストの表が下げられていた。エンジンでいくら、車体でいくら、ヤマハの原価企画室が調査した資料である。 それを示しながらN部長から「いくらいい物を作っても高くなってはロードパルと勝負できん、コストも大事、いい材料を使えば耐久性や品質が上がるのは分かっているが、それでは安くできない。本当に安い材料だと駄目なのか、実際に使って潰れて駄目なことを確認するように」そうお達しが出た。 このころは設計・実験合わせて20数人のスタッフでテストを行っていて、たばこを吸っていないのは私を含めて1/4位は居たように思う。 私がオイルポンプの仕事をしている間、エンジン出力と冷却関係の仕事はFさんとN君がやっていて、ロードパルを使ったテストでファン形状の目処を付けていたが、試作の072エンジンが出来てからはシリンダのポート形状を決めるテストを行っていた。 2サイクルの場合、シリンダ組付けや運転時の熱による変形から真円度や円筒度※が変化し、これがうまくクリア出来ないと焼き付きなどのトラブルを起こしやすくなる。エンジン冷却上はシリンダの肉厚が薄い方が良いのだそうだが、それだと変形が大きくなる。逆に厚いと冷却性能が落ちる、その兼ね合いが難しいらしく、更に強制空冷では風上側と風下側が出来ることからシリンダ全体の温度差を少なくする難しさがあります。 エンジン性能を上げる方法はいくつかあって、この時期というのは何をしても性能が上がると言うこと。マフラーを作り替えれば上がり、シリンダのポートを削れば上がる。 そのうちの排気ポートを削って性能を上げる方法から言うと・・・。 鋳鉄製シリンダのポートをリューター※と言う歯医者さんで見かける表面研削機を使って削っては性能を測り、成果が出るとポート形状の模型を作ります。シリンダを切って寸法を測ると二度と同じ物は作れないから、模型を取るんです。模型と言っても酢酸で固まるシリコン樹脂のこと、液状のシリコンに酢酸を混ぜポートに流し込んで作る。 @シリンダ内面にガムテープを貼り毛糸かウェスを切った物を入れる。 A酢酸を加えたシリコン樹脂をポートに流し込む。 B固まった時間を見計らって慎重に毛糸を引っ張りシリコンを抜き取る。 抜き取った模型から座標を使って設計図面に反映する。各ポートのタイミング(4サイクルのカム形状と役割は同じ)は青焼きの感光紙※を使って行う。 感光紙の表面を外にして素早く丸めシリンダの内面に隙間を作らないように差し込み、屋外に出て2〜3分間太陽の光が各ポートに十分に届くようにシリンダを回転させて感光させる。そのまま青焼き室に戻り、青焼き機が空いているのを確認して素早く感光紙を取り出して定着用ドラムに通すと出来上がり。 ポートタイミングはタイミングノギス※を使って簡単には測っているが、大きくアールを描いたポートでは左右均等に削れているか確認にも利用します。 オイルポンプの仕事を終えた私が性能開発に合流したのは掃気ポート形状をどれにしようか判断を迫られている時期だったと思います。掃気ポートはまさにシリンダ内に新規ガスを取り込む穴で、ピストンの冷却も担っているため、掃気ポートからの気流の流れが大変重要なんだそうです。理想とする掃気流に近づける為にポートの吹き出し角や通路の形状に苦労していたようです。 また、排気ポートを含め、シリンダ内周のうち、ポートの開口割合は何%以下と言うのがあります。一般に開口割合が大きいと性能が上がります、しかしピストンリングの引っかかりやシリンダの変形などの問題が生じやすく、何より耐久性が劣ります。そこで、性能よりも耐久性を重視するバイクではその割合を小さくするのです。 また、排気ポートの形状は排気騒音にも影響するため、一気に開くような形状よりも「おむすび型」の方が優位とされますが、そこで性能グループと騒音グループの技術競争が繰り広げられるわけです。 2馬力という目標馬力がありますから、エンジングループはその性能を出すように頑張る、すると騒音値がオーバーする、騒音グループも必死に下げる努力をするが、エンジングループも馬力を下げずに騒音が下がる工夫をする。 もちろん、馬力だけではなく、オートマチックに合ったトルクカーブを出す必要があるため、最大トルク回転数も気にしなくてはなりません。トルクを気にすると最高出力が下がり、馬力を上げるとトルクが下がる・・・、マフラーを大きくすれば簡単なことですが、制約があるため簡単にも行かず、そんなシーソーゲームを毎日のように繰り返し行って居たような気がします。 各ポートのタイミングが一旦決まると、マフラー主体の性能向上策を講じる。始めのうちは一本のマフラーを交代で切っては中の寸法を変えて溶接、その後のベンチでエンジン性能のチェック・・・、一人が動力計の針を読んで、もう一人が計算して、残った一人がグラフを書き、その結果を見比べて、次はどこ変えようか・・・?。これだと、手が空いている人間が常にいる。「らちあかんな」と、Fさんが切り出して三人がそれぞれにマフラーを一本持って、自分なりの改良を施して性能を測るようになった。 そして一冊のノートがベンチに用意され、それにマフラー内部の構造を簡単に書き、性能を記録する。それを参考に良いところを自分のマフラーに取り入れて改良、溶接が終われば自分で性能を測る。性能測定タッグマッチといったところ。 マフラー内部は2つ(だったかな?)の膨張室から構成されていて、各部屋はパイプを使ってつながっている。その仕切板である”パーテーション”の位置はとても重要。当初は単なる”モナカ構造”の2枚張り合わせの物でしたが、騒音対策でマフラーの剛性を上げるために通称”虎マーク”という凸凹を入れるときも、そのころで一番性能がよかった仕様を元に設計された。ザス型?と読んでいた試作用の簡単な金型で作られたマフラーのプレス製作はトヨタ2000GTで付き合いのあった岡崎にある会社に作ってもらった物と聞いた気がする。 その理由は多分、浜松周辺には他社メーカーの部品製作も行うメーカーがあるので、そこから情報が漏れないように気を配った結果でしょう。そう言えば、RD400白バイ耐久車のエアクリーナーの通気性能を測定しに部品下請けメーカーに行くと、そこにはカワサキ車用の通気テスト傾斜計までありましたね。 回数が多いときには一人で一日5回くらいマフラーを切ってはパイプの長さ、太さ、パーテーション(膨張室の間仕切りで、隔壁)に位置変更などの加工をして溶接、性能測定を繰り返した。溶接場に行くと先客が居るが「あんたん所忙しいんやろ、先にええで」と、気を利かしてくれる人も居ました。一本のマフラーを切ってつなぐと次第に短くなるし、溶接後は硬くて切りにくくなるので、一番よかった仕様と同じ物を新しいマフラーで作る。それを繰り返しているとエキパイが足りなくなった。そのときは手曲げのエキパイを作った。
3人の中で誰かのがいい性能出すと、それを真似て「合作」を作り、更に良い物が出来ることもあり、仕事もはかどるのだけれど、勤務時間の6〜7割以上を作業時間に割くと思考する時間が取れなくなる。振り返ってみると「何やってんだ?」と、少しもはかどっていないことがまま起きる。そんな時でも休憩すると「ひらめき」が浮かぶと言うか、やっとエンジンが掛かってくる。 −−追記−− コスト削減策はマフラーにも取り入られようしていましたね。ワッシャ一枚1円、ボルト一本2円とか、金額としては些細ですが、ボルト一本を削減すると言うことは部品点数削減と生産過程での3秒、5秒単位の時間削減も出来ます。 生産に移った072は1200台/日が最大でしたから、一台3秒としても約1時間分/日の人件費削減、コストも累計150万台は450万円のコスト削減に結びつく・・・。 RD250/400の時にも、右ステップ回りにリヤディスクブレーキのマスターシリンダ取り付けとフートレスト取り付けボルトが集中したときに、生産部門の重役である杉山さんから「もっと少なくできんのか」と言われた経緯があります。 だから・・・ロードパルのマフラーはエキゾーストパイプ取り付け部と、本体取り付け部は一本のボルトで止まっていたんで、072でも一本でやってみようと、コスト削減策を講じたのですが・・・、ボルトが折れたり、緩んだり、マフラーがひび割れたりいい結果は得られません。結局本体は2本のボルトで取り付ける”当初の”計画通りに決定した。 −−ここまで−− 一日3時間以上の残業をするときは会社から夕食が出る。5時半に休憩室で30分の夕食・休憩を摂った後再びマフラー製作や性能測定、他の開発グループがほぼ仕事を終えて帰ろうかとする午後7・8時頃からやっと成果が出たりする。072の開発に加わってからはほぼ毎日続き、帰寮するのはいつも10時を過ぎていた。 休みの日曜、月曜(今は土曜休みに変わっているが)も休日出勤の日々で、月に2日しか休みが取れない時もあり、寮生活の私は換えの下着も底をつき、洗濯かごの中から取りだして使うことも度々で、風呂はボイラーを止められた時間だから上がり湯はなく、そんな風呂に入った後はボリュームをう〜〜んと下げてレコード聴いて11時過ぎのニュースを聞いて寝る、それでも翌朝は習慣で6時半には目が覚め、自室で食パンをトーストしてコーヒー飲んで7時40分には会社へGOー! −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
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