メーカーが販売した製品のアフターフォローを担当する部署として営業技術課と言うのがある。全国に配置された営業技術社員は販売店への技術指導と、販売店では手に負えない故障修理車の対応に当たります。それを統括するのが本社の営業技術課で、ここではサービスに関するマニュアルの作成や全国のサービスマンに対する技術研修、時には販売店さんへ直接技術指導することもあります。
営業技術課のもう一つの仕事として市場調査がある。市販された商品の故障等のトラブルやクレームを集計し、重要な件については本社営業技術課を通し、開発部門へフィードバックされ、緊急に対応すべき物と時期マイナーチェンジに生かされる物とに分けられます。
サービスマニュアルやデータというのは発売と同時に必要になるので、試作の最終段階で資料作りが始まり、生産試作車を用いて最終的な写真撮影・資料作成行程に入るようです。

パッソーラの生産が始まって、始めの苦情はラインのおばちゃん達から起こった。パッソーラはバイクでは初めてのオートチョークなので、苦労する部分も多かったのだが、問題は機能・性能面ではなく、組立上の苦情だったのだ。

パッソーラのオートチョークには沢山のパイプを使う。間違いなく接続できるようにキャブレター側とパイプ側にアルファベットを刻印しているが、生産工程でパイプをキャブレターに差し込む際、パイプが固いので数十台、数百台の組立を行うと指先が痛くなると言う。確かに、実験段階では何十台も続けて組み立てると言うことはしないので、盲点と言えばそうだ。
その為、午後の対策が準備できるまでオートチョーク担当者がラインに入ってパイプ接続作業を行う羽目に。午前中にそんな苦情が飛び込んだ為、午後の生産分で行った対策とは”ライトで暖める”事。あらかじめライトでパイプを暖めて柔らかくし差し込みやすくしたのだが、今度は熱くて指先が痛くなると言う苦情。ライトの高さを変えて熱くなりすぎないように改善したが、これから先の生産を考えるとパイプの材質を、差し込みやすい柔らかい材質の物に変更する必要があった。
材質変更手配が済むまでの間、生産のおばちゃん達から「こんなもんしてたら、家に帰って夕食作らにゃならんに、指が痛くて包丁持てんだら」・・・ごめんなさいである。

エンジン関係で次なる問題は私の所に降りかかってきた。生産試作仕様車を用いて営業技術課で行った始動テストでは”薄くて”掛かりにくいとの情報で、オートチョークでの対応はとらずにメイン系での対応を行ったのだった。
生産車の反応で今度は”濃すぎる”とのこと。初めはやりすぎたのかと思ったが、よくよく聞いていると話が違ってきた。ヤマハでも初めてのことなので、基本としている”スロットルを閉じて”キックすると言うのが徹底していなくて、営業技術課が生産試作車で行った一部の始動テストでスロットルを開いてキックしたため、薄くて掛かりが悪いとの情報が本社に伝えられたらしい。
その情報を元に改良したのが仇となり、濃くなり過ぎてしまったのだ。それだから燃費も非常に悪く、オートチョークが働いたままとなる短距離での使用だと、50ccと言うのにリッター20キロ走らないとまで酷評される。
その後の情報も混乱気味で、どこのどの話が本当なのか分からない状況にまでなって、営業技術課不信にまで陥り、「当面U氏と直接話をしないように」と、暫く険悪なムード。
生産試作での部品番号2T4-14301-00 は、生産立ち上がた後の情報錯綜に振り回され2T4-14301-02にまで設計変更されて、これは面白くないことです。

とは言え、”設計変更”は良くあること。ヤマハの場合、アッセンブリ部品(キャブレター1個、とかメーター器1個といった、まとまった部品のこと)に付く最後の2桁の部品番号が設計変更を意味する。-00の次は-01、その次は-02と言うように。その前の部品番号が変わらずに”追い番”が変わった物は設計変更された物と言うことで、互いに互換性はあるが、新しい番号の物ほど改良された物と言うことになる。
設計変更の問題は生産後の修理対応用にある程度の部品在庫を置かなくてはならない。設計変更され古くなった部品は廃棄処分しなくてはならないので、この費用が技術部の負担として掛かってくる。良くあることとは言え避けたいことなのだ。

ワンポイント解説
※同一モデルの部品番号で、頭の3桁が機種固有の部品番号になるので、シリーズ化されている機種で、ここが同じならば基本的に互換性がある。互換性が取れない場合は頭の3桁が変更される決まりになっている。
尚、合計10桁の後に付く”追い番”と言うのがある。これは部品の材質や表面処理、色と言った見かけの違いを示した物で、全車共通のコードになる。
代表的な物では、33がヤマハブラック、36がホワイト、87は郵便バイクの赤、93はクロムメッキなどである。

その都度、キャブレター内部のちょっとした変更で対応できるようにはなっていたが、季節は2月、気温が低いので夏場の始動性に不安が広がっていた。高低温環境試験室も予定が一杯で入り込む余地がない、窮していると「ビニールハウスを借りれるところがある」という。場所は天竜テストコースの近くで、広さもあるし昼間の温度は30℃位まで上がるらしいが日照の具合から毎日コンスタントに作業が出きる物ではなく、始動テストは出来ても走行テストする事が出来ない。
そこで、結果的に最終仕様となる”-03”キャブレターのテストに、Iさんが台湾へ行くことになった。台湾には当時、ヤマハの合弁工場※1があり、本社で組み立てられたCKD(コンプリートノックダウンの略=組立完成車の一部を分解し、箱詰めして輸出する方式)を組み立てる所)そこでテストをする事になったが、同時に、メイン系のテストも必要なので「笠君に台湾に行ってもらうか」と言う話が起きあがった。でも、そのときの私は骨折からギプスが取れた頃、謹慎中でもあるが「行ってもらうには乗ってもらわんと」と、上は日程や費用・時間などいろいろ思慮していたようです。

そんな折り、研究課で排気ガスの実験を進めているS・・Z・・、名前を忘れましたが「14号館に研究課管理の高低温シャーシーがあるよ」という話が舞い込んだ。低い温度はどこまで下げられるか記憶にないが、上は30〜35℃位まで上げられ、シャーシー室内の温度を一定に保てると言うこと。ただ、同じ室内でエバポ※2のテストを行っているので、3日待ってくれと言う条件。

その間に、マフラーから出る排気ガスが部屋中に拡散しないように、専用のアタッチメントを作って排気ガスを回収する用意をする。
ここで、始動性・走行テスト・燃費計測などを行って、最終仕様-03のセッティングを決めることになった。すると池田さんが「笠君、残念やったねー、このシャーシーが無かったら台湾に行けたのになー」、崖から落とさんでよー。

そんなわけで、混乱の中で出来上がった-03仕様は、結果的には良い物が出来た。

※1 台湾ヤマハ
当時の合弁工場はCKDのみだったが、台湾の政策から台湾国内での製造を推し進める動きが出てきて、徐々に内製化する必要が出てきた。台湾国内で製造する部品の割合を80%にするようにと言う政策なので、大事なエンジン部品でも日本からは持っていけないのである。しかし、台湾には優秀な設備があって、特にシリンダを作る鋳造工場は技術も高く、ピストングループの池野さん曰く「ヤマハのシリンダより良いじゃないか、黒煙がいい具合に入っとる、ヤマハじゃ作りきらんぞ」と言うことらしい。
その後、台湾ヤマハとしてシグナスやアクシス等、国内需要が少ない機種に関しては台湾ヤマハで製造された商品だ。パッソーラは初期の台湾ヤマハでも製造されアジアに発売された。

※2 エバポ
正式にはエバポレーションと言い、ここではキャブレターから蒸散するガソリン(炭化水素)の事を言う。
日本でも時折ニュースに出ているが、ガソリン給油時にガソリンの気化ガスが大気に放出され大気を汚染している、その量を減らさなくては・・・と言う問題です。
アメリカでは既に規制があって、これに合格しておかないと販売できない。で、どこから蒸散しているかというと、キャブレターの構造上の問題で、ガソリンを蓄えているフロート室と外気とを結ぶ”エアベントパイプ”から漏れている。
キャブレターは圧力差を利用した霧吹きと同じ。その圧力差を生むためにはフロート室と大気とを結んでおかなければならない。キャブレターボディーの中心よりも上から出ているパイプがエアベントパイプだが、一部の車種ではボディー内部構造で作っている物もあるようだ。