労働者の組合と、経営側の約束事は「労使協議」の場で作られ、昇給・賞与をはじめ、年間労働時間などが決められて居るようです〜詳しいことは知りません。
その中で、「給料日くらいは残業せずに退社しましょう」と言う取り決めがありまして、多くの部署は取り決めに従って退社するわけです。が、パッソル、パッソーラ開発の2年間は、それはもう忙しく、給料日である毎月25日は定時退社の大原則を破って、組合本部に特例を申し入れて残業許可を得て仕事をしていた。
パッソルの時にはそれでも良かったのだが、パッソーラの頃になると一層組合からの指導が強くなり、さすがにボーナスの支給日はそう言うわけにもいかなくなって、5時に退社するわけです。12月10日、冬のボーナス支給日は久しぶりに”空が明るい内”の退社をしたのですが、Sグループの数人で帰っていると「こんなに明るい内に帰って良いのかなー」と、9時過ぎに帰るのが当然とばかりに習慣づいているのでした。

それから較べると3機種同時開発と言ってもパッソーラ開発の時より”ひま”。どのくらい”ひま”かと言うと、パッソル・パッソーラの忙しい時は、一日の勤務時間の中で加工や計測を行っている時間が7〜8割を占めていて、常に「次何をするか」考えながら仕事をしていて、それが途切れたときは頭の中が”ポッカーン”と開いて、行き詰まってしまうまで体を動かしてたように思います。が、キャロット・リリック・マリック(以下、3機種)の開発に入ってからと言う物、多くて試作の区切り前の6〜7割くらい、普段は5割前後でゆとりを持って仕事をすることが出来たって言う感じでしょうか。

おまけに急な休日出勤も、サービス残業も少なくなった。パッソルの時は基本給の2倍くらいの”支給額”がありましたが、3機種になってからは幾分手取り収入は少なくはなりましたが、それでもレコードやオーディオの購入費に充てることが出来た。
特にこの時期、やっと念願のJBL4343WXを購入した事もあり−※17話で少しふれています−レコードを聴くのが楽しくてしようがなかった。しかし、毎日9時や10時過ぎに寮に帰ると、すぐに風呂に入って一息つけば11時。それからレコードを聴くにもボリュームを絞ってLPの片面を聞くのが精一杯、次の日はまた仕事、眠らないと体がもたない。
そんな時からすれば3機種になってからはウソのような毎日。寮に帰ってからの時間が長いこと、おかげで毎日レコードの両面を聞く時間が取れます。ボリュームもそこそこに上げて聴くことが出来ます。
休みの日になれば、浜松まで車で出かけ、日本楽器(現ヤマハ)浜松店に行ってはレコードを2枚買っていた。近くには”駅のそばのマルイ”があって、ここの駐車場に車を止めます。マルイには「10回払い無金利」というサービスがあって、1万円の商品を10回分割で購入し、その支払いに行けば駐車代が1時間だったか無料になる。さっさと支払いを済ませてヤマハ浜松店に行きレコードを選び、2階にあるオーディオコーナーで時間を潰して寮に帰りレコードを聴く。

それを月に2回、雑誌”レコード芸術”を参考に、1回目はジャズを2枚、次に行ったときはクラシックと歌謡曲を各一枚の計4枚というペースでレコードを購入し、時間があけばオーディオマルキン(現クロスオーディオ)に出かけて、奥さんが出してくれるコーヒーを飲みながら、次のアンプは何にしようか・・・等と考えておりました。
ある時、オーディオマルキンに行くとヤマハ浜松店のオーディオコーナーで見かける女性が居るのにビックリしていると、社長が「俺の妹」・・・なーんだ、そんなこと。でも、なんでオーディオコーナー担当なんだ?

それで、4343は内蔵ネットワークで4WAYを一台のアンプで駆動することも、ウーファーを切り離してバイアンプで駆動することもできます。
ある時耳にしたのは4343の場合、「ウーファーでパワーを食うのでそれから上の音が甘くなり、4343本来の音は出ない」と言う事。つまり、4343本来の音を楽しむならバイアンプにするしかない。
そんなのを聞くと今ひとつ迫力不足をより感じるわけで、そんな頃にB−1の中古がオーディオマルキンに入ったのを機に2台のB−1でバイアンプにしちゃいました。

※バイアンプMORE:、一台のパワーアンプでウーファーのみを駆動、ミッドバス、ドライバー、スーパーツィーターの三つをもう一台のパワーアンプで駆動する。内蔵ネットワークの一部を使わなくなるのでバイアンプにするにはチャンネデバイダーなる装置が別途必要になり、チャンネルデバイダーには4343専用のクロスオーバー周波数のカードを差し込んで使う。接続はプリアンプ→チャンネルデバイダー→パワーアンプ→スピーカー端子となります。

強化ガラステーブルの上に2台のパワーアンプは壮観。オプションのメーターパネルも付いて150W×4で合計600Wの力強さは例えばピアノがちゃんとグランドピアノの音で出てくるんですね、低音域の抜けもより一層良くなってこれには一番びっくりしました。すると、今度はミッドバスとドライバーの音域に力不足を感じてきて・・・、JBLのユニットカタログから検討すると4350で使っている1インチスロートドライバーが使えそうなので、取り寄せてもらい改造することに。

スピーカーのフロントバッフルを外してドライバーを取り外し、新しいドライバーに交換するとバッフルが閉まらない・・・。そう、マグネット部分が大きいので、ミッドバスのBOXに3cmほど当たってしまう。多少の予測はしていたのだけれど、買った物仕方がない、と言うことでミッドバスのBOXを一部削り取ることで何とか収まり、BOXにも穴は開かなかった。ちょっと苦労したが、音を出してみると良いですねー、標準の1/2スロートのドライバーが”蚊”が泣くような音だったバイオリンの音に厚みが増し、JBLでもクラシック聴けるじゃないか!

ただ、スピーカーの調整は大変シビアで、ドライバーのアッテネーターはかなり絞らないとドライバーが目立ちすぎます。ウーファーの調整はスピーカーを置く高さで、ミッドバスに合わせ、あとは音がつながるようにドライバーとツイーターを調整するとうまくいく。音合わせに使う4枚のレコードはいつも決めていて約2時間、ジャズ、フュージョン、弦楽四重奏と、レコードを掛け替えながら合わせていき、最後にボーカルを聴くのですが、ここで思ったように鳴らなかったら、スピーカーの高さを2〜3cm、角度を2cm変えては初めからやり直し。気に入るまでは1週間掛かることもしばしば。こうしたことはカートリッジを交換すると必須作業でした。

完璧に調整できると、大音量ではもちろん、小音量に絞っても低域から高音域までそのまま音が小さくできて、聞こえなくなる楽器が無いと言うのがスタジオモニター4343の真骨頂でしょうか。

入社当時に買ったシステムでは、オーディオ専門ショップで聴いた後は自分のシステムで聴くとしょげていたものですが、ここまでくるとそういうことはありません。それでも、オーディオマルキンで知り合った市川さんが購入したタンノイの”オートグラフ”を「聴きに来ない」と誘われてオペラを聴いたのですが、わずか20cmほどしかないピンポイントのリスニングポジションに座ると、俳優の左右の動きばかりか前後方向の動きまで立体的に再現する事に驚いたものです。

いつの頃か忘れてしまったが、パワーアンプに比べてヤマハのC−2というプリアンプは極低音がモワ〜〜としたところがあって、『マークレビンソンは高いしなー』と、思っているところに、アメリカのガレージメーカーで”AGI−511”、一見マランツ7を思い起こさせるようなシンプルなプリアンプが話題になって、雑誌の評価から想像を巡らせてオーディオマルキンに注文、程なく到着したので繋いでみると、マークレビンソンまでとはいかないが、価格の割には左右のセパレート感が高い上、パワフルに音を出すタイプではないが適度に切れがよく、妙な癖もないアンプです。オプションの木製ケース(後に標準となったかな)に収める前に金属ケースを開けてみてビックリ! 配線にはフラットケーブルを使い、部品点数もホント少ない構成でシンプル。ノイズを嫌う設計思想は全面パネルにも工夫があって、入力切り替えボタンを押すと黒からグリーンに変わるのだけれど、これはボタン内部の色が付いたプレートが回転して、あたかもランプが点灯したかのように見せかける物。

もう一つこの時期の余暇を。ヤマハで言えばGTやGRと言ったミニバイクを使ったレースが各地で始まっていた。浜松の周辺ではスズキの工場敷地内にある二輪教習所を使ってのレースが、スズキの主催で始まることになった。
一緒に仕事をしている真鍋と、同じ寮にいる数人と共にレースに出てみようとなった。私も、GR80を買い、アルミリム&スリックタイヤに交換、GR80用のチャンバーもどこからともなく集まり立派なレーサーができあがる。
転んで怪我すると仕事に差し支える私たちは無理しない程度に楽しんでいたのだが、中には”命”掛けているなと、思うくらいがむしゃらな人たちも居ておっかない。
ここでのレースは2年間続いて、回を重ねるごとに遠征組の参加も多くなったが、出場した中で印象深いレースを一つ。
何でも、関東では50ccながら80ccを追いかけ回し、むしろ80より速い噂の一人が東京からはるばるやってきた。その人の名は”浅井 明”。記憶にあるかなー? イスズのミューに乗り女性ナビゲーターと組んでパリダカに参加していた人、その人だ。
スタートはくじ引きなので”運”に任せるしかないが、その”運”が悪い私はいつも中盤より後ろの列になることが多く、この時も浅井さんより後方からのスタートとなった。フラッグが振られてスタートし一台づつ抜いていき、周回数も半ばになってやっと浅井さんの後ろに付くことが出来たが、ほんとに速い。S字やクランクを利用した低速コーナーでは回転が伸びる50が速く、外周路と直線では80が速い。と言うことで、ラップでは私の方が速いのだけれど、前に出ることが出来る場所は100mほどの直線だけ。
3周くらい加速で前に出ることを考えて走っていたが、きっちりと次のヘアピンコーナーイン側を取っているので横に並んだところでブレーキングになってしまう。アウト側を大回りして・・・と考えても、タイトコーナーで速い浅井さんの50の前に出ることは出来ない。
ここはもうフェイントをかけて次のコーナーのインを取るしか無い。前の周回で思いっきり右横に出てアピールすると被せてきた。そして・・同じところの一つ前の右コーナーをイン寄りに出ると、学習効果から案の定被せてきたので次のコーナーのイン側が開いた。スリップに入りながら左に入り込みフロントタイヤが重なるとこっちの物、そのままブレーキのタイミングを遅らせヘアピンをアウト側にはじき出したのを確認して次のクランクをクリアすると『勝てたー』。この時ばかりはテストライダーのメンツで私も熱くなりました。

初心者向けスクーターの開発ばかりやっていたので、ミニバイクレースはストレス解消にはなりました。レース開催をメインで仕切っていたのは元スズキのファクトリーモトクロスライダーの名倉さん。レースを主催すると、受付から参加賞の手配などに手がかかる上、本来の仕事も忙しくなってきたので続けることが出来なくなったと言うのが中止の理由と聞いた。

余暇の話が長くなりました。が、オーディオというのも懲り出すとお金がかかるといえるが、ただお金をかければ良いのかという物でもない。音の入り口レコード針からスピーカーまで、バランスを取りながら構成していく必要がある。音の入り口は癖のない物を使い、出口になるほど好みの音の物を使うとよいようです。もちろん、音の入り口を支えるプレーヤーは”重量”というのもファクターになる。
エンジンにしてもいかにしてバランスを取るかが重要で、バルブタイミングやポートタイミングを高速タイプに、マフラーも高速タイプにすると馬力は稼ぐことができる。しかし、それで実走行も速くなるのか? 使いやすいのか? となると別問題。一般市販車の場合、エンジン本体でやや低速向けにしておき、マフラーで回転を伸ばす工夫をすると使いやすい、これが逆だとおかしくなってしまうし、エンジンの出力特性に合わせた車体設計やサスペンション設定も重要な部分だ。このあたりの試行錯誤は、オーディオもエンジン開発も車体設計も、共通したところがあって実に楽しい苦労?!である。