ハードディスクとともに消えた32話・・・書き直しです。
キャロットはパッソルと同時に試作を開始した時の”071”の貯金データがありましたから、後は細部の煮詰めと耐久性の確認くらいが課題として残っている位いと思っていましたが、やはり落とし穴がありました、〜これは後ほど。同様にマリックも特に問題はなく、パッソーラと同じオートチョークシステムを採用するので、仕事の進め方は分かっています・・・と、言うか、これはiさんやM君の仕事です。ただ、キャブレターメーカーがテイケイ気化器からミクニに変わったこと。

それまで、ミクニのスタッフが通路を通るたびにウェスで隠し”見せなかった”キャブレターシステムですから、とまどいと興味が有ったようです。基本的にはヤマハが企画したシステムをテイケイ気化器と共同開発し、それをベースに今度はミクニと手を組むと言うわけで、手のひらを返す取り組みですが、システムを理解してもらうのが最初の仕事だったようです。
ミクニのTさんと共に実験を進め、キャロットやマリックはスムースにいくのですが、例の主任に「なんでだ!」と言われたリリックはやはり問題児です。
パッソルの時は時折、パッソーラになってスロー系のCO濃度が、オートチョークのセッティングに影響を与えると言うことからCOメーターを使ってテストを進めることが多かった。他の機種で全開での性能測定時、COが8%を越えると性能がダウンしますが、リリックでは平気で回っている、そりゃあそうです、要求流量が15%位多いのですから。COが10%で何とか落ち始めるというのもうなづける話。と思いきや、アイドリングは安定性の良い4%を他の機種では目標にしていたのですが、それではリリックは安定しない。

「何でだろう?」、主にアイドリングのテストを行っていたI君だったか、クランクの角速度からアイドリングの様子を分析することを始めた。
クランクの角速度を測定すると言っても簡単で、RD400をアメリカの現地テストを行った際に、ギクシャクが問題となって、急遽対策テストを行った際に用いた計測器を使う。回転加速時計(Gメーター)と、ビジグラフが有れば調べられること。
それを見て改めて知ったことがあって、それは”着火率”。2サイクルは1回転に1回の燃焼、4サイクルは2回転に1回の燃焼・・・と、理論として習いましたが、低い速度(回転数)ではそうではない現実がありました。

どういう事かと言えば2サイクルのアイドリングでは1回転に1回の燃焼ではなく、4回転に1回の燃焼!と言う事実。機種は言えないが、60〜70km/hくらいまで規則正しい燃焼をしないものさえあるそうで、パッソルからキャロット、マリックまで4回転に1回の規則正しい燃焼をしています。が、リリックはCOを4%にすると3回転に1回の燃焼をしたり、5回転に1回の燃焼をしたりで、とても不安定です。
アイドリングは、始動性を考慮して皆1700rpmを標準としていましたが、リリックの場合、空吹かしした後は回転が落ちない時があって、このときは3回転に1回の燃焼、2300rpm位のハイアイドル、その状態でスクリューを戻し回転を下げると今度は5回転に1回となって、回転数は1200位までストーンと下がってしまい、どっちつかずの状態。

その原因はやはりあの複雑な通路の長さ。通常の2サイクルエンジンの、混合気を吸い込むときの力=吸入負圧は53〜55mmhg(水銀柱)あり、排気量にはあまり左右されません。RDもそうだし、マリックに至るまでだいたい54mmhg位あります。ところがリリックでは50mmhgを越えません。吸い込む力が弱いためにジェット類も大きくなりがちだし、それが元でアイドリングの流量コントロールが難しく、少しのさじ加減で大きく変動してしまう。安定して回すことに関し、マリックの数倍の手が掛かります。

ガソリンが少ないと回転あげてうるさく文句を言い、叩けば”シュン”として回転が落っこちたまま、その上大飯くらいで、話しかけてもそっぽ向いたままで、一向に言うことを聞いてくれません。エンジンとお話しするのが私の仕事ですが、こうまで悪いとこちらも意地になってきます。

小排気量キャブレターでは経験豊富なTさんをもってしても悩ませる、良い勉強材料ですねー。
リリックはオートチョークを採用しないこともあって、取りあえず他の二機種よりアイドリング時のCOを高めの5%に設定し何とか安定させることができた。次の問題は燃費に関わる問題で、全開時の回転が低いときに合わせると最大流量が他の二機種より15%ほど多く、COも10%位まで跳ね上がる。そこを下げれば低回転域で燃料が薄すぎて力が出ないし、高回転域ではメインジェットを取り替えるだけでは要求流量範囲に入れることすら難しい状況。
ニードルジェットに空ける穴(ブリード)の位置や数を変え、出口となるリセス径や深さを変える、ジェットニードルの長さや径を変えてみる、テーパー角度も変える・・・。ありとあらゆる手段を講じましたが一向に良くならない。・・・でもあきらめてはいない、何か手があるはずだ・・・。

車体グループも大変です。エンジンはベースが一緒だから、ある程度共通して取り組めるが、フレームに関しては、全く別物。3機種あるからシャーシー室ではフレームの耐久性確認に追われ、実走行での確認も人海戦術で取り組んでいる。
ただ、この頃からフレームの耐久性確認のデータ集積が進んでいて、個々のフレームについて応力データから耐久性予測が立てられるようになりつつあった。つまり、フレームの接合部分にシール状の歪みゲージを貼り付け、数分間カムドラムシャーシー上で走らせ、そこから得られた応力データから「このフレームは○時間でここが折れる」とか、「○キロ走らせれば折れる」といった予測が立つんだそうで、折れる結果を無駄に待たなくても済むようになったと言います。

その仕事に慣れたk君は「もう、フレーム見ただけでどこに問題があるか大体わかる」と。集中した応力が問題となってフレームにヒビ(クラックと言う)が入ると、強度を増すのではなく、捨てビードと言って溶接部を長く取ると、溶接歪みが取れて耐久性が増したりします。溶接は、ただ単に鉄板をくっつけているだけではないんですね、ちゃんと意味のある溶接が施されています。

実走行している人たちはヤマハコースで昼食を摂ったりします。ゴンちゃんが昼食後にパドック脇の芝生の所にある段差にキャロットのフロントをウィリーして乗り上げる”遊び”をしていたらしいんですが、繰り返しているとフレームがポッキリ折れちゃったそうで、これは一大事。カムドラムシャーシーでは実績のあるフレームなので、大至急対策に取りかかったようです。で、他機種ではどうかの確認をすると問題なし。ではと、すでに発売されている他社の競合車種(あえて書かない)ではどうか?になって、同じようにやってみると・・・見事に折れちゃいました。
たとえば、車道から歩道への乗り上げで同じような衝撃を受けると問題が発生するわけですから、試作段階で判明して良かった。ちょっとした遊びから問題点が浮かび上がり、事故を未然に防ぐことができ、そのチェックが正規のテスト項目に加わるという、なんとすばらしいスタッフでしょう。

8号館のもう一方のシャーシーではクラッチ担当グループがテストを重ねています。クラッチが繋がり始めるクラッチイン回転数、ブレーキを掛けスロットルを全開した時のエンジン回転数=ストール回転数、クラッチがヒートしたときの特性変化等々、テストする項目はたくさんあり、スプリングやウェートの仕様を変更して数多くのテストを繰り返しています。バイクの効率良い加速を決める重要な要素ですが、温度が変わると特性も変化するというのが厄介です。

そんなテストの中、空吹かししてはブレーキを掛ける繰り返しをしていると、シャフトケースがこれまた折れちゃいました。
ブレーキを構成する部品の中で、車輪の回転を止める役割のブレーキシューはブレーキパネルという部品にくっついています。そのブレーキパネルはシャフトケースと一体になっているため、ブレーキを掛けると車輪の回転モーメントはシャフトケースをねじる応力として変化します。その為に過大な力が掛かったシャフトケースは繰り返し応力でポキッと折れてしまったというわけです。
こちらも直ぐさま対策がとられた訳ですが、同時期に4サイクルの実験部では”04R”の開発が進んでいて、この04Rもキャロットと同じようにシャフトを用いていたので、主任がその事例を報告したようで、確認をとった所04Rでは問題なしとわかった。さすが重量級、設計強度には余裕があります。