ミクニの控え室には少しばかりの資料と、テスト用部品の在庫があり、その中にはジェットニードルの仕様図面もあります。小は50から、大はYZ(モトクロッサー)向けまで多種多様ですが、基本は太さとテーパー角、それに長さ。変わった物では2段テーパーと言って、その名の通りテーパー角が途中で変わったのもある。
テストに行き詰まり、その控え室でさぼりながらも資料を見て、?があればKさんやTさんに質問する。ジェットニードルのテーパー角はアルファベット一文字が角度15分違いになることも教えられた。
ジェットニードルを見ると上部に刻印があって、その説明をすると、最初の四角の刻印はミクニ純正の印、次の数字は”シリーズ”を表し、3,4、5と言うようにあり、ジェットシードルの直径を表していたという記憶(よく覚えていない)。次のアルファベットがテーパー角で、Aが0度、以後文字が進むにつれ15分角度がきつくなる。

『何か参考になる物は無いか』と、資料を見ても、規格資料はあるが技術資料は全くない、そりゃそうだ。そう思いながらもジェットニードルの規格図を見ているときに変わったジェットニードルもあるんだなと感心していてふと考えた訳です。「熊さん、ジェットニードルの先端だけストレートに加工できる?」、「・・・できるよ」。なるほど、さらに強くテーパーさせるだけでなく、緩くすることも、ストレートにすることも出来るわけだ。その回答を得て高橋さんに相談し、一番テーパー角の小さいジェットを選んで、その先端の径をそのまま細くする。

リリックは、特に低回転時の吸入負圧が低いため、ジェット類を大きくとる必要があって、それが流量傾向とも合わさり、全開時の最大流量が多くなり過ぎてしまう。状況的に言えば、スロットルがあまり開いていない時や、全開時でも低回転時の吸入負圧が低い時の流量確保にはメインジェットを大きくしなくてはならないが、最大流量は抑えたい。ならば、ジェットニードルの先端を太くする事で”蓋”の役目を持たせ、一定の流量に達するとガソリンが出にくくなるのではないか?そう考えたわけです。
私の説明を聞いたTさんは半信半疑、それでもほかに考えられる手もないことから「やってみよう」と、なった。

早速、控え室にある部品の中から角度の緩いジェットニードルを取り出し、ミニボール盤に掴み、全開時にニードルジェット内に入っている長さの部分をペーパーヤスリでストレートに加工し、それをキャブレターに組み付けてベンチで測ってみる。
3000rpmから測定を開始して、いよいよ5000、5500と回転が高くなって、燃料の消費量がどのくらいかに関心が集まる。「オッ!要求流量に入ったよ!!」と、Tさん、続けて測定すると、トルクや出力のピークまで”枠”の中にちゃんと入っている。
残念なことは出力ピークを過ぎた部分では要求流量範囲をオーバーしてしまったが、目標通りに最大流量だけがカットされた具合に「いいじゃん!」。問題は角度を無くしてストレートにするのをどこにするかである。その確認のために全開以外の開度でも測定してテーパー角度の見当をつけ、ミクニでの試作を依頼する。
翌週、Tさんが試作品を持ってきてくれた。ストレートにする場所を変えた物数種類作ってきてくれたが、とりあえず予備テストで得たデータの物から測定する事にした。一応の目処はついている物の、やはり”ちゃんとした”加工品での確認になると気がはやる。

結果は・・・「やったぞー!」である。ただし、通常ジェットニードルは位置を5段階に変えることが出来る溝があり、微調整することが出来るのだが、テーパーからストレートになる部分があるので段数変更時のチェックも行ったが、結果はNG。段数変更はやっちゃいけない事が確認された。
流量データを見た主任は「これはリリックか?」※本当はリリックと言わずにコード名で言ったのだが、コード名を忘れている・・・、「そうですよ」と、少し自慢げに言う。「ただですねー、」と、理由を説明するとリリックの素性を理解しているだけに段数変更不可については「仕方ないら」。
そんなことからTさんが作ってきていたバリエーション仕様は測定するまでもなく、ちょっとばかり無駄になった。

これでリリックも”大飯ぐらい”とは言えなくなり、一つの壁を越え、同時にだだっ子だったリリックが急にかわいくなった。次なる課題は・・・マリックのアイドリングでのエアスクリューの効き具合が過敏な事を対策しなければならない。
低・中開度での燃料を規制するパイロットジェット、その内部で空気と混合されたガソリンはベンチュリーとスロットルバルブの縁に当たる部分のスローポートから吸い出される。そのポートの位置と大きさが大変微妙で、少しの加工のずれがデータとして大きなずれになり、それは実験とそれを元にした試作品とのずれを度々引き起こし、仕事として一進一退する事になる。
オートチョークを採用するマリックは、エアスクリューでの調整が緩やかでないと、市場に出てからの対応が必要なときに困るのだ。でも、さわれる部分というのは限られた範囲なので、あ〜〜〜〜厄介だ。

そんなときのストレス解消はモトクロッサー乗ること。ミニバイクレース参加については先に触れたが、同じ時期モトクロッサーにも乗っていた。
先に番外編でも書いたことだが、仕事でYZに乗ってからと言う物中古のYZを個人的に買って乗っていた。
ヤマハには契約ライダーが乗るワークスレーサー”YZM”があり、研究課が開発担当。市販のYZは技術部の開発担当で、125と250は嘱託社員が開発に当たり、全日本モトクロスにも参戦しデータを集めている。オフロード雑誌に出る吉原朋正なんかもその一人だった。また、ヤマハからサポートされる形で市販されたYZに乗り全日本に参戦しているライダーもいる、その人たちは営業サイドの契約ライダーだ。
営業の契約ライダーが乗ったYZは、全日本のレースが終了するとマシンはモトクロスクラブ員に払い下げされる。実際のレースに出る連中には程度の良いマシンが払い下げされ、私のようなサンデーライダーはおこぼれに授かる程度。それでも、一年遅れには変わらないし、十分な性能なのだ。

※吉原朋正くんについてはこちらに情報を記載

月に一回程度、浜北市の山中”厳水寺”にオフロード専用テストコースをクラブ員は走ることができる。テクニカルな内周とトレールランの外周コース、それを合わせたフルコースの3つあり、フルコースになると一周3.5kmあったと思うが、高低差があり、なかなか走り応えのあるコース。練習開始の前にはラジオ体操のあと、ストレッチやって、「体力つけるため」と、外周を一周走ることもあったが、ある練習日はクラブの部長が「今日はフルコース走るぞ」となって、私は30分掛かって走りきったが、ゴール後30分間動けなかった。
クラブ員の中にも国際A級のライダーもいるし、ワークス契約ライダーも練習に来ることがある。そんな彼らが来るとレベルの違いを実感するのだけれど、どのくらい違うかというと、ミス無く周回すると何とか一周くらいは視界に入れて付いていけるのだが、スロットルワークやマシンコントロールで無理している分体力を使い果たし、2周目になるとガクッと筋力が落ちて付いていけない。国際B級が相手だと一周半、レースに出ている下の連中にしても4周が限度かなー、それが私の限界だった。

少しでも体力、筋力付けようと毎日風呂に入る前30分くらい運動をしていたが、体重コントロール程度の役にしか立っていなかったかな。ワークスの契約ライダーは10kmのランニングや筋トレは毎日の日課だし、持久力に関しては普通じゃない。

練習だけではつまんないと、鈴鹿サーキットのモトクロスコースで行われた地区大会に出たことがあって、前日から泊まり込みで行ったこともある。
結果は完走!でも、スタートの第一コーナーは一番だった・・けど、練習の時から巧く走れなかった3連ジャンプでタイミングはずしてからずるずると順位を下げていくばかり。まあ、高速コースを気持ちよく走れたので、それだけで満足だった。