50ccの開発担当になって丸3年、一方ではXS1100(イレブン)で4気筒モデルを開発し、それは400〜650までの4気筒モデルへと発展し、同時にVツインエンジンの開発まで始まっていて、担当車種の最高速が、そうしたバイクのローギアにも満たない速度ではフラストレーションが溜まります。 そんな中、”クロスチェック評価”と言う試みがはじまり、パッソルと同じ時期に開発が始まったXS1100も2年遅れで発売にこぎ着けたが、開発最終段階と生産仕様決定前の2回、評価テストで乗る機会を得ました。 クロスチェック評価=別途正式名称は有るのですが、機密上ここでは書けませんが、開発プロジェクトは担当分けされていて、終始同じスタッフによる評価で進められるため、”慣れ”から客観的な評価を下せないデメリットがありました。 そこで、各部署から評価ライダーを選出し、ランダムに開発途中の車両に試乗し、その評価に点数を付けて平均値を出し、評価が低く改善の余地が有ればその後の開発に生かす、と言うことです。 その評価ライダーに私も選出され、いくつかの車両に乗ることができました。 2台の僅かに仕様が違う評価テスト車両に乗り、決められたコースを、決められた速度で走り評価していくのです。個人が勝手に乗るとデータがバラバラになるから、この決まりは仕方有りません。唯一ヤマハコースの2〜3周は自由に、もちろん全開走行もOKとなっていました。 更に、ただ乗って走って試してみるだけでは駄目でして、評価項目はヤマハの品質基準となるものばかりで、項目数は200以上あり、約2時間の試乗の中でチェックしなければならないし、2台を交互に乗り分けるためにしっかりインプレッションしておかないといけないのですね。 横目で気にしていたXS1100にはじめて乗ったのが、このクロスチェックになったわけですが、ずいぶん昔の事なのでどんな感じだったか詳しくは覚えては居ないけれど、久々の重量車の感覚にとまどうかと思いきや、初めっから馴染んで重量からくる安定性と、コーナリングのタイミング的な感覚を掴むのにはそれほどの時間は掛からなかったし、快適に乗ることができました。 なんと言ってもリッターオーバーバイクの世界を体感できるのは、ヤマハコースでの3周×2回の自由走行=最高速OK!の評価。1周目は久々の本コース走行なのでコースを確かめるように走ると共に、高速でのXS1100の癖を掴むことに専念。2周目に入るストレートでスロットルを全開にするとタコメーターが6000rpmを越えた途端、別世界になります。一気にレッドゾーンの9000rpmまで軽やかに! 豪快に! 加速し、一度スロットルを戻して再度開けたときのスロットに対する反応も良くて、スロットルを開いた分加速力を増し、止めどもなく欲しいだけの速度アップをしていく感じで、このバイクには空気の壁は無いんじゃないかと思ったくらいです。 こんなバイクに乗ったのはホント初めての事で、3周目に入ったXS1100のスピードメーターは245km/hを指していた。それもストレートの坂を下りきってフルスロットルにした時の速度なので、最終コーナーからフルスロットルにしていたらもっと速度出るんだろう。そんな速度で走りながら『おおっ!新幹線より速いぞ!』と、考えていた。データが変わらないように、乗り換えた後も同じように走ってみましたが、少し余裕があったので245km/hの”風”を体感しようと、この速度で体を起こしたところ、風圧でヘルメットが唇に当たるし、空気の乱流でヘルメットが左右に激しく揺り動き、吹き飛ばされそうになる上体を支える腰への負担は相当な物です。だって、245km/hのときの風速は秒速68mなのですから、『振り落とされたら痛いやろうなー』、そう思って、ハンドルをにぎる手にも力が入り、膝でタンクを挟み、腰で上体を支えて空気の壁との力比べ、全身の力を必要とした。 当時のヘルメットはもちろんフルフェイスでしたが、現在のヘルメットのような空力的工夫はなく、風圧で押されるのを防ぐ頬パッドも付いていなければ、シールドとゴムシールの間には隙間もある時代ですから、余計に振れたのでしょう。これ以前、バイクでの最高速体験はTX650での210km/hくらいでしたが、僅か35km/hプラスとは言え二乗で増加する風圧エネルギーはパワー的にも別世界でした。 因みに、XS1100は、開発当初1000ccで作り始めたのだが、他社はすでに900〜1000ccモデルを出しているために、遅れて出す事のビハインドを跳ね返すために100ccアップして発売になった経緯がある。(と、記憶しています) また、安全性を考慮して、転倒時は点火回路を遮断するバンクセンサーが付いています。パッソーラの生産ラインに行ったとき、ラインオフしているイレブンを見ていたら一人転んだのですが、ちゃんとエンジンが切れました。 他にはGT50のモデルチェンジ車にも乗りました。トレールモデルですから評価試乗コースも山間部の獣道のようなところも走りました。この時は、比較と言うことで旧モデルと比べながら走ったのですが、モノサスに変更されて一回り大きくなった車体は面白味に欠け、軽量クラスと言うことで、路面の影響で振られても体で押さえ込むことができるので、”ミニトレ”の可愛らしさと、押さえ込んで走る”乗りこなし感”を両立するには旧型の方が面白いと言うのが、一緒に走ったメンバーの意見でしたが、基本的にこうした会話をしてはいけない事になって居るんですね、と言うのは、他人の意見に評価が左右されてはいけないので・・・の理由です。それでも営業的には”モノサスの新型”と言う、モデルチェンジが良いんでしょうね。 このほかにも、4気筒モデルのXJ550(輸出モデル)、TX650など、評価チェックでいくつかの大型バイクに乗りましたが、ただ残念ながらオフロードバイクに乗る機会はなかった。 少し時計の針を戻してみましょう。 レーサーレプリカ全盛の時代がありましたが、それにつながるきっかけになったモデルと言えばRZ250/350なんですが、キャロット、リリック、マリックの開発を行っている最中に、IさんをチーフにしたRZの開発に着手していました。 年々環境的に厳しくなる2サイクルエンジンは、巨大市場のアメリカの排ガス規制から締め出しを食らう標的になっていました。だから、企画上RZ250/350は”最後の2サイクルスポーツモデル”と言うことで、できうる限りの技術で作ると言うのがコンセプトになっていたようです。 RD400での経験がある私からすれば、RZの試作クランクケースを見るとエンジンマウントのスタンスが『狭いなー』と思い、ケースを持っていたI氏に「そんなに狭くて大丈夫ですか?」と、聞くと「研究がちゃんとやっているから大丈夫」と言う。カタログ上で”オーソゴナルマウント”という、エンジンの回転から生じる振動を効率よく吸収するマウント方法を用いているので問題はないと言う事なのだが、生産設計に移っているMさんが8号館に来たとき、その話をすると「そうだねー」、まあ外野なので何も言えないですが、その心配は後に当たってしまう。 水冷のシステムでもちょっとばかり冒険的なこともやっていたし、確かに走行中の振動は少ないが、発進時の振動はもちろん、柔らかいラバーマウントのせいか振幅も大きく、RDに比べるとシフト時のチェンジペダルの動きが気になってしまう。 そんなよその開発はほっといて、自分のところの開発はちゃんとしなければなりません。3機種の開発が終わったところに入った次なる仕事は”ポエット”の開発。3機種に引き続きGKデザインの商品で、チャピィの後釜的モデルの意味合いがある物。 いつものように?デザイン上の制約が大きく、エンジンはメイトではなくチャピィのエンジンを使ってくれと言うのが設計からの”ご注文”。コスト上からもその方が良いとのことだが、パッソル以降オートマチック用エンジンにはクランク室リードタイプが良いというのはリリックで痛感しているだけに、Iさんと一緒に猛反対する。 反対するだけでは説得力がないのでクランク室リードのメイトエンジンと、ピストンリードタイプのチャピィエンジンで性能を比べる事になった。 自動変速遠心クラッチを生かすにはピークパワーよりもトルクバンド幅が広いことが要求される事はパッソーラやマリックで経験済みであり持論ともなっていたし、クラッチ担当のMさんも「頑張ってメイトエンジンにしてよ」と、エールを送られる。 これは後からW部長から聞いた話だが、モックアップ車両を目にした小池社長が「W君、これを3段変速にするとどのくらい出っ張るかね」と、問いかけたそうです。 これまでの新設計エンジン=動力伝達系一体型エンジンと違い、クランクケース内で変速装置を組み込むタイプなので、多段変速にするとエンジン幅が広くなるのは避けられないが、パッソーラやチャピィのオートマチック変速は2段止まりだったので、社長の頭にはそれを越す”3段”がひらめいたのだろう。 社長の問いかけに対しては”即答”が原則でしょう、『速度が上がれば駆動トルクは下がるから、今の幅25mmより狭くて良いから・・・』、「15mm出ます」と、答えると、「じゃあやってくれ」と、ポエットのオートマチック3段変速は社長からGOサインが出た。 設計に戻り計算すると、暗算したとおり15mmで行けそうだと言うことが分かり一安心したとか、そんな話をしてくれました。 デザイン上の影響は車体設計のAさんも頭を抱える。1981年発売のXV1000TR-1(輸出車)も同じだが、テールにある取って付けたように中途半端なボックスデザインに「こんなに格好悪いの作りたかねえよ」と、怒りの発言。確かに車体全体のバランスというか統一感が無く、デザイン的に無駄がなかったパッソルやパッソーラに比べると開発している方が恥ずかしい、お世辞にもお洒落とは言えないデザインで、遠州弁で言えば「ぶしょったい」、そう言う印象だったのは私も同じ。〜買っていただいたお客様には失礼ですね、ごめんなさい。 その反動もあって、エンジンの選択で「実験の意見を入れてもらおう」と言う意気込みを示したかった。 |