4サイクルエンジンにはOHVがあって、OHCあり、DOHCもある。更にバルブの数で2バルブから5バルブまでバラエティーに富んでいる。 このことは2サイクルも同じで、ピストンバルブにクランク室リード、ロータリーバルブなんて物もあり、それぞれにリードバルブ付きが存在する。 これらはエンジンの使用用途に応じて使い分けられるのだが、総じて1980年代のオートバイ用2サイクルエンジンは多段ミッションを装備し、高回転&高出力を生かしていたが、それにはピストンリードバルブが有効で、多くの車種で採用していた。 ピストンリードバルブは、ピストンバルブ方式を改良した物で、基本形はシリンダに開いた掃気ポートを、ピストンの上下動でそのポートの開閉を行うピストンをバルブにし、吸気ガスを一旦クランク室へ入れて充填効率を上げるための工夫としてリードバルブを用いて、ポートタイミング設定の自由度も増している。 結果として、ピストンバルブ方式の高回転特性の良さに加え、リードバルブによる低回転でのトルクアップを図ることができた。しかし、リードバルブを採用する泣き所は3500〜4500回転での不正燃焼が起きやすい事である。〜この苦労話と逸話は第11話で書いているとおり。 特定回転域での性能は良いが機械抵抗が大きいロータリーバルブ、ピークパワーに有利だがその場合低回転に弱いピストンバルブ、高・低回転特性は良いが、中回転域で問題があるピストンリードバルブ、それぞれにいろんな顔を持っている。 GKのデザインを受けて「チャッピィのエンジンにしてくれ」と言う、設計の申し出に対して、異議を唱えたくなるのはマリックに対するリリックのエンジン特性で、小排気量・小出力エンジン+オートマチックにピストンリードバルブは不適切と言うことを痛感しているからである。 ならば、それを証明しなくてはならない。ベンチにメイトのエンジンとチャピィエンジンを用意し、それぞれのエンジン出力を測定する。詳しく覚えていないが、測定に使うマフラーは設計のTさんがモックアップのマフラーを参考に”適当に”作った試作マフラーを使ったと思う。と、言うのも、メイトやチャピィそのもののマフラーならばデータはあるのだから。 結果は予測したとおり、馬力カーブはとんがった形のチャピィ、ピークパワーは劣る物のトルクバンドが広いメイトエンジン。更に、どちらのエンジンでも目標馬力はほぼ達成しているので、後はオートマチック向けのエンジン特性に持っていくことを重点にすれば良くて、そのためにはメイトエンジン=クランク室リードが最適と言うことを示すことができた。 そのデータを差し出すと、納得せざるを得ないのか設計も折れてくれて、メイトエンジンをベースにしたポエットのエンジン開発が始まった。 基本的な試作部品の設計とその手配は設計が行うけど、実験中の部品や治具などは実験で作図し手配しなくてはならない。そのため、本格的な開発をする前に、いくつかの資料集めや治具の製作する必要から、マイクロ室にいくのが日課。マイクロ室とは、過去に生産したバイクの設計図面がマイクロフィルム化され保管されています。これを拡大投影機を使って見た後、必要ならば元の図面の大きさに青焼きコピーを取る。 その図面から、キャブレターの流量試験をする時に使うアタッチメントを作るための図面を書いたり、掃気タイミングを変化させるガスケットの図面を書いたものだ。 その、ガスケットの図面通りに出上がった試作部品をセットしたら「合わない」。クランク室からシリンダの掃気ポートへ通じる部分の寸法が狭くなっている。『おっかしいなー』と思って、マイクロ室へ行き過去の図面を見比べると、ある時期からクランクケースとシリンダの図面の整合性が取れていなくて「合わない」事が判明。試作部品の方はヤスリで広げればいいので問題はなかったが、いやはや困った図面で『ちゃんと検図やってよねー』。 取りあえず、マフラーの簡単なテストを行っていく。Mさんはクラッチとは別に排気温度とスモーク(排気煙)の関係を探るテストをやっていた。エンジンオイルが潤滑の役目を終えると全く不要になるが、マフラーで排気温度が下がるとスモークとして残りやすくなるし、マフラーから沢山の”煙”として見え、そればかりか衣服が汚れるというクレームもあるので、そこでどうすれば少なくなるのか考えていたのです。 ポエットのマフラー内部は、パッソル以降”3DK”構造としてきたのを踏襲、後は部屋割りと、各部屋の広さ(容量)をどうするか検討しながらプリテストを進める。 エキパイはトルクを稼ぐために長く取りたいので、マフラー後端を第一膨張室としたが、マフラースモークを抑えるためには、第三膨張室はエキパイ根本に近い方が温度も高く確保できるので有利だろう。しかし、そうなると各部屋をつなぐパイプが長くとれずに性能はどうなるだろう? そんな疑問を持ちつつも各部屋の容量だけは目安を付けるテストをしていた時、W部長が 8号館のベンチに来て「ちょっと笠君」、と呼ばれる。 「笠君はキャブレターの仕事は好きか」と突然聞かれて、「はぁ」と、答えると「まだはっきり言えんが、Sさん(技師)のところ(キャブグループ)で仕事やる気はないか」と言われる。 あの時はなんて返事しただろうか?「お任せします」と、言ったような気がする。 その後、Iさんと一緒に本館の設計に行き、Tさんとの3人で試作用マフラーの部屋割りを検討する。それまでの経験から、エキパイの長さや各膨張室の容量など約1時間ほど話し合い、その場でほぼ仕様を決めてしまった。 それから二週間ほどしてからだったか、キャブグループへの異動が正式に伝えられた。でも、私の心境は複雑です。ポエットのマフラーはどうなるの? あの打ち合わせした時のマフラーが〜といっても素材の形ですが、それがもう到着する頃なのに・・・。 私の手でそのマフラーを組み立てることなく異動することになった、残念。 キャブグループとは、S技師をチーフとしたキャブレターを専門に取り扱う、技術部内の専任グループで、S技師はとあるキャブレターメーカーからヘッドハンティングされてヤマハに入社された方で、さかのぼること1〜2年前にクッション関係の経験者としてSさんも同時期に途中入社している。 キャブグループには、元排気ガス対策を浜北で行っていたNさん、九州大学卒業で私と同じ年齢のO君、実験担当としてS君の4人で細々と仕事をしているところで、細々とはいえ”キャリブマチック”という特許製品を作った部署でもある。 キャリブマチックとは聞き慣れないだろう、それもそのはず、国内では未発売だから。 高度が高くなると空気の密度が下がって酸素濃度も下がるが、キャブレターを通る流速はそれほど変化しないので、結果として燃料過多になる。 4サイクルエンジンで多く用いられるダイヤフラムを利用したSUタイプキャブレターは、気圧の変化を構造的に自動補正し、キャブレターを通過した空気体積(密度が影響)と、ガソリン量を調整して混合比を保つことができるのだが、2サイクルが用いるアマル型キャブレター(SUキャブレターの基本形だが)にはその役目を持つ部分がなく、流速に合わせて燃料が吸い出されてしまい、燃料過多になる問題を抱えている。 そこで、真鍮で作られたベローズ内部を真空にすると、外気圧の変化でベローズが伸縮することを利用して燃料を制限し、あらゆる高度で混合比を保つのがキャリブマチックだ。 これを装備したDT125だったかな、アフリカのキリマンジャロ登頂に成功したらしく、高度差があるところを行き来する利用が多い南米地域などで販売されたようです。それでDTが気に入ったのか、Sさんは通勤にDT125を使っていた。 ※ヤマハのTZR250やホンダのNSR250でもキャブレターのデバイスとして、スロー系統のエアをソレノイドバルブ(電磁バルブ)で開閉し、混合比を調整する技術がありましたね。キャリブマチックはそれに似た物と思ってもらうと良いでしょう。 クッションのSさんは、オフロードバイク中心にサスペンションの仕事をやっていたが、当時、ワークスライダーだった藤君(藤 秀信)の練習車(YZ)のサスを個人的に改造し、「ワークスマシンより良い」と言わしめた逸話もある。その後、佐々木さんとはいろんな形でお付き合いする事になる。 さて、生産車開発から一転、研究開発を担当することになり私の頭は混乱を招く事になる。 |