パッソル、パッソーラを作った後はスクーター開発は一時休止、営業サイドはパッソラーラを出したことで満足しているのか、チャピーに変わるものと、ロードパル対向車としてのソフトバイク路線も捨てきれない事で3機種を開発し、次はポエットとCMで一躍有名になったタウニィへと進んでいった。 営業サイドの発言力は強力なので仕方ないが、結局スクーターは2機種で一旦中断、その後のソフトバイク路線では6機種(上記にボビーが入る)がラインナップされることになり、何か中途半端で”とことん拘る”意識が無いように思え、それは対外的にもパッソル、パッソーラを”ソフトバイク”のジャンルでカウントし、後にホンダやスズキが”スクーター”を出してきたときには「パッソル、パッソーラはスクーターだ」と言い始め、他社からひんしゅくを買った物だ。 そんなことから『もうスクーターは作ること無いのかな』とさえ思い、私が居たSグループもポエットとタウニィのチームに分かれ、私はそうした生産車開発から離れて、同じ部署でも先行開発というか研究的な開発を行うところに異動してしまったのだ。 そんなこと言ったって後戻りはできません、S主任からは「がんばれよ」と、言われてS技師のところへ行く。この頃、3号館にあった実験の事務所は、本社から道を挟んだ技術棟(14号館?)に移っていて、3号館から移動したた実験部門は2階フロアに同居し、1階はテスト車両の整備場と工作場、それとGKのデザイン室になっている。 そのフロアの東に私が居る実験部の事務所があり、その一角にこぢんまりと机が並んでいる、そこがキャブグループだ。 この頃からだったでしょうか、プロジェクト制から専任制に移行しました。 プロジェクト制というのは、機種毎に一つのグループが存在し、その中で担当分けがなされていたのですが、これだと知識や経験がそのグループ内で留まってしまうので、技術の集積には繋がらない。そこで、エンジンや車体、騒音というようにセクション毎のグループ分けした専任制を取るようになったのです。まあ、各グループリーダーには情報がより厚く入ってくるのですが、現場ではどうなんでしょう? 一つのモデルを一つのチームで開発していくことに一体感があるとは思うのですが、エンジンだけ、車体だけの関係になると問題意識が薄れるような、そんな不安は持っていましたが、それをいくらかでも解消する役目として長くオフロード担当だったN主任とF君の二人が各セクションの連絡、調整役を行っていた。 早速、グループ内で挨拶した後、今現在行っている仕事をあらまし聞くことになった。キャリブマチックの様子は先回紹介したが、この開発は終えていて、耐久性の確認をS君が毎日確認を行っているくらいだった。 で、次なる仕事の為に私が呼ばれたような物であることに気づいた。それはなんと・・・RD400に”燃料噴射”を装備することで、キャブレターの基礎研究ではなかった。 もちろんキャブレターに興味はあったし、部長もその希望をくんではいたのだが、もう一つはテストに使う車両がRDであり、キャブグループにいるメンバーでそのRDに乗れるライダーが居ない事も理由にあったのかな・・・と。ベンチから実走行までのテストですから、普通に町中を走るだけならOKなんだけど、本格的に走行テストを行うとなれば、それなりに走れなくては仕事ができないってとこですか。 当時、燃料噴射というのは車での採用が徐々に進んでいたが、バイクでの採用はほとんどなく、ヤマハ社内でもようやく燃料噴射の研究が始まった程度です。最先端の技術になるわけですから『キャブレターじゃないけど、まっ良いか』、げんきんな物である。 ところが、キャブグループのベンチに行くとすでにRD400のエンジンが載り、なにやら巨大な筒が付いている『なんじゃこりゃ?』。すでに燃料噴射のテストは1〜2ヶ月前から入っていて少しづつ進んでいたが、私が見るからにバイクには収まりそうもない、何か現実離れしすぎている。 仕事を始めて、Nさんからあれこれ指示はあるが、これがいったい何になるのか何の為のテストなのか、目的なり目標がはっきりしないと、現場担当の私にはテストの道筋をどう付けて良いのか分からない。何か闇雲にテストをしているような、そんな感じだった。 開発には大きく分けて二つあると思う。一つは理論に基づき、それを現実の物として開発する物と、今ある技術をより高度に機能や性能を高める物。理論に基づいて基礎研究を行うのは研究課の仕事、私が居る実験部門は、基本的には製品化が目的の開発という概念があるので、バイクに到底収まりそうもない”大きな筒”を見てはどうも『違うことやってんじゃない?』と、思ったわけです。 何を書いているのか、読んでいる方にはさっぱり何がなんだか分からなかったでしょう。話を書くのは難しい物で、ややこしい部分もあるので、ゆっくりと状況をお伝えしていこう。 燃料噴射をシステムとして構成するのは吸入空気量を正確に測定するエアフローメーターなる物が必要です、そこで計った空気量に対し最適なガソリン量を計算するコンピューター、それに燃料系統の3つで成り立っているが、3番目の燃料系統には圧力が掛けられているのが通常のキャブレターと違うところ。 ”大きな筒”というのは、音波を利用し吸入空気量を測定する為の物で、音波を出すスピーカーとマイクロフォンがその筒の中にセットされているが、音波を出すのは一定の間隔が必要と言うことで、それが1.5m程もあったかな、そんなのがバイクに収まることはない。 ただ、燃料噴射を採用する上で大きく違うのはこの空気流量を測定する部分で、噴射ノズル(インジェクターとも言います)はほとんどが電磁石を利用したソレノイドバルブを用いること、コンピューターで噴射量をコントロールすることなどはほとんど同じ仕組みを使う。 そのはずが、キャブグループでは”独自性”とやらでエアフローメーターのみならず、噴射ノズルまで独自の物を開発することを計画していたのです。〜その内容については割愛します〜 わずか5人のメンバーで、付け焼き刃的な知識を元に開発するのはどう考えても無理ではないか? 確かに、燃料噴射の可能性を探る研究開発は必要性があることは認めるが、すでに自動車メーカーでは現実の物として製品化していて、あのトヨタや日産でさえ”ありきたり”の技術を採用しているのだから、ほかの方式を用いることは、先が見えない深い霧の中をさまようだけで、製品化はおろか、その入り口さえ見つけられないことになりかねない。 一緒に実験を担当するS君に「今何やろうとしているか分かる?」と、聞くと「いえ、分かりません」。とにかく、私が参加するまで一日の仕事を指示されて、その作業をこなしているに過ぎなかったようだ。これではいい仕事は出来ないし、仕事のやりがいも生まれません。 そこで、計画初期の段階から参加していない私にとっては、目的や目標すらはっきりしていない状況であったから、どういう課程から今の開発が進んでいるのかを、週一回のグループ内で行うミーティングでS技師やNさんにただしたわけです。 私の記憶の中では「今の仕事の進め方なんですが、何か大きな迷路の中に入ろうとして居るんだけど、入り方も分からなければ、どこがゴールなのかさっぱり中が見えない、迷路の高い壁を見ているだけじゃないですか。横から見るんじゃなくて、上から見るように結果をある程度予測して仕事を進めないと、何やってるんだか分からないだけで終わりですよ」、するとNさんが「ある程度は予測はしてやって居るんだけどね」と、言われたが、「じゃあ、あの長いパイプは何ですか、バイクにどう収まるんですか、もっと実現可能な方向で考えてみないですか、私は途中で入ってきたので経緯が分からないので説明してもらえませんか」。 すると、1時間ほど掛けて説明してくれましたが、人まねではなく独自性というか独創性で取り敢えずチャレンジして、無理なことが分かれば既存の技術で実験を行うことに切り替える・・・と、言うことを聞き出した。 そこで私が「製品化に向けた開発をするのが実験課の仕事だし、物になるかならないか分からない開発は研究課の仕事ですよ、それは研究に任せた方がいいんじゃないですか」、そう言うと少々ムッとしている。『とんでもない奴が来た』と、思われたかもしれない。 考えてみれば、私は製品化に向けた開発をずっとやってきたし、Nさんは浜北の実験室で2サイクルエンジンの排ガス対策を行っていたという、経験の違いが考え方の違いにそうした背景があるわけですね。当然仕事に対する取り組み方にも違いがあるようで、意志の疎通が図られるまでちょっと時間が必要だった。 その説明の中で空気流量を計る方式でも、トヨタや日産が採用するL型、ポルシェが使うKジェトロ、三菱が採用するカルマン渦式、いすゞが採用しXJ750Dでも採用した熱線式など、車用として11種類くらいが考案され、実用もされているというのです。 『ほんと、多いんだー』そう思ったのですが、同時に例の”音波流量計”は、実用性は無いなと思いました。 そのミーティングを受けて、一応当面の実験課題と仕事の進め方について納得はしていないが、了解はしたという複雑な心境の中テストを再開する。 音波を利用したエアフローメーター計画は、流量測定の為に音波を発射するサイクルとエンジン回転数が同調あるいは位相が90°ずれると正確に測定できないことが分かり断念。独自のノズルも”噴射”に至らず断念。 結局、トヨタの燃料噴射システムを改良した物でテストすることに落ち着いた。 |