燃料噴射システムの中枢であるコンピューターは8ビットのマイクロプロセッサが使われています。そして、燃料噴射量の制御は”マップ制御”と言う手法が取られています。
これは、エンジン回転数と吸入空気量の関係から最適な燃料噴射量をマップ=地図上にあらかじめプログラミング=記憶させておくものです。
状況を上げて説明すると、エンジン回転数は同じでもスロットルの開き具合によって吸入空気量は変わる。加速中は回転が低くてもスロットルを多く回している分吸入空気量は多くなり、逆に回転数が高くてもエンジンブレーキを掛けている状況ではスロットルは閉じているので吸入空気量は少なくなる。そのような回転数と空気量変化に応じて燃料の噴射量を変化させなくてはならないわけです。

こうしたエンジンの運転状況を細かいマップでとらえ、その時その時に最適な燃料噴射量を8ビットマイコンの中に記憶させているのがマップ制御と言うわけです。〜この説明で分かりました?

ところが、これだけでは満足な走行が出来るという物ではありません。特にエンジンが冷えている状態での始動ではガソリン量を多く必要とするように、空気の温度や高度によっても変化させなくてはならず、マップ制御でプログラミングされただけでは完璧では無いと言うことです。
そこで、気象・気候条件に応じた補正を行うためのセンサーが取り付けられ、それから得た情報がマップ条件に補正を掛けて最終的な燃料噴射量が決められる訳で、エンジンが冷えていると”燃料を増やせー”と言うようにね。

トヨタの燃料噴射システムを司るコンピューターは15cm四角くらいの弁当箱サイズに収められていて、研究課ではその回路図と、基盤上に取り付けられたICやボリュームの役目はほぼ解析が進んでいて、情報を得ながらキャブグループなりの取り組みをスタート。回路関係はNさん、噴射ノズルであるインジェクターのテストはO君、私とS君はベンチでのテストと言う割り振りで進行する。

『燃料噴射のしくみが少しずつ分かってきたぞー』、分かるに従って疑問や難問が出てくる。エンジンが必要とするガソリンの要求流量は最高出力点周辺を頂点になだらかな山形になり、同時に燃料も多く必要とします。しかし、燃料の増加と回転数の関係が比例しないのが一つの難問。
また、噴射するからには燃料に圧力(燃圧)を掛けているわけで、その圧力によっても噴射量が変化すれば、噴射時間が短くなると噴射遅れ時間のウェートが大きくなってばらつきが増すし、インジェクターが作動したときのジャンピングも問題もあるし、もっとも懸案していたのは、排気量が400ccと排気量が小さい上、2サイクルなので毎回噴射する必要がある。

スロットル全開時で言えば、回転上昇と共に燃料消費も増えて行くが、それは比例関係になくて、回転上昇分ほど燃料は多くならない。と言うことは、回転が増せば増すほど噴射一回あたりの燃料を少なくする必要が出てくる。その時に果たしてインジェクターが対応してくれるのか?、これはやってみないと分からない。
ただ、2気筒だしリッターあたりの出力は2TGを上回っているので、少しは望みがあるものの、本当に『できるのかな?』と、皆の気持ちは期待と不安で一杯でした


私の方は、ベンチテストに向けた準備をします。ガソリンに圧力を掛けるのはフューエルポンプの役目ですが、試作品は出来上がっていないし、ベンチでは自由に圧力を変化させる必要があることから圧力タンクを作ることに。
トヨタの燃圧は2キロと聞いていましたが、テストとしてはその倍位を予定しているので、4キロにも耐え得るようにと適当な厚みのアルミで設計図面を書いて・・ってそんな大げさな物ではない。それでも多少不安なので、圧力試験を実施するようにコメントを書き、S技師のサインをもらった足で行き慣れた工機課に出向き図面を渡す。

その間にエアフローメーターを取り付ける準備に掛かります。エアークリーナーエレメントを取り外し、空いたスペースにL型のエアフローメーターを取り付けるが、これはトヨタの2TG用の物。排気量が少ないのと2サイクルなので吸入圧力が低いことからL型フラップを動かす力が弱い為チョークが掛かった状態になる。そこで、エアフローメーターのカバーを開けフラップのリターンスプリングを大きく戻してスプリングの働きを弱めると、空ふかしでもスロットルの動きにフラップが反応するようになった。
聞き伝えによると、このフラップの通路形状は微妙にカーブしていて、吸入空気量を正確に測定する役目を持つんですが、その製作には半年も掛かるんだそうです。構造部分は金型で作られていても、フラップの動きを電気信号に変えてコンピューターに吸入エアー量のデータを送らなくてはならない。その電気回路も、生産工程での精度管理に工夫があって、回路上にある抵抗の一部は特殊な物で、基盤上に塗られた抵抗体をレーザーで焼き、抵抗値を合わせるようになっている。

適当に書いてもちゃんと出来上がってくるのは流石です。出来上がったテスト用のガソリンタンクにエアーの配管と耐圧ホースを使ってガソリンの配管を済ませる。
試しに圧力調整用のエアーレギュレーターを使って圧力を掛けると”ブゥー”と膨れるが、耐圧試験しているので大丈夫でしょう・・・でも少し心配。
O君がプリテストした結果では、インジェクターに関してはトヨタの物よりも日産の物の方がサイズが小さく、一回あたりの噴射量を少なくできるとかで、ここは日産の物を使ったように覚えている。〜ただ、極性が反対だったかで、信号回路を反転する必要があったかもしれない。
そんなことを踏まえて日産のノズルを取り付ける。その場所はと言うと、キャブジョイントに開いているバランスパイプ取り付けようの穴、そこへインジェクターを無理矢理押し込んでバンドで締める簡単な物。で、キャブレター本体、特にスロットルバルブは空気量のコントロールに不可欠だけれど、キャブレターにはガソリンは流さないのでガソリン通路を全部塞ぎ、ついでにエアー通路も閉じてしまう。外観から噴射である事は分からない。

最初はギヤをニュートラルでアイドル状態でキックする。基盤上の抵抗値を変えながら何度かキックするとRD独特のサウンドを発しながら掛かっては止まる。さらに調整を続けると止まらなくなったが、スロットルを開くといきなりエンストするが、エンジンが無事掛かっただけでも一歩前進です。

翌日からはスロットルを全開にしてのテストに入ったが、燃料噴射はなにせ初めての事なのでそれなりにハプニングも起きるという物。
噴射量を制御するボリュームは可変抵抗なのでこれでもって微調整するが、抵抗値を変化させる途中、噴射量が最適になると”ギャーーーン”と快調に回るが、外れると異常燃焼して”プチュンパチュン”。
エンジンが止まるとセルモーターで強引に回して再始動を繰り返すと何とか安定して回すところまでこぎ着けたが、マフラーの中で何度か爆発に近い異常燃焼をしたせいかマフラージョイントが破壊してしまった事もあるし、排気ダクトのフィルターはカーボンで真っ黒になる。そうして止まったエンジンを再始動すると、マフラーから生ガソリンが排出され、そこで再び異常燃焼が起きるとマフラーから炎が出て排気ダクトのフィルターに引火する事故も起きた。とっさにエンジンと噴射回路を止めたが、排気ダクトだけは止めなかった。なぜなら排気ダクトを止めるとベンチ室内で火災になると判断したからだ。
火はすぐに自然消火し、事なきを得たがヒヤッとした一瞬でした。

部品組み替え時でも気が抜けないと言うか、キャブレターの時とは違うのだと思ったことが他にもあって、それはガソリン配管に圧力が掛かっていると言うこと。
ある時、インジェクターを交換するためにガソリンホースを外したところ、残っていた圧力でガソリンを顔面に浴び、それこそ一瞬の事なので目に直撃を受けてしまった。10分間ほどは全く目が開けられず・・と言うか、目を開けようにも涙が流されているので瞼が動かない。顔全体も熱いし、ただひたすら収まるのを待つしかない状況。
しばらくじっとしていると瞼は動くようになったが、なにかゴリゴリしている感じで、目をつむると痛さを感じる。思い起こしてみると『何も顔面に噴射しなくても!』と、思うのだが、当時は人間的にそんな余裕はなかったね。

そう言えば、タンクを作るときに圧力の逃がし弁を付けるの忘れてた。そんな事故が遭ってから逃がし弁〜と言ってもボルトで作った物、を取り付けたのは言うまでもない。

それにしても良くできた噴射のシステムである。マッピングのプログラムを作ったり〜これには膨大な量のデータが必要だが、開発に半年も掛かるエアフローメーターさえしっかりしていれば、後は可変抵抗を微調整することでRD400のエンジンを回せるんだから、恐れ入ります。

本格的なテストの初めとして、取りあえず燃料噴射の場合の要求流量を測定から始める事にする。
キャブレターの場合、何度となく分解してはジェット交換して行く必要がありますが、噴射ではその必要がありません。燃料への圧力と噴射時間を調整することで変化するので、ジェット類の交換などは必要なく、当然のごとくエンジンが回っている最中でも変えることが可能なのだ。
測定するエンジン回転は3000rpmから、燃圧を0.5キロから少しずつ上げながら細かく測定していくと馬力が頂点に達した後、徐々に低下する要求流量カーブが出来上がる。そんな測定の繰り返しで最高出力点過ぎまで測定を行った。

キャブレターの時とは比べ物にならないくらい長時間連続した測定ができるので、それは効率がいいのだが、その分タンクのガソリンが急速に減っていき、あまりに減りすぎると流量測定ができないので、ガソリン補給の為の一時作業を止める必要があった。

ベンチでは一緒に仕事をしているS君に色々指示しなくてはいけないし、私は仕事のやり方でS技師やNさんと意見を交換することが多く、日によってその内容が変わるのでとまどうことが多かった。
仕事が上手くいかないとつい愚痴も多くなり、週末になると帰寮して夕食と入浴もそこそこにウィスキーを持ってサスペンションのオーソリティー?Sさんの家に押し掛ける事が多くなった。

Sさんは独身の一人住まいで、サスを通じた友人も多くできて、ガレージには工具の類はおろか、TIG溶接機もあって、ちょっとしたガレージファクトリー。そこで、個人的にサスペンションを加工していたりもする。
元ヤマハファクトリーMXライダーの木下信安さんが乗るフェアレディーZの足周りにはYZのリヤサスを改造した物を付けたり、現役MXファクトリーライダーの練習車のサスをいじったり、無改造クラスに出るジムカーナ用の車のサスも、車検で分からない感触のサスに改造したりレパートリーは広く、個人では出来ないと言われたモノサスのオーバーホール&改造もこなしていた。

週末の会社で会ったときに「何時に良いですかー」、「8時くらいかなー」、で、Sさん宅に行くと5〜6人が押し掛け、仕事上の愚痴からバイクのうんちくまでたっぷりと語りながらウィスキーを飲む。
Sさんもオーディオに凝っている一人。リビングが広いのでJBLの4350でも余裕で置いてある、お気に入りのダイアーストレイツをボリュームの位置1時で鳴らすのだからそれはもう・・・、大興奮!。プレーヤーは覚えていないが、アンプはアキュフェーズを使っていたかな、もちろんセパレートだ。
持ち寄ったボトルの中身が少なくなる深夜3時頃「そろそろ帰ろうかー」。
それまで酒の類を余り飲むことがなかった私ですが、この頃からアルコールを口にするようになっていった、〜おじんへの道を歩み始めたかなー・・・。