研修から戻り、休んでいたベンチでの仕事を再開する。
最少流量のアイドリングと、最大流量の最高出力で噴射量が合うように調整すると、自ずとパーシャル=中間開度は大きなずれが出ない。と言うのも、エアフローメーターが空気流量を正確に計り、その空気量に対して空燃費を一定に保つようにプログラミングされたコンピューターが噴射量を指示=コントロールするので当然と言える結果。つまり、2TG用に作られたシステムの一部を利用し、40PSのRD400で使っていることに過ぎない。

ベンチで噴射量を測定する間は、常に排気ガスに含まれる一酸化炭素量を測定している。一酸化炭素は、COメーターと呼ばれる測定器に排気ガスの一部を取り込んで測定します。ガスを取り込むにはエキゾーストパイプに銅管をロウ付けし、ゴム管でCOメーターと繋げば良いのですが、ダイレクトに取り込むと、排気ガス中に含まれる水分やカーボンでCOメーターのフィルターがすぐに詰まってしまう。

そこで、中間に水抜き容器を付けます。特に専用の物は無く(有ったにしても使わない)、みんな手作りしている。茶筒と同じような物で、高さを7cmくらいにした物を手作りするわけだ。蓋になる部分にはサンプリングガスの入り口と出口2本のパイプを取り付ける。茶筒の中には綿を軽く詰め水分を吸収させます、その取り替えのために茶筒構造が必要な訳です。
この茶筒が大きいと、COメーターで反応が確認できるまでの時間が掛かるのであまり大きくは出来ない、そこに手作りが必要な理由があります。

特に排気ガス対策を行わない場合、COの値は4%を目標にしていると言うのはパッソルの開発をやっているときと変わらない。
燃料に掛ける圧力=燃圧で噴射量がどのように変化するかを細かく測定、燃圧がどの程度必要かの目安をこの作業で付けていたわけですが、2TGと変わらない燃圧でいけることもわかり、ハードルが徐々に低くなってきた。

ただ、ベンチではエアレギュレーターで燃圧調整できても実走に装備することは出来ない。そこでS技師が車載用の燃料ポンプを設計し手配していたが、その試作品も入手できた。
この燃料ポンプ製作には時間が掛かったようです。燃料に圧力を掛けるためのポンプ部分で摩耗を抑えるために焼結合金を使っているためらしい。この焼結合金が普通の切削加工は容易ではないらしく、硬度が非常に高い金属です。

一酸化炭素量を測ってベンチでのテストで目処も付き、実走テストに必要な機材も揃ってきたので、実走テスト用の車両準備に掛かる。
エアフローメーターはRD400に車載出来る事は確認しているが、それ以外の部品、装備は全く検討していない。S技師からは「外見で分からないように」とも言われているので『さて、どうしたものか?』。フレーム内部には機材が収まるスペースはないのです。

タンクやシートを切れば可能だが、それだとテスト車両というのがバレバレ(仮ナンバー付けるんで、見れば分かるが・・)。そこで考えたのがRDのオプション扱いのリアキャリアに、これまたオプションのヘルメットボックスを付け、その中に収めるように検討した。

A4大のボックスでなんとかなりそうなので、購入伝票にサインをもらい、購買課に行ってボックスと注文していたリアキャリアを受け取る。
ボックス内にはコンピューターと燃料ポンプなどを収めるが、二つを並べるスペースはないのでポンプの方をボックスの蓋に取付けた。我ながら良くできた配置で、ボックスの本体と蓋に効率よく収まり、二本の燃料ホースがシートの後ろに少し見えるだけで、ちょっと見はノーマル車両と分からない。

実際に走り出すと、なんらRD400ノーマルと変わらないフィーリングに安堵したわけですが、同時に、短期間に少人数でよくここまで出来た物だとも思う。やっぱり2TGの基本システムが良くできた物であることが改めて・・・と言うこと。次は市街地走行で燃費がどの程度になるのか期待が掛かる。

S君と共にノーマルのRD400と燃料噴射RD400の2台でツーリングに出る。測定するデータの信頼性比較する為に、同型の無改造市販車と、テスト車両を同時に走ると言うのが基本で、ツーリングとは言え決められた市街地コースで、本社から天竜市を経由し、浜北から本社に戻る道順で、途中お決まりの車両を交互に乗り換えもする。

市街地を走ったフィーリングは、違うと言えば違う、変わらないと言えば変わらない程にセッティングはバッチリで、車両の個体差が有る程度にしか違いを感じない。強いて言えばスタート時に若干ガソリンが薄いかな?程度だった。

会社に戻って満タン法で燃費を計算すると、体感とは凄い物というか・・・、ノーマルと燃料噴射の燃費差は誤差程度しかなく、同じ24Km/L台だったように記憶しています。
その車両でヤマハコースでもテストを行ったが、S技師は「何かあったら心配」と言うことで、全開走行はしないようにと言うお達しが出る。ベンチで十分確認しているし、RD400には随分乗っている経験からすると、そんな心配は不要だとは思うのだが、テストの必要性になると別問題とも言え、高速道路の代用と言うことで100km超程度に抑えて走った。
そのフィーリングは、キャブレター仕様の4000〜4500回転で起きる異常燃焼領域がスムーズなこと、これは良かった。
キャブレターが見せかけの負圧変動でガソリンが”吸い出される”のに対し、吸入空気量に応じ、適切な量の燃料を”噴射”するのは正確だと言うことだろう。

う〜ん、これで燃料噴射の仕事も終わり? だそうです。まあ、二輪車にも本格的に燃料噴射が採用された時の基礎実験、資料としての役目は無事果たせたと言うことでしょうか。それにしても、自分がやった仕事の成果が世に出ないと言うのは、いささか寂しい気がします。でも、それまでの自分の”運”が良かっただけの話かもしれません。

この時期以前からRZの開発チームは大変だったようです。キャブグループ異動前、初めて乗ったRZの試作車はとんでもない物で、フレーム製作行程でミスがありフォークが1度傾いている物。その為思いっきり走ることは出来なかったが、RDよりも遙かに回転が上がるおもしろさの予感はあったのですが、問題を抱えたRZの開発は四苦八苦していたようです。

車体設計のT君から借用した、狂ったそのフォークアライメントのRZでゆっくり走っていると、一台のRZがカッ飛んで行った、そのライダーは長年2ストバイクの操縦性を見てきたYさんだったが、下りのS字をハングオンスタイルで駆け下りていく。
RDよりもバンク角が増え、車体重量も随分軽減され、運動性能が向上しているように見えたが、その2週間後くらいだったかな、YさんはそのS字で転倒し脊髄を骨折、長期の入院を余儀なくされた。

大きな問題は二つあって、コンロッドベアリングが保たない事とマフラーが折れる事。
あまりの高回転、市販車として長時間の運転に対応するコンロッドベアリングや、コンロッド自体の加工精度は未知の領域と言える物で、RD時代の部品では役に立たない。
ある車雑誌に書いてあったが、エンジン回転を10%上げるとエンジン耐久性が1/10になるという。決勝用F-1エンジンが2時間しか持たないのもうなづけるし、その昔、トヨタ2000GTがスピードトライアルで3昼夜、”たかが78時間”−そんな短時間でと言う意味、を走って13個の世界記録を作った事から考えると、RDに対しRZではピークを1500rpm上げたことは、それは大きなチャレンジと言えるようです。

RD400で初めて用いられたラバーマウント方式が、研究課開発の”オーソゴナルマウント”なるコンピューター解析で得られた振動低減方法に変わったRZでは、マウント位置が狭くなったことでエンジンの移動量が大きく、同時にマフラーの揺れも大きくなるのは当然で、結果は明白”折れて”しまう。RZ開発当初に、実験担当のIさんに言っていたのが現実の問題になったわけだ。〜この件については35話で書いています。

スズキのGT380がラバーマウントでもマフラー固定できたのは、元々3気筒エンジンが振動低減に効果が有る構造だったからで、(それなりの苦心もあったとは思うが)振動をうち消す効果が少ない2気筒のRD400やRZでは問題が大きいのです。
まあ、理論と実用の間には、それは大きな溝があるわけで、どんな工夫を施して現実の物にしていくか・・・、そこには実験担当者の知識と経験、そして”感”が無いと上手くいかない物だ。理論ですべてが作られるなら、ノーベル賞もらった人がごろごろしているか、逆に数年に一人もらえたらいい方かもしれない。

屈曲したヤマハコースでは、マフラー折損対策の効果が確認し難いので、東名高速を一定速度で走って対策品の出来を確認する事もしていたようです。
でも、高速走行中に折れると大音量を発するので、回収または交換しなくてはならない。そこで、なんと予備のマフラーを積んで走ったり、後ろからスペアパーツを積んだトラックが付いて行くと言うこともあったようです。

レーサー開発はともかく、生産車開発を行わない研究課が、理論を実験するのは構わないが、実用に耐える技術を公開して欲しいと思った次第です。同じ技術部内にあっても生産車開発行う部門とは考え方に大きな隔たりが有るように思うし、先の39話で出た”技術本部”がどのように機能し、現場がどう活用するか、難しいようです。

市販車では、クランク周辺のベアリングには錫メッキをされた物を使いますが、ロードレーサーでは銀メッキした物を使います。少し前に研究課から実験部に異動してきたD課長は、RZでの問題解決のために昔のよしみで、ファクトリーが使っている銀メッキベアリングを半ば強引に調達、これで解決かと思いきやコンロッドの加工精度がネックとなりなかなか思うようには解決しない、難しいもんだ。〜って、ファクトリーレーサーと互換性のある部品設計をしていると言うのも、実は凄い事かもしれません。

この後RZの開発最終段階では応援要員に駆り出される事態が発生する。