朝靄から良いお天気になるように、自分がした仕事が日を追う毎に結果が出て、次第に商品車としてはっきりとした形になって行くのは、何とも表しがたい感激がある。対して、世の中に出るかどうか分からない、物になるかどうかも分からない仕事というのは、深い霧の中で周囲がよく見えない、先が見えにくい地味なところがある。 〜感覚の問題なので、こういう表現をしました。 バイクが好きな少年だった頃の憧れであったバイクの開発部門に入ることが出来て、それもRDというスポーツバイクの担当を通して開発のイロハをAさんから学び、パッソルをはじめ、スクーターの開発では仕事の一部を任されて充実した仕事もできたし、先行開発の仕事として燃料噴射やキャブレターの基礎研究も行えて、ヤマハに入社以来凄く恵まれた環境の中で仕事が出来たと自分では思っていた。 キャブグループに異動して面白い仕事をさせてもらうことが出来た。商品化は当面無いにしても、既存のシステムを利用したとは言え、燃料噴射機構を2サイクルエンジンにも使用可能な事を、実走行レベルで確認できたし、つづくキャブレターの基礎研究についても、12月末の時点で結構良いレベルまで引き上げる事が出来て、残るは排気ガス測定を兼ねて細部の乗車フィーリングを改善していく作業が残るまでになった。そうしてみればこのプロジェクトの将来は明るいか。 ヤマハに入社し磐田に住んで7年目、パッソル開発の時を除けば、毎年の夏と正月は福岡の実家に帰省した。帰省する話が出るとよく言われた「俺ら地元だから帰省なんてないもんなー」と。 ある時は寝台特急で、ある時はバイクで、車でも自走で帰ったこともあればフェリーに乗って帰ったこともある。実際帰省ラッシュの中に帰ると、そりゃーもう大変です。混雑の中実家に帰り着くと、混雑からと20年育った地でもあることが重なって”ホッ”とする。 しかし、キャブグループに移って以降、自由な時間が増えて、それはモトクロッサーに乗れる時間が増えたり、書道の練習、酒飲み友達と飲む時間、音楽をじっくり聴く時間も十分にとれるようになった。 すると、余計な事を考える時間も増えたと言うことでしょうか、26歳になって”そろそろ”の一つが『結婚してーなー』と、思い始めたのもこの頃から。では生活できるか?と自問すると給料が少ないかなー。 職場で給料の話が出たとき、ある人から「笠君はいくらだ?」と、聞かれて当時の給料の額を言うと「それっぽっちか」と言われた。周囲の連中と較べて見ると遜色無いのだが、と言うことは仕事の実績面での評価は出ていない? オイルショック以降、バイク業界の好景気に支えられ、入社当時からすれば倍以上の基本給になっていたし、各種の手当を入れ控除をすると『う〜〜ん』、ある意味ショックだった、ほんと生活していくのには少ないねー。 それまでは、好きな仕事が出来て、趣味も出来ていれば、給料のことなどあまり考えていなかったが、将来のことを考えると『このままで良いのかな?』と、考え始めた。 そんなとき帰省で実家に帰ったこともあって、自室に一人で居るとき『このまま技術部でやって行くか、福岡に戻ってバイク屋をするか?』、そればっかり考えていた。 商品車開発から離れてたっぷりと考える時間が取れたせいもあるし、色々余計な?ことを考える時間もとれて、次第に区切りを付ける方向に気持ちが移っていった。これが、ずっと商品車開発の仕事を続けていたら変わっていたかも知れないけどね。 そんな事があって、冬期休暇が終わって寮に戻り、新年が始まって仕事を再開。 一緒に仕事をするS君には、それまで以上に仕事の進め方や目的などを理解してもらえるように時間を掛けるようにした。それは入社当時に仕事を教わったAさんから学んだことだ。それが出来たのも生産車開発でもなく、商品化を目的にしているでもない、スケジュールに追われていない仕事だったので出来た事とも言えるが、技術部で最後になる仕事かも知れないので、精一杯の仕事をしようと思ったわけです。これがもう一つの”そろそろ”だ。 但し、いきなり退社では不安もあったので、営業技術課への転属を希望として考えていた。 毎年、職掌転換試験が行われている中で”営業技術職”を選んだ。これなら所属長の推薦が有ればOKだ。 3月位だったか、ある時Sさんに「折り入って相談があるのですが」と、切り出すと、打ち合わせに使っている「会議室で聞こうか」となり、そこで私の希望を伝えると、突然の事に言葉を失ったというか、困った表情。それでも私の気持ちは伝わったようで、一応了承していただいた。後は、職掌転換の為、人事課と希望する営業技術課の面接を受けた結果待ちとなった。 その結果を待つ間もキャブレターの開発は進み、ベンチでの流量テストの結果を受けて実走行でのフィーリングと燃費比較。その結果から再びベンチでの改良、その繰り返しの作業を進めて行く。あちらを立てればこちらが立たず、それはキャブレターでは当たり前に起こることだが、謎解きや知恵の輪を解いていく面白さがあり、そこがキャブレターの神秘的な魅力の一つで、燃料噴射のようにたし算ひき算では片づかない。 そうした努力が実って、乗車フィーリングにいまいちの所はあるが、低地燃費や実走行の燃費ではノーマルキャブレターに遜色無い結果にこぎ着ける事が出来、馬力も同等の性能。 4サイクルのXS400は対米輸出もしている。と言うことは、排気ガス規制を受けるので、11Lapでの排気ガス測定も行った。 11LAP排気ガス測定は、専用シャーシーがあって、正確な濃度測定が出来るように排気ガスは室内排気ではなく、マフラー後端に専用アダプターを取り付けて室外に排気する。その途中に排気ガスをサンプリングするパイプが付いていて、そこから吸引した排気ガスの一部は排気ガス分析計に接続されたサンプリングバッグに貯められる。 シャーシーのローラー上に固定されたXS400の前には、11LAPをグラフ化した走行チャートがあり、時間経過と共にチャートが電動で移動するようになっていて、始動から発進、シフトタイミングと速度が決められ、停車するまでのおよそ15分程度だったかな、走行パターンを規定しているのが11LAPの中身で、カリフォルニアのとある車利用者が実際に走るパターンを規定化した物で、始動は一発勝負、当然暖機運転時間も11LAP内でしかできず、測定中の平均速度、サンプリングガス収集ポンプ作動回数なども規定の対象となっていて、測定は一日一回のチャンスしかなく、始動に失敗するとその日のデータは参考にしかならない。 チャート通りに走るのは難しい。グラフ状になっている加速・減速カーブに合わせてアクセルワークとブレーキングするのですが、シャーシー台上では景色が変わらないのは当たり前!ですが、加速・減速の体感もないので、速度を表すランプの上がり下がりを見つめながら、スロットルやブレーキを操作しなくてはならず、慣れが必要です。 シャーシーでの測定当初はまだセッティング不足だったし、少しでも排ガスを低く抑えようと、無駄なアクセルの開けすぎにならないようにとか、いろいろ考えていたんで、それが逆にチャートより遅れが出てアクセルを大きく開いて、結果加速しすぎたり、ブレーキを踏みすぎて減速しすぎたり、いやはや難しい。 それでも、シャーシーでの結果から対策セッティングを行っていくとスロットルレスポンスも良くなり、慣れていったこともあって測定誤差は小さくなっていった。 10月1日にメールをくれたS君へ 覚えていますよ、寮も同じでしたから「○○号室のSさん、お電話です」と、よく電話が掛かってきていましたねー、誰からやったんやろ? 今だったら携帯が有るんで便利ですけどね。 返信したら戻ってきていたんで・・・、またメール下さい。 |