開発物語 番外編 衝突試験&アンチロックブレーキ 

オートバイは構造上、衝突の衝撃を吸収する機能部分が少ない。また、タンクやハンドルなど操縦に欠かせないが、いざ事故が起きるとそれが凶器ともなる。
気質なのか、アメリカでは「問題解決は裁判で」と、言うのが定着しているのか、交通事故で障害を受けた場合でも、自動車やバイクの製造メーカーが提訴されるケースが有る。
ガソリンタンクの形状やタンクキャップの構造上の問題で車両火災が起きたり、衝突の衝撃で男性ライダーが睾丸を潰して摘出したために賠償請求されたとか、80ccのミニモトクロッサーに乗っていた子供が転倒した際にチェーンに指を挟んで切断、原因は「カバーが無いからだ」と訴えられたりするケースもある。

【衝突試験】
訴訟対策と言うわけでもないが、テストで使用して廃棄するのみとなったテスト車両最後の仕事として「衝突試験」に使いだしたのはRD400の開発を行っている時期でした。
ダミー一体120万円。関節は人間同様に動き、重量も生身の人間と同じに作られている物だが、車の場合と違いダミーに「指紋」までは無い。
衝突試験は騒音コースで行っていた。テスト車両をジャッキを使って立たせ、ダミーのライダーを座らせる。乗用車の前面には20mm厚位の合板を2枚重ねた物を鉄の枠で固定している。この乗用車で速度を変えながら何度かバイクに衝突するのを見たが、いくらダミーとは分かっていても40km/hでぶつかるとダミーのライダーは4m位上空に吹き飛ばされ、”ドッスン”と、落ちる。いい気持ちはしない。ぶつかるドライバーの方も同じらしく、やはりダミーとは思えないらしい。
この状況は高速度カメラで記録するし、ダミーが受けた力もセンサーでモニターしていた。

安全性の確認や検証作業に、このようなテストの重要性が認識され始めた頃です。
3気筒のGX750試作車の何台かを衝突試験器のあるカヤバ製作所(クッションを製造しているメーカーだが、ミキサー車の油圧装置もこのカヤバ製)に持ち込み、正面や角度を変えた衝突試験を行っていて、どのように損傷を受けるのか検証していた。
他に宙釣りした状態からの落下試験、屋外に設けられたシャワーテストシャーシーは雨中走行時の電装関係のトラブルが出ないかをテストする装置等も有りました。

【ABS試験】
現在、バイクの一部にはABS(アンチ・ロック・ブレーキ=ロックしないブレーキ装置)が装備されている。通常ブレーキを掛けるとワイヤーか油圧でその力を伝達し、ブレーキ装置が働いて制動が行われる。しかし、ブレーキを掛ける力が大きすぎるとロックしてタイヤがスリップし、制動距離が伸びたり2輪車では転倒することさえあります。
これを防止するために油圧を利用したブレーキでは、その油圧を電気的にコントロールして「ロックしない制動」を行うのがABSの働きです。
もう少し具体的に言えば、車輪の回転速度をセンサーが常に監視していて、油圧が掛かり制動力が増していくにつれタイヤの減速度も大きくなります。そして、「もうこれ以上減速度が大きくなるとスリップするよ」というセンサーからの情報を処理したABSコントローラーが、掛かっている油圧を減圧しスリップを抑える。その為、ブレーキレバーには油圧を抜く反応が伝わってくるのでフィーリングは良くないのだが、確実に制動距離は短くできる。

61〜2年当時から、ヤマハでもABS装置のテストを行っていて、これも騒音コース内に設けられていたが、全長30mくらいの超低μ路面(スキッドプレート)を設け、ここに水を張ると氷上路面位になるという。
当時、ABSの基本的な特許はBMWが持っていると聞いたことがある。開発すること自体は問題ないし、何より実際の「使い物」にするには基本特許だけでは作られない。出来れば基本特許に触れない、全く別の手法で作れば良いのだけれど、それは難しい。そこで、少しでも「実用新案」を見つけだして優位に交渉できるようにするのが開発スタッフの役目でもあります。

テスト車両に何を使っていたか忘れましたが、車体両側に2mほど有るアームを出し、その先端にはキャスターが付いている。スキッドプレートに進入しブレーキを掛けすぎてロックしても大丈夫、アーム先端のキャスターで転倒を防いでくれる。
一度だけ走らせてもらい、ABSを切って水が張られたスキッドプレート上でフロントブレーキのみ掛け、グリップ具合を指先で感じ取りながらコントロールするとABSをONにしたときと変わらない制動距離で止まることが出来た。つまりはパニックにならず、常に冷静なコントロールをすれば大丈夫なのである。しかし、それが出来ないから人間だ。

NHKの番組でABSの制動性能、安全性を実験した映像を見たこと有るが、80km/hからの急制動では僅か23mで停止したのを見せられると、改めてABSに良さを知る。

超低μ路面 : μ(ミュー)=路面の摩擦係数、μが低いと滑りやすく、高いと俗に言う「良くグリップする路面」と言うことになる。
一般の舗装路は表面がなだらかなアスファルト路面ですが、サーキットや、ヤマハコースなどのテストコースは特別な舗装でμが高い。
雪道や凍結路面はμが特に低く、人間の制動コントロール技術だけでは直ぐにロックしてしい大変危険である。そうした部分を補助する目的で付けられるのがABSである。