|
「土とは何か」そう問われて即答できる人は少ないと思う。
土なんか水や空気と同じで、あって当たり前のものであり、土が無い状態など想像
すらできないものである。
”米作りは土作り”とよく言われているが、肝心の土が分からないのに、どうし
て土が作れるのであろうか。
土は、けっして岩石や溶岩が細かく砕けただけのものでなく、動植物が地球に誕
生して以来数億年かけて出来上がってきたのである。数億年の間に、多くの動植物
が生まれては死にその個体を微生物が分解し、限りなく分解されたものが他の多く
の物質と混ざり地表に堆積してきたものである。
土とは、そのほとんどが無機物であり、土が直接植物の栄養になるわけでなく、微
生物をはじめ、多くの小動物の生活の場であり、住みかである。それらの生き物が
有機物を分解し肥料分となり、土に溶け込み蓄積されているのである。より蓄積さ
れた状態の土を我々は良い土と呼び、微生物の活動が盛んな土を健康な土と呼んで
いる。微生物なくして土は語れず、その複雑で微妙なバランスが土の命であり、微
生物の活動を必要としない化学肥料は、微生物を養わずミネラルも微量要素も生成
しない。つまりは、土がどぶ臭く死んだ状態であり、植物の健康を保証してくれる
状態ではない。
なぜ、川の土手や山の雑草はあれほど健康に生長しているのであろうか。無肥料
無農薬、不耕起、無除草、つまり人間が手を出さないのが最も健康なのである。単
一の植物を大量に栽培するにも、見習うべきは土手や山の植物の生態である。稲作
もこの状態に近づけることにより、丈夫で悪天候にも負けない稲が育つはずである
土を作るのに、大量の有機物を投入すれば良いのではなく、栽培する稲にとって
バランスの良い肥料を考え、投入した有機物はまず微生物の餌であり、住みかであ
ると認識し、人間のエゴと勝手をたんぼに押しつけてはいけない。あくまでも自然
の理にかなって行なうべきであり、膨大な時間と愛情の結晶が良き土となるべきで
ある。
|