故障顛末記

 走り始めて13年。腰痛や軽い脚の筋の痛みはありましたが、本格的に走れないという故障は初めてです。

 きっかけは、わかっています。
 6月14日の練習日記をみたら、久しぶりに走ったのに、調子がよくて自分の思っている以上に走れたと書いています。そしてその翌日は、調子にのりすぎて、脚が痛いということを書いていました。そのときから故障は始まっていたのに、そのときのわたしは、そうは思っていませんでした。
 痛みは3日ほどでおさまりました。痛いといっても走れないほどの痛みではなく、たいして気にしていませんでした。9月には丹後での100キロのレースを控えています。それにむけて、頑張ろうと思っていました。練習量はもともと多くなくて、ふつうにこなしていました。というか、丹後の準備ですから、峠を必ず走るようにと心がけていました。

 7月初旬に40キロほど走る大会がありました。
 この大会に出るときも、痛みがあって不安だったけれども、大会で走り出したら、痛みはほとんど感じることなく、そして大会のあとも、とくに変わったことはありませんでした。7月中旬まで、走っていたし、できるだけ歩くことも心がけていました。7月後半に出張が続いて、全然、走れなかったときもあったけれど、また8月になれば走れるとばかり思っていました。仕事が混んでいたということもあって、9日の明石練習会をきっかけに、お盆休み期間中、しっかり走りこみをしよう、今年は、稲荷山でトレーニングしよう、などと思っていました。

 左脚を前にだすときに、腰の下というかお尻の横というか、あとでわかったことですが中臀筋というところが痛むのです。走っているときだけでなくて、普段、フツウに歩くのも痛みつきです。
 
 8月9日の明石練習会では、とくに変わったことなく、走っていました。もちろん、いつものわたしのペースですから、かなりゆっくりということもありましたし、休憩もたくさんとっていました。でも、左脚を出すごとに悲鳴をあげたくなるくらいの痛みを感じていました。でも、それで走れないことはないので、走っていました。でも、こんなに痛いのに走っていたら、きっと別のところに負担がいくのでは、という不安は漠然ともっていました。
 それでも特別、気にかけることもなく、練習会はアフターでも楽しく過ごして、帰ってきました。

 その翌日、「この痛みはずっと、とれないかも?」と、初めて不安になりました。歩くときも左脚を前にだすときに「痛い」といいたくなるくらいだったからです。病院へ行こうと思ったのもこのときでした。
 6月からすでに痛みはありましたが、7月の大会は、そのことがとくに気にならず、走ることができました。痛いけど、丹後100キロも、このままいけるのではないかと、漠然と思っていました。でも、この痛みと共存したまま14時間はもちそうもない、このままいくと、別のところに負担がかかってしまうのではないかと、思いました。なんといっても、日常生活ですら痛みを感じているのですから、尋常ではないと思いました。
 それで、ようやく病院へいくことにしました。

故障してしまいました。

迷走はじまる。

 8月11日、病院へ行くことにしました。
 わりと近くの整形外科で、伏見地区の体育会系の御用達ときいているところです。ところが、ここが17日までお盆休みでした。
 18日まで、仕方ないかと、帰っていったのですが、せっかく今週は、わたしもお盆休みで、しっかり走れると思っていたので、なんらかの診断が来週までないというのは、不安になりました。それから、丹後100キロの宿泊先の申し込みの締め切りもこの時期だったので、大会に行くのかどうかの判断もしなければなりません。だから、やはり1週間の放置は、できないと思いました。
 帰りながら、うちのもっと近くに接骨院が開業していたことを思い出しました。そこに「スポーツ障害」というのも書いてあったので、そこへ行くことににしました。

K接骨院

 接骨院のドアを開けたときから、驚きの連続でした。
 まず、入った瞬間に「いらっしゃいませー」という体育会系の声、声、声。気合い、入りすぎです。こっちは痛くて弱って訪れているのに、まず閉口です。
 ドアを開けると、パイプ椅子が3列×4くらい並んでいて、そこでは、肩のマッサージをする人が座っていました。向って右手のほうには、ベットが6つ。ここでもマッサージをしている人が何人かいました。左には、全身のローラーが2台。それからパイプ椅子の奥に赤外線治療をするのに椅子が3つくらい並んでいました。
 接骨院というところへ行ったのは、初めてではないけれども、ここまで各自が治療(というかマッサージ)しているところが、オープンになっているのには、びっくりです。これだけ椅子やベットがあれば、そんなに待つこともないのか、「待合室」というよりは、待合スペースに椅子が5脚ほどありました。
 マッサージ師さんは、何人いらっしゃるのかちゃんと数えなかったけれど、5〜6人くらいでしょうか。わたしは人が治療してもらっているところを、ジロジロ見るのはなんかイヤだったので、できるだけ目をそらしていました。
 とにかくここの接骨院は、うるさいです。いわゆる体育会系のノリが充満しているのです。患者さんが入ってきたら、「いらっしゃいませー、○○さん」と必ず、名前を呼びます。よく、覚えているなーというくらい。そして、何分かに1度、名前の確認をします。マッサージ師さんの一人が、今、治療をうけている人の名前を順番に言って、それを受付の人が確認するのです。これもよく覚えているなーと思いました。それから、患者さんが帰るときには、全員が声をかけます。その時期は、丁度。お盆休み前だったので、「お盆休みになるから、あと4日、頑張ってきてください」ということを、ほとんどの人が言います。
 この時点で、かなりヤバイなぁという気はしていましたが、逃げ出すわけにもいかず、座って待っていました。たいして待たずに名前を呼ばれました。左側のベットの横に立って、「どうしました?」と。狭いスペースにたくさんの椅子とベットをおいているので、その様子は、まわりの人に全部、聞かれてしまいます。患者のプライバシーに配慮なんて、まったくなしです。
 
「左脚を前にだすときに、ここが痛みます」
 「あっ、ここね。おしり、臀筋ね。他に何かあります?」

 と聞かれて、わたしは、すぐ横で、肩のマッサージをしてもらっているのを見て、思わず「肩も凝ってます」と言ってしまいました。言わなければよかったのですが、なんか「肩もマッサージしてもらえるかも?」と思って、そう言ってしまいました。

 診察はこれで終わりです。この人は、わたしの痛みをちゃんと理解してくれたのだろうかと不安になりました。
 そして、まず、電気治療です。背中から腰にかけて、なんかつけられて電気でピリピリとやるのですが、これが、結構、強くてびっくりでした。最初なので、強いとも弱いとも言わなかったのがよくなかったみたいです。治療の前に「血圧は?」と聞かれた意味がわかりました。こんな強い治療やったら、高齢者はヤバイのではと思いました。
 次に背中から主に下半身のマッサージの始まりです。そのマッサージは、別に人によって違うとかでなくて、誰にでも同じメニューのようでした。痛いところだけでなく、全身を楽にするということかもしれないけど、でも、わたしは、「とっても痛いところがあって、ガマンできなくてきている」のに、この治療は、「違う」と思いました。でも、マッサージはとっても丁寧で、すっごい気持ちよかったです。そのあとの肩のマッサージも気持ちよくて、毎日でも通いたいくらいでした。最後のローラーもなかなかいい感じです。
 ここにきている患者さんは、電気、全身、肩、ローラーがフルコースで、あと赤外線が人によってという均一の治療をうけているように思います。わたしが痛いと訴えた箇所もマッサージしてもらえたけど、それが、わたしだけになのか、そのマッサージメニューに入っているのかどうかはわかりません。
 肩のマッサージが終わったときに「お盆休みに入るので、頑張ってきてください。朝7時からやっていますから」といわれました。オモテには「8時から20時まで」となっていて、休憩なしのすごい接骨院やなーと思っていましたが、7時から開業とは、これまたびっくりしました。
 ローラーが終わったときも、「明日も頑張ってきてください」と、とっても大きな声で言われます。
 そうそう、その接骨院にきている人はほとんど、高齢者でした。わたしだって、けっして若くないけど、でも、そこにいたら、とっても若い人でした。
 いろいろ驚いたところはあるけど、マッサージでとっても気持ちよかったことはたしかで、それで帰りに「今日は、初診料があるので、1100円ですけど、次回からは500円です」といわれたときには、またまた驚きでした。「この治療が500円でうけれるの!」です。わたしが、たまにいくマッサージだと8000円コースはすると思います。健康保険が効くって、すごいことです。
 そんなふうに、マッサージでたしかに気持ちよかったし、痛めているのが「臀筋」ということはわかったけれど、でも、ここに通っても、この痛みはとれないと思いました。でも、整形外科は来週まで休みだし、その週は仕事も休みだったので、月曜から木曜までの4日間、そこへ通うことになりました。

 翌日は、朝の8時過ぎに行きました。7時から開けていて、早出のマッサージ師さんが、朝食をとりに行かれるのとすれ違うところでした。何人のマッサージ師さんがいらっしゃるのかわからないけど、それにしても7時から20時までという、開業時間にはあらためてびっくりです。でも、通う側にしたらとってもありがたいことです。
 この接骨院のノリに、最初は閉口したけれども、慣れてきたら、こんなものかという感じで違和感をもたなくなりました。でも、入るなり「いらっしゃいませー! おしりどうですか?」と大きな声で聞かれるのは、いくらなんでも、ちょっと、、、と思いました。患者のプライバシーがないにも程があるぞ!と思いました。そうやって、痛いところは覚えてくださっていても、痛いところを積極的に治してもらえるとは思えなかったし、その前に、わたしの痛みを理解してもらっているとは思えませんでした。
 だから、ここの接骨院は、ちょっとした気休めとしてはこの上ないですが、ここでは何年かかっても治らないと確信していました。

K整形外科

 長期休暇のあとの初日の開業日、何時間でも待つという強い気持ちで行ってきました。
 きっと待合室はいっぱいなんだろうなと思ったけど、想像していたほどではなくて、座るところもあったので、ほっとしました。
 保険証を出して、問診表に記入をして、待ちました。整形外科というのは、どこでも同じかもしれませんが、患者さんのほとんどが高齢者です。それも女性が多いですね。
 でも、ここの整形外科はスポーツ障害をわりと大きく出しているからか、体育会系と思える患者さんも何名かみえました。
 どれくらい待ったか、もう忘れるくらい待って、ようやく診察です。「ここが痛い」ということを言って、すぐにレントゲンでした。左右の股関節を撮影するのですが、胃のレントゲンと同じようなベットであまりにたいそうなので、驚きました。まず立って、ベットが動いて横になって撮影すべきところの撮影をしていきます。個人の開業医でもこんな医療機器をもっているんやーと思いました。
 レントゲンを撮ってから、次の診察までは、自分のなかでは、わりとすぐと思っていたので、ことのほか長く感じました。別のリハをする患者さんもたくさん待っていて、ちょっとした混雑になっていました。そこで結構な時間、待つことになったのですが、高齢女性のおしゃべりを聞いていたら、おもしろいというか、「この人たちはみんな友達かい!」と突っ込みたくなりました。近所のスーパーのお総菜のハナシや、ホームヘルパーのこと、お墓参りのことなど、話題は尽きません。
 さんざん、待ってようやくまた、診察室に呼んでもらいました。
 「これが、左の股関節。これが右。股関節は異常ありません。キレイな股関節してますよー」。
 「(キレイな股関節????)」
 「ベットに上向きになってくだしさい。ここは痛いですか? ここは?」と聞かれます。
 この「痛いですか?」に正確に答えるのは、とっても難しいです。痛いところくらいわかりそうなものですが、身体のどこかを押さえたら、なんらかの痛みというか圧迫感は感じるので、その自分の特別な痛みを正確にどくたーに伝えるのは、慎重になります。それに、いろいろ押さえられているうちに、痛いのかどうかも、よくわからなくなってくるということもあります。
 再び、椅子に座って身体の図をみながら、説明を聞きました。

 「ここは腸剄です。ここに負担がかかると、その痛みが、下だったら膝に、上だったら臀筋にきます。」
 「あっ、そうなんですか」
 「走る前はストレッチ、してます?」
 「いえ、ゆっくりしか走らないので、なんにもしてません」
 「(紙を出して)、こういうストレッチをしてから走るようにしてください。たくさん走ったあとは、アイシングしてください」
 「走ってもいいんですか?」
 「はい、大丈夫です」

 ここまで聞いて、100キロの大会に出ていいかどうか聞こうかどうか迷って、結局、聞けませんでした。わたしのまわりには、100キロどころか、もっともっと走る人がたくさんいるけれども、やっぱり一般の人に、「100キロ」と言ったら、驚かれてしまいます。それに、今の自分の痛さと100キロという距離はつながらないような気がしたからです。

 ○先生の診断で、痛いところが特定できて、せっせとストレッチに励みました。
 脚をクロスにして前屈したら、横になって足をかかえたり、とにかく痛いところの筋を伸ばすストレッチをしました。
 痛みはかなり抑えられました。一番痛いときが10としたら、5くらい。でも日によっては8くらいになってと、根本的に治っていく感覚はありませんでした。走ってもいいと言われても、やっぱり歩いても痛いのですから、走る気にもなりませんでした。
 そうして、2週間経って、たいして快方にむかっているという実感もなく、エントリーしていた伊吹のかっとびマラソンをキャンセル、自ずと丹後もキャンセルです。心のどこかに、完走できなくても、とにかく行けるところまででいいから、走ってみたいという気持ちがありました。これまで、痛くても走れていたのだから、もしかしたら、走れるのではないかというのもありました。でも、やっぱりこんな状況で、スタートラインにたつのは、無謀だと思いました。
 そんなんで、なんか前が見えない状況で、秋の大会の予定も入れられず、ひたすらストレッチの日々でした。でも、このままでは、治りそうにもなく、思い切って鍼治療をうけてみようかという気になりました。

M接骨院にて、ようやく光が

 ここの接骨院は、10年ほど前に腰を痛めたときにお世話になっていました。そのときに初めて鍼治療をして、その後、右足のすね(走るときに蹴りだす筋)を痛めたときも鍼で治しました。
 ここの○先生も、結構、スポーツ障害では有名らしく、伏見工業のラグビー部の部員や、そこここの運動部系の御用達の先生のようです。この前のときは、どこかのチームの遠征に同行されたようでしたし、医院の壁には元ヤクルトの池山くん他、有名選手の色紙や、○○年度卒業生一同からの感謝の色紙などがズラリと並んでいます。
 もともと、ここの接骨院を知っているなら、最初から行けばいいものをと思いましたが、まず、整形外科へ行こうと思ったのは、とっても痛くて、骨になんらかの異常があるのではと、ちょっと深刻に思っていて、レントゲンは撮ってほしいなと思ったからです。それから、ここへいくと、当然、鍼治療ということになるので、場所が場所だけに、「えっ、ここに鍼を打つの?」みたいな感じで、躊躇していたのです。
 でも、やっぱりこのままでは治らないと思ったので、思い切って診察をうけてみることにしました。
 夕方に行くと、いつもは、待合室が体育会系でいっぱいなのですが、とってもすいていて肩透かしをくらったようでした。この接骨院へのもうひとつの躊躇は、体育会系の部員がいっぱいで、なんかそういう雰囲気が辛いなぁと思っていたことでしたから。
 問診表に、痛いところを書いて、それをもとに診察です。一番奥のベットへ行って、痛いところをみてもらいます。「ここ痛いですか? ここは?」という感じで、押さえてもらって、脚も横にして痛いかどうかなど。とっても答えやすかったのは、痛くないほうの右側を押さえて「こっちはこんな感じ」と、「痛い」基準を教えてもらえたことです。
 中臀筋の痛みで、ふくらはぎや大腿肢とう筋など、脚全体の筋力をつけて、治していってはということでした。
 「電気とマッサージでをしますが、鍼はどうされますか?」ときかれたので、「鍼をお願いします」と。ここの接骨院へきたのは、鍼治療をしてもらうのが目的でしたから。
 別料金3000円かかることも言われましたが、それはすでにわかっていたので、二つ返事でした。
 そのままの診察台が、上にあがって、鍼を打ってもらいます。痛くないことはわかっていたので、あんまり緊張しませんでした。最初に腰に打ってもらったときには、恐さのあまり、顔の表情が凍って、よだれたらりとくるくらい緊張してしまいました。
 あとで跡をみたら10箇所くらい鍼を刺したようです。結構、少ない範囲に、たくさん打ってもらったような気がします。そのあと、たぶん赤外線をあてるのか、よくわかりませんが、患部をしばらく温めます。それが、なんかとっても気持ちよくて、快適でした。慣れていたのか、治療も余裕です。
 何分かして、鍼を抜いてもらいました。「ジャージをあげて、そのままお待ちください」と言われました。そのときのわたしの状況は、うつ伏せになっていて、左の側面に鍼をうつので、ジャージとパンツを半分くらい下ろした感じです。でも、ちゃんとバスタオルかけてもらったりしているので、心配していたほど、イヤな感じはしませんでした。こんなことやったら、もっと早く鍼を打ってもらうべきでした。
 
 鍼のあと、マッサージですが、痛いところを「探りを入れる」という感じだったので、とっても気分よかったです。「このへんの奥のほうですよね」という感じで。
 マッサージしながら、痛みとしては、そんなにきつくないから、かえって治しにくいかもしれないこと、痛みをとることと同時に、補強の運動をしていくことを言われました。そして、夏に走りこめなかったので、秋からの大会参加の予定のないことを言うと、「ゆっくり治していきましょう」と言われました。
 ○先生と話しをしていて、とっても安心できたのは、「わたしが痛い」といっていることに、真摯に応えてくださったことだと思います。診察も、「ここは?」という感じで、いろんな可能性を探ってもらえたような気がするし、わたしの希望が、「走れるようになること」ということも理解してもらえたような気がします。
 マッサージを終えて、そのあとは電気治療です。
 吸盤を4つ、つけてもらって電気でピリピリとします。これも、結構、パンツをぴゃっとおろさないといけないので、あーん、ヤダヤダって感じなんですが、そのときはたまたま、女性の患者さんばっかりで、よかったかもしれません。タオルもちゃんとかけてもらえるし。でも、横に体育会系のお兄ちゃんがきたら、これってどうなるんだろう?と、今後に課題は残しています。
 電気治療をしながら、補強のレクチャーです。横向きになって足を上下にあげるのを30回、3セット他、3種類の運動を教えてもらいました。それができるようになったら、もう少し、難しいのも教えてくださるそうです。(その、30回、3セットですが、家に帰ってやってみると、とても30回できませんでした。)

 こうして、治療の日々が始まりました。
 これからどんなふうになっていくのかわかりませんが、頑張って治療していきたいと思います。そして、また楽しく走れる日がくると思います。それまで頑張ります。
 そして、また、経過も書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。(2003年9月6日)

花子のノート(top)

9月7日〜14日

 M接骨院へ行ってから、3日間くらいは、びっくりするくらいに痛みがとれました。こんなに簡単に治るのなら、なぜすぐに鍼へいかなかったのかと後悔したくらいでした。補強もだんだんと習慣になってきました。
 でも、4日を過ぎたあたりからすこしずつ痛みが復活してきました。本来なら、痛くなる前に治療に通わないといけないのででしょうけど、今週は外へ出ることが多く、帰りも遅かったので、結局、通院できたのは、最初に治療から8日後の12日になってしまいました。
 痛みのほうは、前に痛かったところより少し上にきているような感じでした。
 鍼を打ってもらいながら、様子を伝えると、「痛みが出る期間が長くなるように努力しましょう」ということでした。ところが、今回は、前のようにたいして楽になっていない(痛みがとれていない)という感じでした。マッサージもしてもらっているけれど、前のときに「すっと」とれた感覚が今回はありませんでした。
 そりゃぁ8日も開けたら、仕方のないことでしょう。マッサージだけでも、毎日、通えたらいいんですけど、なかなかそういうわけにもいきません。ちょっと痛みが回復(これを回復というのか?)して、今週は憂鬱です。

目標をもとう!

 出口のないトンネルのなかにいるような状況ですが、光をみるために目標をもつことにしました。
 12月23日の加古川マラソン(兵庫レディス)で、フルマラソンを走ること。これを目標にして、頑張ることにします。体重もしっかり増えたし、今はまったくの初心者ランナー状態ですから、ひとつひとつ積み重ねることで、加古川に結びつけていきたいと思います。

その後

 10月下旬より、軽いジョグをはじめました。念入りにストレッチをして、ゆっくりと平地を走りました。最大で60分くらい。思い切った練習ができないけれど、さぼりぐせがついているので、身体を動かしている時間を大切にしました。
 軽いジョグなら痛みなしでなんとかやっていけると思った矢先、11月に東京へ行ったとき、夜行の「ムーンライトながら」に乗ったもので、それでまた、左腰に痛みを感じるようになりました。これは無謀だと思いました。東京について、早朝に皇居を走っていたら、だんだんと痛みが復活して、なんかとっても暗い気持ちになりました。でも、皇居を走れて、嬉しかったです。
 それでも、以前のようや強い痛みはなかったので、少しは走っていました。そして12月初旬に20キロほどのマラニックに連れていってもらいました。心肺がもう全然、弱っていて、そんな自分にがっかりしました。途中、ストレッチをしないともたないようなところもあったけれど、でも、遅れながらも最後まで走ることができました。
 このマラニックで、加古川マラソンをどうするか決めようと思っていましたが、そのときは、まだどちらとも決めかねていました。

 その後、だんだんと痛みはなくなってきたものの、やはりあまりに練習をしていないので、こういう状況でフルマラソンに出走するのはとても無理と思って、加古川マラソンは走りませんでした。
 出走とりやめを決めるは、かなり迷いました。自分が走ることから逃げてるのではという気持ちにもなりました。たしかに故障していて、痛みも感じるのですが、そうやって言い訳しながら、走ることから逃げているような気がしていました。このまま、こうやって、甘えたまま走らなくなるのではないか、そんな気持ちにすらなりました。

 加古川マラソンのあと、つまり12月下旬頃から、ようやくほとんど痛みを感じなくなりました。これはちょっと今までにない状態で、嬉しくなりました。12月30日の納会では、とのときのわたしにしてはそこそこのスピードで走りましたが、なんとかもちました。でも、違和感がまったくなかったわけではありません。たしかに痛めていた左側は大丈夫でしたが、もしかしたら右側が痛くなるかもしれない、というイヤな予感はそのときすでにしていました。でも、それは決定的でもなく、新年は1日から、これまでの練習コースの峠や、北堀公園をそこそこのスピードで走ることができました。
 でも、6日に走っているとき、今まで左で感じていた痛みとまったく同じ症状が右側にも出てきました。右足を踏み出すと痛い、まさに最初の故障と同じ状態です。
 左の中臀筋が痛かったから、その対処をすればいいと思っていたけど、どうやら、そんな単純なものではなかったようです。かねてから、姿勢の悪さ、パソコンの前に長時間座っている生活習慣はあまりよくないと思っていましたが、たぶん、原因はそれだと思います。わたしは座るとき、極端に左側に体重をかけてしまうのです。パソコンの前に長時間座るようになったのも、実はきっかけがあります。5月下旬からしばらく、「なりすまし投稿」の被害にあいました。そのために、いろいろな掲示板をいつもみておかなととても不安になりました。また、やられているのではないかと、思ったら掲示板をチェックしないと気がすまなくなったのです。そのときの習慣がもしかしたら、故障の原因の一部になっているという自覚症状はありました。

 痛みが左右のどちらかに出るということは、もう痛いところだけの対処ではどうにもならないと思って、かねてから、今度いくならここと決めていたところへ行くことにしました。

I カイロプラクティクス院

 カイロというのは、国家資格でなかったはずだし、うさんくさいところもあるようなので、そういうところへはあまり信用していませんでした。I院も、あることは知っていましたが、とても自分から行こうとは思わないところでした。でも、坐骨神経痛に苦しむ友人が、木津町からわざわざ通っているということろで、そこで治療をうけることで、かなり快方にむかったと聞いたので、稲荷のその院に行くことにしました。

 1月7日に電話すると、その日はもう予約がとれなくて8日の20時に予約をいれました。紹介してもらった友人からは8000円ときいていましたが、でも、やっぱりちょっと不安でした。べらぼーに高かったらどうしようと思って。(院の待合室には、料金が書いてあって初診が2000円、施術が5000円ということでした。)

 カイロとか整体とかは、なんとなく身体をポキポキとするイメージがあって、どういうことをされるのかとっても不安でした。でも、友人が遠方から通っているところということなので、その点では安心していました。

 院は稲荷なので、自転車で行きました。電車という方法もありますが、往復300円をケチりました。治療が長引いたら、交通費もバカになりません。
 院に入ると、2人がけくらいの小さいソファがあって、右のほうからIさん(以下、先生と書きます。)が出てこられました。どうやら、受付のかたとかはいらっしゃらなくて、ひとりでされているようです。
 先生「はじめてですか? その用紙にご記入ください」
ということで、用紙に住所や名前などを書きました。医院でないので、保険証は関係なしです。必要事項なんかを書いて、そのあとに症状とかを書くところがあったけど、そこは、先生が「おうかがいします」ということで、聞きながら記入してくださいました。
 先生は40〜50代くらいでしょうか。よくわかりません。若いって感じではないです。

 先生「どうされましたか」
 花子「去年の6月から左の中臀筋が痛みます。脚を踏み出したら痛くて、8月からは歩くのも苦痛になりました。10月下旬から少しずつましになってきました。あっ、あのわたしマラソンをしているんです。10月末から少しずつ走って、年末にはほどんど痛みなしで走っていました。でも、3日ほど前から、今度は右の同じ場所が痛むようになりました。右足を踏み出すと痛いんです」
 先生「どこかで診断してもらいましたか?」
 花子「はい、整形外科にいきました」

 というこで、荷物をロッカーに入れて、ポケットに何も入っていないことを告げて、待合室の先の部屋に通されました。そこでまず、ひとりの人がベッドに横になっているのに驚きました。わたしひとりだと思っていたので。その人は、どうも電気かなにかの治療中のようでした。
 その部屋にはベッドが3つ、わりと接近して並んでました。予約診療だからいいのかもしれないけど、でも、ちょっとプライバシーないやん!と思いました。

 まず、上向きにベッドに横になります。この前の接骨院でもそうだったけど、「あおむけ」というふうには言わないんですね。「うつぶせ」は言うけど。でも、あおむけといわれて、咄嗟にどうしたらいいのかわからないのは、わたしなんですけど。
 身体の骨をポキポキするのかと思ったけど、どうもそうではなくて、脚をひっぱたり、曲げたり、横ににしたり。目をつぶっていたからわからないけど、どこかに目印つけるようなこともされていたように思います。そうして、腰の下に何かいれて少しあげて、腰の左右になんか置いて固定して。たぶん15分くらいだと思います、そのあと起きて、先生が「どうですか、脚を動かしてみてください」と言われたので、動かしてみると、なんとなく痛みがうすくなっているように思いました。
 
 先生「仙腸関節の右が1ヶ所左が2ヶ所(左右は反対かもれません)、開いているのでそれを固定してもとに戻すようにしました。1度では戻らないので2,3回続けてください。」
 花子「はぁ、そうなんですか」
 先生「筋肉ほぐします、うつ伏せになってください。」
 花子「は、、はい」
 先生「痛かったら言ってください、でも、少しは痛いものですから」

 花子は、マッサージは大好き。痛いくらいが丁度いいんです。そのあと、背中から腰まで、丁寧に押してもらいました。マッサージということではなくて、なんでしょうね。よくわからないけど、なんか気持ちよかったです。
 マッサージをうけながら、もう1度、自分のなかで、原因を考えてみたら、よくわからなかったので、マッサージが終わってから、もう1度、「仙腸関節ですか?」と聞いてみました。そしたら、先生は、もう1度骨の模型をもってきて説明をしてもらいました。
 ちなみに仙腸関節というのは、

 先生「これが仙骨、これが腸骨と呼んでます。それのつなぎのところが仙腸(せんちょう)関節といいます。この関節は、上と下の2分の1ずつの働きをしていて、左が2箇所、右が1箇所離れています。離れる原因は、なんらかの力が加わったからでしょう。ここが離れているので、その周りの筋肉に負担がかかって、それが脚を動かすときに中臀筋に痛みがでてきているのだと思われます」

 今までのわたしだったら、もう1度、診断を聞きなおすということはしなかったと思います。何人かの先生に診てもらってきて感じているのは、わたしは、「ここがこう痛い」ということを最初には言うけれどもそのあとは、あえてあまり何も言ってきませんでした。自分はどう考えるかということを言わず、先生がこう言うのだからその通りだろうという感じです。でも、そういう態度ってよくないんじゃないかな、もっと自分はどう感じているのか、自分のことをしっかり伝えないといけないのではと、思っていました。だから、再度、きいてみたのです。

 先生の再度の説明を聞いて、わたしはかなり納得しました。
 自分なりの素人判断で、姿勢の悪さを原因に感じていたのですが、それが関節を離す原因だと思えば納得できます。中臀筋に痛みがくる原因も、関節の異常→まわりの筋肉への負担→脚を動かすことで痛みと、つながってきました。
 このあとどうなるかわかりませんが、何度か通ってみて様子をみることにしました。

 治療をうけて2日後ですが、確実に痛みが薄れています。治療をうけてすぐは、もともと中臀筋が痛かったところの治療はしてないので、関節を治したからといって、その痛みが消えるわけではないからです。筋に負担のかからない関節になったので、きっとだんだんと回復してくる、そう確信できればいいのですが、まだ、ちょっとわかりません。
 これまで、いろいろと通ってきて、ダメだったので、今度もそうなるかもしれないという覚悟はしておこうと思います。

こちら

振り返り

 これまでの治療を振り返ってみて、同じ症例でも、ここまで診断も対処も違うものだと、驚いています。

 1軒目(接骨院)−言語道断。ただ、マッサージに毎日通うことだけをひたすらすすめられる。
 2軒目(整形外科)−中臀筋の痛みと診断。ストレッチを入念にすれば、走っても可。
              でも、歩いても痛いのに、走っても可って、とっても不思議でした。
 3軒目(接骨院)−マッサージと鍼で治療。脚の筋力がついていないなくてバランスを崩す。
             痛みをとりつつ補強運動をすすめられる。
 4軒目(カイロ)−仙腸関節の離れ。隙間を埋めることで完治する。

とまあ、こんな感じです。(04年1月10日)

カイロプラクティス その後

 カイロの治療は、毎週木曜日の夜8時から約1時間でした。治療をうけてすぐは、びっくりするほど回復したように思いましたが、1週間経つと今度は、反対側に痛みがでてきました。でも、痛みは確実に少なくなっているという実感はありました。
 2回目の治療が終わって、次、3回目に行く2〜3日前に、腰が痛くなってきました。だるくて座ってられない、寝ていても痛みで目が覚めるくらい痛くて、治療の日を早めにしてもらおうかと思うくらい辛かったです。3回目の治療に行ったとき、腰の痛さを言って、その治療なのかこれまでの続きの治療なのかよくわかりませんが、カイロの治療は続きました。
 そうしているうちに、腰というか背筋が痛くて、日常生活にも支障がでるくらいで、とにかく動かすのも痛くてどうしようもありませんでした。それでもう、8日の駅伝は別の方にでていただくことにしました。この時点では、まだ篠山は完全には諦めていなかったけど、でも、もう今シーズンはダメという、ほとんどあきらめの気持ちもありました。
 4回目の治療のときに背筋の痛さを言うと、ある箇所を治療することによって、それまで使っていなかった筋を使うことになって、そこに痛みが出るというもので、予想の範囲の痛みだそうです。でも、それにしても痛い。うーん、いいのかなぁ。なんか不安な気持ちもあるけど、まだ治療に通いだして1ヵ月。今の治療に見切りをつけるにはあまりにも早すぎるので、とにかく信じて治療を続けることにしました。
 でも、1回の治療が5000円。1週間に1回といえども、これが延々と続いたらそっちのほうも辛い。早く治さなきゃという気持ちがさらに強くなりました。5〜6回目の治療が終わって、辛かった背筋の痛みもなくなってきて、だんだんと痛みが少なくなってくると、そんなふうに治療費のことが気になってきます。どうしても痛いときには、お金のことなど考えないのに、人間はほんとうに「現金」なものです。
 6回目の治療が終わったときに、「もう、大丈夫です」と言ってもらえるかと思ったのですが、ダメでした。そのときは、少しまだ痛みが残っていたので、無理に終わってもまた繰り返すだけだと思いました。
 お金も惜しいけど、でも、それより完治することのほうが大切だからと自分に言い聞かせて、とにかく治療を続けることにしました。そうして腹をくくった7回目の治療で、ようやく「もう、予定の治療は終わりました」となりました。

 今後については、月に1回くらい予防的に治療をうけるか、故障のかなりの初期段階で治療をうけるかしてくださいということでした。
 たしかに痛みはほとんどなくて、いい感じです。
 やっと走れるはずが、めずらしく風邪をひいてしまって、走れていません。
 ゆっくり休んだのだから、あせって再開しても仕方ないので、仕事も一段落して、風邪も治ってから、走りはじめようと思います。

 これで、もう完治したのかどうかわかりませんが、痛くてどうしようもない状態からは脱することができました。
 半年以上、休んだので、ほんとに初心者に戻ってしまったけど、またボチボチと走りはじめて、いつか100キロ走れるようになりたいと思います。