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類人猿ターザン

 三枝さんの「本の話をする時は、読んでから言えーっ!」より。

(引用開始)
ターザンが自己を「類人猿だ」と認識しているから、感動するんだろうがーぁ。
類人猿に育てられたから、「私は類人猿だ」と彼は思い、そう署名するんでしょうが!
(引用終了)

 『ターザン』を実際に読んでいただければすぐわかりますが、ターザンは自分を「類人猿」だと認識しているというより、自分を「類人猿の仲間」だと認識している、というのが正しいです。ターザンはまず自分が他の類人猿たちと違う「毛のないつるつるの白い」類人猿であることに気づき(p.61〜あたり)、その後自分が生まれた小屋での両親の遺品との出会いから独力で勉強し、自分が人間であり類人猿ではないことに気づきます(p.84〜)。400ページ近い小説ですので、だいたい序盤でターザンが自分が人間であることに気づく、というのがおわかりいただけるかと。

 ターザンが、自分が類人猿ではない(人間である)ことを認識しているのは、次のようなシーンでも窺うことができます。まずはターザンと類人猿の群れのボス、カーチャクとの闘いの前のシーン(p.136)より(未読の方を考慮し、文字色と背景色を一緒にします)

(ターザンが)「おい!」と大声でいった。「カーチャクの仲間たち。偉大な殺し屋、ターザンがやったことを見ろ。おまえたちのなかでヌーマ(雄ライオン)の一族を殺したことのあるやつがいるか?ターザンは類人猿じゃない。だから、おまえたちのなかで一番強いんだ。ターザンは――」そこで絶句した。類人猿の言語のなかには、人間に相当する言葉がなかったからだ。

 続いてターザンが群れのボスの座をめぐって類人猿ターコズと対決し勝利したあとのシーン(p.151)より

「ターザンは類人猿ではない。彼は仲間とは似ていない。彼の流儀は、仲間のそれとはちがう。そこでターザンは、向こう岸の見えない大きな湖のほとりにある、自分と同族のねぐらへ、これからもどるつもりだ。おまえたちは部族を治める、べつのボスを選ばなくてはならない。ターザンは二度ともどってこないからだ。」

 ターザンは、ジェーンたちに会う(p.157〜)前に自分が「人間」であることをきちんと知っているし、また強力に意識しているのです!

"Tarzan of the Apes" は「類人猿の仲間ターザン」と訳すのが一番作品のニュアンスを伝えるのではないか、と私は思ってます。もちろんこれじゃ小説のタイトルとして野暮ったいわけですが。(「類猿人」という造語はいいセンスしてるなぁ、と思います)

 …そうそう、"Tarzan of the Apes" の訳が「類人猿ターザン」というのは別に間違った訳ではないです。(『ターザン』ではターザンが使う "TARZAN OF THE APES"という自分を表わすサインの訳として「類人猿ターザン」があてられています)"Tarzan"がどのような存在であるかわからない場合は "Tarzan of the Apes" は「ターザン = 類人猿」と理解するのが最も自然なんですよね。作中でも(ここからネタバレ部分は文字色を変更します)、ターザンが残した "TARZAN OF THE APES" というサインを見てジェーン達はターザンをサルだと思うわけです。しかしサルは英語を書けないはず。これはいったいどういうことだ…という誤解が生まれるあたりは作品のキモの一つだったりします……このあたりの誤解が醸し出す味は原文読んでもらわないとわかりにくいでしょうね。興味ある方は原文読んでみてください。日本語ですっきり伝えるのが極めて難しい、「類猿人」と訳してもいけない、そんな原作ならではの味がそこにはあります。

 三枝さんは【「私は類人猿だ」と彼は思い、そう署名するんでしょうが!】【ターザンは、「類人猿の群の一員」なんですよ。だから、そう署名する】などとおっしゃってますが、上記でわかるようにだからターザンが自分を類人猿と思っているわけではなく、なぜそのような表記をターザンが選択したのか理由を汲むのはとても難しいと思うのですが〜そもそも英語が書けるが発音を知らないターザンがどーやって自分の綴りを"Tarzan"と判断したのか、ってツッコミもありますが(笑)〜あえて説明するならバロウズがしかけた演出(意図的なミスディレクションを呼ぶ言い回しの選択)によるものであると思います。

 ところで『ターザン』はやっぱりおもしろいですねぇ。ターザンの雄叫びのシーンなどは本当によいです。実は私があの一連のやりとりをする前には『ターザン』はどこぞのジュヴナイル版を小学校のとき(9歳か10歳のころ)図書館から借りて読んだだけだったりするわけですが、原作に忠実なバージョンは伝わってくるパワーがやはり違うのでした。


『ターザン』…エドガー・ライス・バローズ 厚木淳 訳 創元SF文庫


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