ときどき日記




旅行
鱒釣り
山歩き
散歩
落語
など
をテーマとした
編集者の
趣味的雑文です

最近政治関係の文が多くなったのは社会情勢の影響です。あしからず。


更新履歴は残しません。
駄文はただ消え去るのみ。


■サイト内リンク■


編集者の著作紹介


フライングジーメン


トップへ戻る


2019年8月1日




 写真は、日本ではいわゆる「レンブラント光線」と呼ばれる現象。世界的にどう呼ばれているか知らないが、以前にニュージーランドに釣りに出かけた際、同様の光景に出くわし、同乗していた現地の釣りガイドに「日本ではレンブラント光線と呼ばれているんだ」と話したら「なるほど!」と感心した様子で応じていたから、もしかしたら英語ではそういう言い方はないのかも知れない。
 かなり広範囲に拡がって見られたので珍しく感じて持ち合わせのデジカメでオートで写したものだ。フィルターなど使っていないからうまく写っていないかな、と心配したが、わりとはっきりと写っている。ただし、実際の映像よりもかなり暗く写っている。当日は雲は多かったもののもっと明るい視界だった。


 話はいきなりかわって、参議院選挙である。
 選挙後の「東京新聞」を読んでいたら、各政党や候補者の得票数の一覧が掲載されていた。それによると、今回の参院選での自民党の得票率は18.9%で前回の21.3%より下がったにもかかわらず、議席数は逆に前回の49.3%から51.4%に上がった、という結果が書かれていた。
 また、比例代表で99万票得票の候補者が落選し、選挙区で18万票あまりの候補者が当選したという事実も報告されている。選挙区の当選者でくらべても、東京選挙区に得票が49万票あまりの落選者がいる一方、18万票あまりで当選した山梨の当選者がいる、という現実も報告されている。
 1票の格差、ということがよく言われ、今回も約3倍の格差があったようで、各地で選挙の無効を求めて一斉に訴訟が起こされている、という記事もあった。これは、ここ何年も同じことが繰り返され、**倍程度だから違憲ではない、などという判決がいつも判を押したように出され続けて久しい。
 しかし、今回の「東京新聞」の記事を読むと、比例と選挙区で単純に比較するのがいいのかどうかわからないにしても、一方で99万票獲得した候補者が落選し、18万票で当選した候補者がいたというのは事実で、そうなると、格差は3倍どころの話ではなく5倍の格差があるという計算になる。
 さらに驚くのは、選挙民の約19%しか支持がない政党が過半数の議席を占めることが出来る選挙制度というものは、いかがなものなのか?という大いなる疑問が、いつものことながらわき上がってくる。
 しかも、その多数政党が、多数決を強行して、次々と自分たちに都合のよい政策を決定し、反対意見を退けている。これがはたして健全な民主主義といえるのか。
 いまの政治には、数えきれないほどの問題点があるが、一番の問題点は、こうした不合理のもとに長い間選挙が行われてきたことにより、国民のあいだに抜き差しならない形で蔓延した政治に対する不信感や無力感が形成されてしまったという点にある。
 衆院選においても小選挙区制度では、投票者の半数以上の票は死に票となり、投票者には選挙後いつもむなしい無気力感だけが残る結果になる。小選挙区制度もこうした選挙民の無力感を生む大きな原因の一つだから元の中選挙区制に戻すべきだ。
 だから、真っ先に改正すべきは選挙制度そのものなのだ。  このことが低投票率の大きな原因のひとつになっているのではないのか。まあ、選ばれる側の議員がその制度を自分たちの都合のいいように変えてきた結果なんだけどね。
 しかも、約五倍もの格差のなかで選ばれた議員が、国会の議決で投票する時は同じ1票、というのも、どう考えてもおかしい。 いっそのこと、党それぞれの得票率をその党の議員の人数で割って、たとえば、全体で100人の議員がいたと仮定して、20%の得票率で20人の議員がいる政党の場合は一人1票、25%の得票率で50人もいる政党の場合は一人は1/2票として計算して議決するようにするなどしたほうがいい。
 選挙制度も、国会議員が決めるのではなく、完全な意味での第三者機関をつくり公平にやるべきだ。
 そうすれば、少しは、選挙民の意志というものが国会の議決に正しく反映されるようになるのではないのか。
 とにかく、現在のあらゆる日本の現実を考えるとき、自分個人の常識とメディアや政治、制度などの常識とあまりにかけ離れすぎていて、頭がぐちゃぐちゃになり気が狂いそうになる。
 無視して、自分の楽しみだけにふけっていればハッピーな国なのかもしれないが、そういう人間が多いこともこうなってしまった原因の一つなわけで、どうにかならないものなのか、まったく!

 それにしても、テレビ各局は選挙結果の分析などそっちのけで、吉本芸人の闇営業問題の火消しに躍起になっている。吉本とべったりのテレビ業界にしてみれば対岸の火事でなくて、まさに自身の死活問題にかかわってくるからだ。
 ところが、最近(7月31日)、ごく一部を除いて、突然一斉にテレビのワイドショー番組から吉本問題が消えたた。どうやら、ある週刊誌が吉本に投入されている122億円の公的資金の問題を素っ破抜いたかららしい。
 この問題、モリカケ疑惑と同様に政権との癒着構造が裏にあるらしい、とは、さる批評家の指摘なのだが、いかにもありそうな話だ。
 モリカケ問題は、若者や一般大衆などにはあまり関心のない問題だったが、吉本問題はメディア大好きな大衆一般の最大関心事だ。それが、突然一斉にメディアが報じなくなったのはなぜか?誰でもがおかしく思うよね。なーんでか?それはね・・・・。