私たちが案内されて行った広間はベールイ・ザール(白亜の間)。
 

壁も床も柱も天井もすべて白。調度品も白。
真っ白なテーブルクロスが掛けられたテーブルの上には、真っ白なディナー・プレートに孔雀をあしらって折ってある糊のピンときいた純白のナプキン。
プラーガのネームの入っている銀のカトラリー。
テーブルの中央には、銀の燭台に飾られた真っ白な長ーい蝋燭が何本も点火を待っています。
ざっと見ても百席は下りません。それぞれの席は同じ格好をしてお客を待っています。

天井にはボヘミアのクリスタルグラスで作られたに違いない直径1メートル以上もある超豪華なシャンデリア。
とどめは、広間中央にデンと置かれた白いグランドピアノ。

巨大且つ超豪華なしつらえ。

テーブルの合間を縫って黒の背広に黒の蝶ネクタイをした上背のある、整った顔立ちの給仕人がゆったり、いや、むしろ悠然と行き交っています。
 

さあて、私たちは どんなものを注文しようかしら・・・・。ねえねえ、ヘンヘン、メニュー見たら、何が書いてあるのかわかるかなあ。
英語でも書いてあるのかしらねえ。
どうしよう。何にもわかんなかったら・・・。
メニューの中に特別オススメ料理というのがあるのかしら・・・。そんなこと尋ねても馬鹿にされないよね。
田舎から突然都会のど真ん中に出てきたおのぼりさんよろしく、ハラハラ・ドキドキ。
 
 

さあ、生後2ヶ月のびーびーを横の椅子にゴロンと置いて、用意、オー・ケー
 
 
 

ところが、待てど暮らせどメニューを持って来てくれないのです。
「どうなってんの?ちょっと、あそこを歩いてる給仕人に聞いてみたら?」
「う・うん。」
こんな時、最初に切れるのがドゥニャンって相場は決まっているんです。早くメニューを見てみたい、早く食べたい。
「ねえ、ボーイの人をよんでよ。」
「う・うん。」
「ほら、今、通って行った人、さっきからただブ〜ラブラと歩いてるだけだけど!」
「そうだねえ。」
「ここのボーイさん、扉を開けたり閉めたり、廊下を行ったり来たりしてるけど、な〜んにもしてないんじゃあないの!!なんで遠慮してんのよ。早く来てっておねがいして!!!」
「う・うん。でも、横にいるあのお客さんたちも何もしないで待ってるよ。」
たしかに・・。ボォーとただひたすら待っているのは、中年にさしかかった小太りでテカテカ赤ら顔の、ロシア人にしては上背のない男の人。目の粗い毛のジャケットを着た普通の(ごめんなさい、ここで普通と言うのは党の幹部のようには見えない、という意味)ごま塩頭のおじさんです。
私たち以外にこの広い部屋のお客と言えば、かの男性たち。黙々とおとなしく、しかつめらしく待っています。
「じゃあ、いつまで待つのかしら。ねえ、どれくらい待つのか教えてもらえないのかしら。」
そうです。ここモスクワでは、待ち時間をストレスを溜めないでどういられるかが心身の健康を左右します。でも、ドゥニャンはとてつもなくせっかちで喧嘩っ早いのです。
「ヘンヘン、今度ボーイさんが入って来たら、メニュー下さいって言ってよね!!」
「う・うん。」
もう、テーブルに座ってから、ゆうに30分は経っています。充分、待たされました。まだまだこれから先、メニューを見て、決めて、注文して、料理を持ってきてもらって・・・・。メニューに分からないものがあっても分からないなりに当てずっぽうでとにかく籤みたいな料理選びをしなければないし。のどが渇いたってこの調子じゃあ、お水グラスにいっぱい貰うのにもどれだけの労苦が待っているのか。はああ〜〜〜。

もう、いい!!自分で言うから!!!!」
びーびーに授乳中のドゥニャンはお腹がぺこぺこ。もう、一時近くになっています。

イズヴィニーチェ。(すいません。ちょっと、そこのおにいさん、すいませんってば〜)」
「はい、マダム。」
あっら〜、おくさまだなんて・・・。

「ただいま、係りの者が参ります。このテーブルの係りはわたしではございませんので。」

マダムなんて、言われて機先を制されたのですが、またもやメニューは頼めません。テーブルによって係りが決まっているのです。
でも、はっきり言って、マダムとドゥニャンを呼んだあんた!あんた、さっきから、ちっとも仕事してないじゃないの!!そうです。仕事のあるボーイは多く見積もっても、今日のところは3人です。なんて言ったってヘンヘンとドゥニャンと件の男の人たち、3組しかお客はいないのですから。他のテーブルの接客係には仕事をする必要がありません。ウロウロしているだけでいいんです。

こんなに無駄に待たされるなら、来なきゃあ良かった、ほんのチョットした好奇心が仇となってこうしてドゥニャンを苦しめます。 (この弾丸のような好奇心、どうにかなりませんか?もし、その御しかたをご存知の方はどうぞ教えてください。いつもこの好奇心で失敗するのです。)
 
 

でも、さすが、ここはレストランです。とうとう私たちはロシア料理の一流のフルコースを頂けたのです。(メニューは次回に・・・。)
ただ、レストランを出るまでかかった時間は3時間を超えていましたけれども・・・ネ!!
 
 
 
 

ところで、例の赤ら顔の紳士(?)たちは一体どうしていたと思われますか?
彼らは私たちよりもまだまだまだまだ、同じ格好でとにかく静かに2時まで何もせず、ひたすら、待っていらっしゃいました。

時は、ゴルバチョフ時代。節酒令が世間を震撼(?)とさせていた頃のことです。
終日の節酒はよもや無理。自分の政治生命に関わると見て取ったゴルビーは、午後2時からならウォッカを飲んでもよろしいと御触れを出した頃のことでした。

ウォッカはすでにちまたでは貴重品に近く、なかなか売りに出されません。だから滅多にない売出し日には、酔っ払いたちが朝から酒屋の前でゾロゾロゾロゾロやって来ては集まります。最初は同じ酒好き仲間、話はとても乗っているようですが、売られる時間と相成ると、酔っ払いたちの目は血走り、顔はますます赤くなり、頭からは湯気が立ち上りそうなほどの興奮が見て取れます。
3度の食事よりもウォッカが好きな猛者たちは、仕事があるのもなんのその。悪びれもせず、行列に居並んでいるのです。
ウォッカ販売時には、必ず警官が出動するのですが、彼ら公務員(ソ連時代はみーんなが公務員だった)たちを職務怠慢の罪でしょっ引くというようなヤボな真似はいたしません。
とにかく、ウォッカを売る時に必ず起こる喧嘩さわぎや暴動に歯止めをかけ、あわよくば「自分にも一本」と思ってるわけですから。

ウォッカを買うまで何時間も何時間もいやあまつさえ何日でも、自分を熱く燃やしてくれる彼女(ウォッカはロシア語では丁度いいことに女性名詞なのです。)を待って待って待ちまくっているのです。
ウォッカはロシア人男性にとって恵みであります。母なる大地と同様、人生の中で私たちの想像をはるかに超えて、情熱の源、力の根源です。自分とは切っても切れない必要欠くべからざるもの。それは恋人であり、母であり、至高の快楽であり、人生そのものでもあるのです。だから、仕事なんておっ放り出して、さらにウォッカを求めて、男たちのあくことなき闘いが酒屋の前で繰り返されるわけです。
 
 

件の男性たちも2時間待つのなんて、なんのその。こうやって人生の快楽切符を手にした彼らは、ただひたすら彼女が熱く熱く喉を過ぎ越し、五臓六腑にジンと染み渡らせるその瞬間を舌なめずりして待っているのです。
彼女を待つ時間たるや何時間でも何日でも苦痛でもなんでもなく、仰ぎ見るがごとく拝み倒しているのです。
 
 
 

 
モスクワ屈指のこのレストランで彼らが注文していたのは、ウオッカとパンだけでした。