ロシアの集合住宅は入り口がいくつかある。そしてその入り口に何軒かのドアが寄り集まって一つの玄関を作っている。
その玄関には必ずと言っていいほど、クリドールと呼ばれる15畳ほどのスペースがある。
引越し以来、そのクリドールに時代物のピアノが白い布にくるまれて鎮座ましますのを横目でチラリチラリと見ていた。
ある日、意を決して、見たこともないお隣さんの呼び鈴を押して、ピアノを借りられないかと聞いてみた。
「いいわよ。今度、夫のあいている日に持って行ってあげましょう。」
その”今度”がきのうであった。
ロシアのドでかい男の人・3人。
「オイ」(陣痛でうなっているときもロシア人は’オイ’と叫ぶ)と、うなりながら、汗みずくになってピアノを運んでくれている。うちのドアにくるとピアノの鍵盤部のでっぱりがどうしても邪魔になって入らない。
「ドアを取ってしまうか。どうだ。」
「いや、取れそうにもないなぁ。」
蝶番をみながら、男たちは相談している。さもありなん。そう簡単に蝶番が取れてもらったら困るのだ。泥棒さんがひっきりなしにやってくるし、ちょうつがいを外すことなんてお手の物なのだから。
「さて、どうする。」
わが夫は、ジィーっと見ているだけ。いかにも弱腰。手伝おうとはするのだが、邪魔をするだけみたい。とりあえず、ピアノに触ってみようとはするのだが・・・。意味はなんにもない。
あのクソ(ごめんなさい。品がなくて。)重たいピアノを横倒しにして、傷がつくのもなんのその。
ガシガシいろんなところにあてまくって、我が家の居間に到着した。
またまた、横倒しにしたピアノを立て直して。
「これで、全部だ。」
と、野太い声を立てて帰っていった。
「ありがとう。」と、お礼を言う暇もなくピアノとわたしたちは取り残されていた。
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