1998年12月23日(水)

昨日は久しぶりに氷点下。おとついまではうららかな日でプラス1度・2度の日が続いていた。
マイナス10度の日となると、マドンナに走ってもらおうとすると、必ずエンジンを10分ほど前から暖めておかなければならない。

わたしたち一家は、下の娘の友達の家に招かれて、家から車で約1時間半ほどのところへ行くことになっていた。
夫は、娘やわたしより先にマドンナを暖めに家を出ていた。

用意万端整えて、おもむろに子どもと共に外へ出た。

マドンナを見ると屋根にも前の座席のガラスにもうっすら雪が積もっているではないか。
夫が、先に家を出て、マドンナのお守りをしてエンジンをふかせて待っているはずなのに・・・。
雪が積もっているのはおかしい。
フロントガラスのはすっかり取り払われているが、前部助手席の窓のところに雪がある。

おかしいなぁ。

不思議な思いでマドンナに近づいてみると、マドンナのその他の窓の雪はすっかり払われている。

どうしたんだろう。

助手席の窓の端に積もっている雪を払おうとすると、スっと手が中まで入ってしまう。



えっ!!




うっそー!


窓ガラスが・・・






な・






と、いう事実を認識するまでにかなりの時間がかかっていた。

積もっている雪だと思い、払おうとした白い粉々に砕けたものは、窓ガラスの破片だった。



マドンナの中の様子を見てみると、細かく砕けたガラスが座席一面に散らばって、目も当てられない状態である。

近くには夫の影もない。



どこにいるんだろう。




「ヘンヘ〜〜〜〜ン!!」

ドゥニャンの頭の中は真っ白になり、悪寒が走った。

暴漢に襲われ、どこかへ連れ去られたのだ。



もう一度、マドンナの中を見てみると凶器となったであろう大きなボルトが転げ落ちている。

あんなもので頭を後ろからガツンとやられたら、ひとたまりもない。


これはロシアナンバーだが、持ち主が日本人と分かっての犯行か。極右ロシア民族主義者たちの質の悪い嫌がらせかもしれない。ここは外国人専用アパートでもなんでもないから、危険なことは危険だったのだ。
普通、駐在員たちは外国人専用アパートで警備員に守られながら、生活している。そこに住むのが、外人である私たちにとっては、当然なのだ。だけど、家賃が高すぎて支払えないから・・・。


やっぱり、ヤバイよ。やばすぎる。
わたしの頭の中を、悪い考えが全速力で突っ走るように駆け抜けていく。



「パパが大変。」
上のむすめは蒼白になっている。


「パパ〜〜〜〜。」「ヘンヘーーーーーーーン。」

わたしたちの叫び声だけが、冷たい空気の中をつんざくように広がって行く。
それと同時に不安も心のいっぱいに広がってくる。

「パパに何かあったら、どうしよう・・・。」
上の娘が心細いことをつぶやく。









そこへのっそりと、
「心配するかと思って、家まで迎えに行ってた。」
と、現れたではないか。


とりあえず、命に別状はなかったと、一安心したが、見れば見るほど、マドンナは悲惨な状態である。マイナス10度の中、窓がない!!
ガラスの破片はそこらたしに散らばり、どこから手をつけていいのかわからない。

「こんな時に、ハンドクリーナーが便利なんだよな。」




「う〜〜〜ん。ハンドクリーナーねぇ。あるわよ。あるある。」
「ほら、あれよ。」
「あ〜、藁でできたほうきね。」


分厚いコートに身を包んだ大の大人が自動車の両側からおしりを突き出してなにやらゴソゴソしている様は、傍目にはおかしかったかもしれない。しかし、当の本人たちはガラスの破片で怪我しないために細心の注意を怠らずに一片ずつガラスを取り除く。
この頃のロシア製の車のガラスも日本製の車のように粉々になるようにできているのだ。一昔前までは家のガラスと同様、パキンとすじをつけて割れたものだったのだが・・・。



とりあえず、危ないところのはすべて取り除いた。



「この寒さの中、友達の家へ行くのは大変だよ。タクシーででも行くか。」
「そうねえ。でも、何だか行く気なくしちゃった。Iさんへは、事情を話して、お断りする。」
「そうするか、じゃあ、家へ帰ろう。」



ドゥニャンも子どもたちもショックと安心感が入り交じって、疲労困ぱいしてしまっていた。



Iさん宅へ電話をしてみると、Iさんの自動車もつい1週間ほど前に同じことを、15・6才の少年ギャングにやられたとのこと。

同じ痛みを持つ者同志、話しは盛り上がりそう。それを聞いた途端、ドゥニャンはすぐまた、行く気になってしまった。



下に降りてマドンナを見ると、窓を割られても「痛い」とも言わずおとなしく、おっとりと鎮座しているではないか。
なんだか、可哀相になって、乗って行ってあげよう!
と、いうことになってしまった。



「ママ、今日のマドンナちゃん、かっこいいよ。これでもオープンカーだもの。空気が入って気持ちいい。モスクワの排気ガスまでいい匂いだねぇ。」
と、なつめ。
「うんうん、気持ちいいよぉ。風がビュンビュン来てさ。」
と、あびと。



まったく、なんて奴らなんだ。うちの娘たちは・・・。



こうしてマイナス12度の中、オープンカーに乗って1時間のドライヴにでかけたのでした。

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