6月6日(日)

今回はロシア文学のハナシ。いつもと同じように最近まで先生が何をいっているのかさっぱり分からなかったなつめ。

だけど、今回の進級試験には、
プーシキンの秋の詩とレールモントフの「(船の)帆」という詩を暗唱した。

その上、前にも書いたように、「星の王子様」を全編読んで、概要感想を書いて覚えた。それを4人の試験官の前で披露しなければならなかった。

試験官の先生方はなつめの朗々たる詩の暗唱に驚きのため息を漏らされたという。
誰もがこれほど彼女がやれるとは思ってもみなかったのだ。一学年が終わるといっても、9月からまだ、ほんの9ヶ月しか経っていない。
どれだけ彼女が授業内容を理解しているのかも定かではなかったらしい。



なつめは3才8ヶ月から5才7ヶ月までロシアに前回住んで、ロシアの保育園に通っていた。だから、ロシア語は驚くばかりにペラペラで、モスクワっ子と同じくらいにきれいな発音で喋るわよ。と、近所のおばさんたちによく言われたものだった。

ところが、今回ロシアに来た時にはそのロシア語はすっかり忘れ、大人の私たちが外国語の勉強をするのと全く変わらないくらいになってしまっていたのだ。ただ、大きく私たちと違っていたのは、体の奥深くに眠っていたロシア語の発音。
ロシア人の誰もが舌を巻くほど、彼女の喋るロシア語にはアクセントがない。生っ粋のロシア人が喋るロシア語を話せるのだ。
その昔、苦労した甲斐(?)があったかな。と、わたしとしては思いたい。だって、あの10年前のモスクワ滞在は貧乏の上に町には物はなく、あびとが赤ん坊だったということでとっても辛かったんだもの。


ただ、やはり、外国の文学を外国語で理解するというのは至難のことである。なつめにとって理解できるのはほんの一部でしかない。でもそのほんの一部でも詩のリズムを楽しみ、理解できるというのは素晴らしいことではないか。
わたしには真似の出来ないことである。


ロシア語の文法の時間。

クラスメートたちはヴィクトル・ユーリエヴィッチの言うことがよく分かって、ノートにどんどん取っていくが、なつめはポツネンと取り残され、不思議な空想に誘われてしまう。
いや、これでは駄目だと、ノートに専念しようと叱咤激励してみるが、空しい。
それで、毎日の夕ご飯のメニューのことなんかをフワフワと考えて、つまんないなぁと、ノートにその時の気持ちを、日本語で綴ってしまうのだ。

ロシア語の文法は当のロシア人の子どもにとっても、日本人にとっての漢字みたいに大変なものらしい。だから、本当に理解できる子どもの数は少ない。
そんな内容だから、余計になつめには退屈である。
それをどうするのか。空想にふけるか、はたまた昨日の些末事をいちいちノートに書き連ねていくか。便利なことには、どんなことをノートに書いても、それが日本語で書かれている限り先生にはわからないことで、静かにまじめそうに振る舞っていれば、先生はなつめをいい子どもだと思ってくださる。


この文法の時間と歴史の時間にはなつめはウンザリしていたらしい。


歴史の先生は校長先生でもあり、クラスの担任でもあるパーヴェル・パーヴロヴィッチ。
よ〜く聞いているとこの先生はお話が上手だ。その上、好きである。ふんだんな歴史の知識を披露して余りある程、まだまだお話は続く。
ところが、それをむすめは理解できない。流暢なロシア語というものは大変な難物なのである。それにパル・パロチ(私たちの耳には先生を呼ぶ時、こういう風にしか聞こえない)のお話は非常に静かでよどみなく、リズミカルで美しくすらある。
すると、その軽快で滑らかなリズムに誘われて、むすめの目はぼんやりと夢見がちになり、頭はホンワカと麗しきしとやかな流れの中に委ねられ、どうしてもどうしても目を開けていられなくなってしまうという苦しい状況に追いやられてしまうようになるのである。
ただし、こうなったのは学園生活もようやく慣れた半年頃から。
その前は、パル・パロチのおハナシを聞かねばならぬと、とても緊張していたので、時々、授業中に「キャっ!」と、声を上げてしまいそうになってしまうと言っては悩んでいた。
緊張感が取れたのは、お正月が過ぎて、なつめが歴史の授業もなんとか辞書を調べていくようになってからのようである。少し余裕が出て来た娘であった。


地理の先生はマリーナ・ウラジーミロヴナ。めがねをかけた女の先生である。
なつめによると、特徴のあまりない仕事をソツなくこなす先生だそうだ。あまり熱心すぎることもなければ、力を抜いている風でもない。ロシアでは先生は馬鹿にされるか、尊敬されるかどちらかでしかない。ただ、この先生は尊敬されている。
馬鹿にされている先生の授業は、生徒による授業妨害で無茶苦茶になるのであるが、マリーナ・ウラジーミロヴナはきちんとした雰囲気の下、着実に課題がこなされていく。
ロシアでは、日本のように、先生と生徒との個人的な関係はほとんどない。先生と雑談に更けるとか、中学生の荒れている生徒に対して先生から歩み寄ってハナシを聞いてやろうという風な恩情もないそうだ。だから、ひたすら授業をやり、授業が終わればおしまいというのが徹底している先生だ。

地理は世界地理をした。白地図に教科書や地図に書いてあるその国の特徴を丁寧に書き込み、塗り込んでいく。日本のことが出て来た時は、とても嬉しかったらしい。
友達のカーチャに
「日本で一番高い山はなんて言うの。」
って、聞かれた時、
「フジサンだよ。教科書には、フジヤマって書いてあるけど、あれは間違い!!フジサンなんだよ。」
「でも、ロシアではロシア風に言って欲しいなぁ。」
なんて、ちょっとしたことをたずねられてもハッキリと答えられてちょっと有頂天になれたそうだ。
実は、アジアの地理は時間がなくてサラサラと流されたそうだ。でもむすめにとっては、教科書に日本のことが2ページも出ていたことは、励みになった。

次へ
モスクワ日記の表紙へ
ホームへ戻る