ボリショイ劇場 スパルターク


1999年11月19日(金)

配役
スパルターク:ドミトリー・ベロガロフツェフ、クラス:ドミトリー・ルィフロフ、フリギヤ:アンナ・アントニチェヴァ、エギナ:マリヤ・アラシュ、剣闘士:R.プローニン

原作:R.ジョヴァニオーリ

台本:ユーリー・グリゴローヴィチ

指揮:アレクサンドル・コプィロフ

演出:ユーリー・グリゴローヴィチ

舞台装置:シモン・ヴィルサラッゼ

作曲:アラム・ハチャトゥーリアン



ムム、これを書くのがいかに残念か。ステパネンコのエギナを見られなかっただけではない。
足の故障で急きょ代役に大抜擢されたのが、若きアラシュ。

バレエ「スパルターク」の見どころは虐げられたところに咲く可憐な花のようなフリギアと悪徳の栄えを以てする淫媚で艶やか、毒々しくも大輪の花をもつ香りとあくどい色に魅せられたかのように集まる富みと力の象徴のようなエギナ。
2幕でクラスがフリギアに目をとめるやいなや、それを見て嫉妬を内側に隠しもちながらも、エギナの持つ色香でクラスを自分の方に向けさせる。そして3幕目には、存分な大人の女の美貌と妖艶さ、光に目を眩ませる程の宝石や飾りを使いながら、奴隷までも懐柔し虜にしていき、クラスの方に勝算を上げようとする裏での魅惑のシーン。
エギナはどこまでもセクシーでねっとりと、大胆で美しく奸計とわかっていてもその魅力に引きずられ、罠にはまっていってしまうような、抗いがたい官能が表現されていなければならない。

フリギアとエギナは対極の女性像として私たちの前に現れてこなければ、このバレエの見どころを失ってしまうと言っても過言ではないだろう。
それが残念ながら、アラシュのエギナは美しさはあるが、それ以上の何も感じられなかった。サラリとした表現、技術が先行してしまって役に入りきれていない。これではフリギアをしても、そう変わりはなかったであろう。
始めてアラシュはこの役をもらったというが、ちょっと荷が勝ち過ぎている。
フリギアとエギナの対比が明らかでないということは、この大作のバレエに盛り上がりを作ることが不可能になることが良く分かった。

しかし、フリギアを演じたアントニチェバはとても清潔な美しさをかもし出し、スパルタークが殺され、最後にフリギアの悲しみを演じた時には胸が潰されるような悲しみを共有できた。これもひとえに今回の男性舞踏手の素晴らしく美しい躍動感に負うところも大きい。
クラスしかり、スパルタークしかりである。男性的な正義感に漲るスパルタークを演じたベロゴロフツェフの終始力強い跳躍と回転は目を釘付けし、感嘆のため息が出て止まらなかった。

ここまで配役を揃えているのに、エギナがなんとも残念としか、言うより他ない。
アラシュには気の毒な無理な抜擢だったようだ。



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