アバド/ベルリンフィルハーモニー


1999年10月8日(日)

演目
ベートーヴェン交響曲第4番
ヴォルフガング・リム 二つの深淵にて<In Doppelter Tiefe>
ドヴォルジャク 交響曲第9番

指揮:クラウディオ・アバド

ソリスト:ステラ・ドウフェクスィス、アンナ・ラルソン(アルト)

場所:モスクワ音楽院大ホール


「ドイツの民主主義50周年」を記念して、ベルリンを分割占領していた戦勝4カ国(アメリカ、フランス、イギリス、ソ連)の首都+ドイツ連邦共和国の首都ボンをまわるツアーとして、8年ぶりのモスクワでのコンサート。プログラムも英、独、仏、露の4カ国語表記。

ベルリンフィルを生で聞くのは88年5月以来11年ぶり。アバドの生は87年のヴィーンフィル以来なので12年ぶり。FMやCDなどでその後もそれなりにフォローしていたが、やはり生を聞いてみないと。

ベートーヴェンは少し小さ目の編成。はじまりはピアニシモだが、音がなるなり糸がピンと張った緊張感がホールに充溢する。やっぱりベルリンフィル。テンポは中くらいだが、クライマックスになると生のアバドならではのアッチェレランドをかけるので、実際より速めに感じる。第二楽章の「タッタタッタタッタタッタ」は「タ タタッ タタッ・・・」と聞こえる。クライバー的に「マリーマリー」と癖のある間合いのとりかたをしていたのが面白い。木管群がとてもきれい。第四楽章は、早目に感じたけど、ファゴットは有名な難しいフレーズを無理なく弾いていた。やはり「テンポ感」をしっかりもっているのでこういうことが可能になるのかも。その点はある意味でアバドの魔法のみせどころ。

リムの曲は、このツアーのために書かれたもの。弦と金管の強奏ではじまり、歌がはいるとおだやかになる。そしてまたオケは不協和音を駆使し、ぎしぎしときしむ音でいっぱいの音符を変拍子で演奏する。と、二人のアルトがおだやかでやさしい節を歌う。その繰り返し。オケは内から割裂かれる人間の苦悩を表現し、そうした現代社会の諸問題を人間の声が癒すというのがテーマのようである。現代音楽の典型的なパターンに感じられた。

そしてメインがドヴォルジャク。一回しかない演奏会なのに「お子様プログラム」(パリとロンドンではマーラーの3番がメイン)。モスクワの聴衆の耳はもっと肥えてるぞ!と少し不満をもちながら聞きにいったがどうしてどうして。第一楽章はベートーヴェンと同じような演奏で、アバドならこんなものかなと思ったが、第二楽章の途中からだんだんのってきたのか音色に艶がでてきた。超有名で平易(マーラーとか哲学的世界観がかかわってる曲とは違って、という意味で)なこの曲を音楽家の中の音楽家たちが正面から全力で演奏すると、節のきれいさをこえて、この曲を書いたときのドヴォルジャクの心境なんかが浮き彫りにされてくるから不思議。第四楽章のはじめでは、金管と弦楽が、お互い全くことなる音の質をもちながらも、ここまで見事に融けあって聞こえるものか、とためいきがでた。

全体的にはとても満足できる演奏会。筋肉質で贅肉がまったく感じられない、それでいて充分弾力性もある音色に変わったベルリンフィルを、アバドがその集中力と情熱と即興性で曲に生命を吹き込んでいるのがよくわかった。若返った楽員も以前と同じく全力で演奏している(特に木管群)。チェロやコントラバスもベルリンフィルならではで、力強くしっかりと底からささえながら、ハッキリと聞こえる。ティンパニも十分な強さとふくよかさ。音色でものたりないのは色っぽさ。サラブレッドすぎる。とってもおいしい赤身だれど、適度な脂肪があればもっとおいしくなる。
指揮にも、さらにその先が欲しい。アバドの基本には「中庸」という言葉があるのではないか。演奏にほころびがでても崩れてもいいから、どこかで意外性が欲しい。カラヤンなんかはかなりよぼよぼになってからでも、どこか特定の楽器群にたいして大きく一振したり、睥睨したりということをすると、ガラット音楽を変わらせるオーラをもっていた。ラトルもすでに12年前(1987年11月)のマーラー6番で「こいつ若いのに、すでにしっかりBPOを掌握しているな!」と思わせた。アバドはそうしたカリスマを意図的になくし、若い民主的な演奏感を大事にするかのよう。ベルリンフィルは強烈な個性に指揮者を得て、それに反発するとき、その最良の部分がでるのではないか。と考えると、アバド時代はカラヤン時代にゆるんだ「たが」(実際1981年〜1988年に聞いた実演では、どうしてベルリンフィルはこうもズレルのか、と毎度思ったものだ)を締め直す時代であったのか。

リハーサルにもぐりこんでみると、全体的にとても若返り、女性も1/4くらいいそう。コンサートマスターはスタブラワ、ヴィオラはレーザ、オーボエはシェレンベルガーと古株も見られるが、他の弦楽器、木管楽器(のトップ)はほとんどみんなアバド時代の新人。ヴィオラの土屋さんは今シーズン限りでしょうか、後ろで参加してました。
「新世界から」はなじみがあるだろうし、6日にもボンで演奏してるのに、はじめからさいごまで、ちゃんとさらっていました。さらに、練習の休憩時間にも木管群は独自トレーニング。さすがベルリンフィル。
ちなみに切符の値段は400円〜9000円。わたしたちがみたのは一階正面19列目(日本なら当然S席)。4000円でした。


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