クレーメル/バルト室内オケ演奏会


2000年5月3日(水)

演目
シュニットケ Sutartines
ギヤ カンチェリ こども時代にもどると
ヴィヴァルディ 四季
アストル・ピアッツォラ ブエノスアイレスでの四つの季節

ソリスト:マリヤ フェドートヴァ(フルート)

ソリスト:ギドン クレーメル

場所:モスクワ音楽院大ホール


「戦争で親をなくしたすべてのこどもにこの演奏会は捧げられる」
とプログラムに記されており、コンサートに先立って、クレーメル自らがスピーチで
「とくにチェチェンでの戦争の犠牲者に捧げる」と付け加えた。

続けて、プログラムには記載されていないシュニトケの曲が演奏された。
これはリトワニア独立闘争の時に作曲されたものだが、権力との衝突の際に不可避的
に生じる暴力を含む反生産的あつれき事象にはうんざり、でも闘争は続けていかねばならない
という心の動きが印象的に表現 されている。弦楽合奏の他にオルガンや打楽器も使われて、
時に大音声となり、不協和音ともなる。
それは「叫び」には違いないけれど、音量的というよりその奥からの質的な「静かな叫び」
が心に迫ってくる曲であり、演奏であった。

二曲めは、日常の小さな遊びにおおきな喜びを感じていた、静かで平穏なこども
時代に、大人となった自分がお客として招かれてひとときをすごす、という風な曲。
独奏フルートが単調ながら明るい日々の動きを、低音の電気ギターが伴奏で日常の構造を表わす。
曲も演奏も平凡。これが作曲家のねらい?

今日の演奏会は「八つの季節」というテーマ。
それで、単純にヴィヴァルディとピアッツォラの四季を順番に演奏するのかと想っていたがさにあらず。
ヴィヴァルディの「春」−ピアッツォラの「夏」−ヴィヴァルディの「夏」−ピアッツォラの「秋」・・・という順番で、
最後はピアッツォラの「春」で終わる。
演奏も、クレーメル色が濃く、春でも、寒い冬が終わってすきっと晴れた春がきた
(パールマンのベートーヴェンのヴァイオリンソナタ「春」がそれ)、とはならず
暖かくなったかと思うとまた寒さがぶりかえしたり、風で髪がぼさぼさになったり、
犬がみずたまりにはいって身震いをしたり、春の日のエピソードが音で表現される。
クレーメルがもちろん独奏パートをうけもっているが、はじめのソロであの細くこまかい中にたくさんの
分子がはいっている音色を聞いたとき、集中して耳を澄まさないとききにくいかなぁ、と思った。
さらに、チェロのソロとのかけあいになると、チェロの方が朗々とした大きな音色なので、クレーメルが
かすんでしまい、これはバランス悪いのでは、と心配もした。
が、これは計算してのことであることが、だんだんわかってきた。
秋だったか冬だったかにヴァイオリンのモノローグ風の部分があるが、それを節度を
保ったクレーメル節&音色でゆっくり奏でており、今までこんなに大きな音を出す彼の演奏を聞いたことがない。
どちらかというと多彩な変化球で楽しませてくれる音楽家だと
思っていたが、直球も立派なもの。プログラムによると大きな音が出る楽器として知られている
ガルネリ(1730年製のex-David)を使っているとのことなので、あたりまえではあるが。

と、ついクレーメルについて書きたくなるけれど、オーケストラもピアッツォラの曲も負けないほど魅力的。
ピアッツォラのはそれこそ変化球だらけ(ハーモニックス、コルレーニョなど技を多用)なのだけど、
ブエノスアイレスの季節という太い一本線が通っており、それは 暖かく、放っておいても自然に果物が
できてしまうような安心感がある。
ピアッツオラの曲を聞いていると、これではヴィヴァルディが霞んでしまうなぁ、と 思えるほど。
でも次にヴィヴァルディになると、ゴシック様式の大聖堂の壁のように、峻厳。ともすればポビュラーな
クラシック曲になってしまうこの曲が、こうして並べて演奏されると、古典として年月をたえてきたことの
あるものとして堂々として聞こえるのは、クレーメルの音楽的思慮の深さの賜物。
これは、もしかしたらアレンジなのかもしれないが、ピアッツォラの「春」の最後
の方では、チェンバロによりヴィヴァルディの「春」の有名なメロディーが回想されて、
春で始まり、春でおわるという「音楽での一年をひとまわり」をはっきりと聞かせてもらった。

オーケストラは平均年齢25歳で、全員バルト(リトワニア、ラトヴィア、エストニア)出身というが、
これだけの技量をもつ集団をつくれるというのは恐れ入る。響きは弾力的で力強く、 さらにクレーメルの
良い意味での神経質な部分を継承している。

アンコールは二曲。ハッピバースデートゥーユーの変奏曲、「祖国はデカイ」からベートーヴェンまで
はいったセルゲイ・ドレズニンの混成曲。会場は爆笑の渦。
シュニットケの深刻な曲ではじまったコンサートだったが、「人生、まじめなこと、楽しいこと、その両方を
味わわなきゃね」、という音楽家クレーメルのメッセージ、 というか、啓示を与えられて家路についた。


バルト室内管弦楽団は「クレメラータ バルティカ」の名を持ち、1997年、故郷のリガで行われた
クレーメル50歳記念公演でデヴュー。 日本を含めた世界各国へ公演旅行しています。
「八つの季節」もCDとしてごく最近、録音されたそうです。

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