2013年1月17日、ボリショイバレエ芸術監督のセルゲイ・フィーリンが自宅近くで何者かに強酸性の液体をかけられ、顔と目に重傷を負いました。複数回の手術を受け、3月末までドイツの病院に入院ということです。
この件につき、3月はじめ、ボリショイバレエ上級ソリストのパーヴェル・ドミトリチェンコが逮捕されました。5万ルーブルを支払い、ユーリー・ザルツキー(35)にフィーリン襲撃を頼んだことを「自供」しました。ただ、殴ることを頼んだが硫酸をかけることは頼んでいないとのことです。ザルツキーはアンドレイ・リパトフ(31)に協力をもとめましたが、リパトフによれば自分は目的を知らされずにザルツキーを現場まで送迎し、利用されただけだとのことです。
ドミトリチェンコはボリショイにコールドバレエとしてつとめているオリガ・クルィピナと離婚し、若いアンジェリーナ・ヴォロンツォーヴァと再婚(事実婚)しました。ヴォロンツォーヴァは2001年-2008年ヴァローネジバレエ学校で学び、2008年ペルミのバレエコンクール「アラベスク」で第一位となりました。その後、当時モスクワ音楽劇場(ネミーロヴィチ=ダンチェンコ劇場)のバレエ監督をしていたフィーリンに入団を勧められましたが、モスクワバレエアカデミーに入学し(ナタリヤ・アルヒーポヴァのクラス)、2009年に卒業、モスクワ国際バレエコンクールで優勝するとともにボリショイバレエに入団しました。
ボリショイではツィスカリッゼのクラスでレッスンし、娘のようにかわいがられました。2009年には大晦日恒例のくるみ割り人形のマーシャ(クララ)役に抜擢され、2012年の大晦日まで連続してツィスカリッゼと共に主役を踊っています。そのためか、芸術監督のフィーリンに干されて役を与えられず、2012年にようやくコールドバレエからソリストに昇格しました。ツィスカリッゼの証言によれば、女性の先生のクラスに移れば白鳥の湖のオデットを踊らせてあげるとフィーリンに言われたとのことです(BBCによるインタヴュー)。
3月13日、ドミトリチェンコの逮捕をめぐり、ボリショイ関係者300人以上がプーチン、ロシア政府、ボリショイ後援会長他にあてて以下のような公開書簡を発表しました。ドミトリチェンコを知っている人間であれば、彼のような才能ある舞踊家で、直情径行的性格ではあるが、秩序を重んじ喜んで他人を助けたいと思う人物が、あのような犯罪の黒幕であるとはとても信じがたい。フィーリンとの芸術や劇場運営方針をめぐる対立があったとしても、違法行為にでるようなものになるはずがない。ドミトリチェンコは自白しているが、証拠は説得力がなく、厳しい圧力をかけられてのものに違いない。だから真相究明のために、独立した捜査委員会を国に設置することを要望する。
公開書簡に書名したのは以下のような人たちです。プリマバレリーナのM.アレクサンドロヴァ、A.アントニチェヴァ、M.アラーシュ、M.ルィシキナ、プリンシパルのツィスカリッゼ、A.ヴォルチコフ、その他アンドリエンコ、メルクリエフ、スタシュケヴィチ、バローティン、ヴォロビヨフや、劇場指揮者のクリニチェフら300人以上です。
フィーリンの早い回復を祈るとともに、真相究明を待ちたいと思います。