2003年9月21日から10月7日まで、9ヶ月ぶりにロシアへ出張することになった。
私はロシアが好きだし、いやな目にあったことはほとんどない。
いわれるようなソビエト的官僚的対応をされたことも、ペレストロイカ末期の留学時を除いて皆無である。
しかしそうした「ソヴィエト的対応」を出発前に、しかも日本の旅行会社にされてショックを受けた。
ロシアには通算約4年間住んでいたことがあり、その他に夏休みを利用して1ヶ月-1ヶ月半の資料調査を数回しているが、2週間程度の短期の出張はあまり経験がない。
短期の旅行は大学院生時代に朝日新聞記者に同行し、通訳のアルバイトをしたこと、95年にチェリャビンスクでの国際会議で報告したこと、96年の大統領選挙にあわせて史料収集に行ったこと、
そして2002年末にモスクワ大学の歴史教育について調べに出張したこと、そして今回である。
1か月を超える滞在の時は、ロシアの研究所に受け入れてもらいヴィザを取得し、あちらの知り合いのアパートを借りる。
しかしそれ以外の時には旅行会社を通じて航空券、ヴィザ、滞在先(ホテル)の手配をすることになる。観光旅行の場合と同じである。
ヴィザさえ必要なければ、航空券をディスカウントで購入し、知り合いの家に泊まるのに、ロシアの場合それができない。
ヴィザをとるには滞在中の全ホテルの予約をすることが条件となっている。
これまでの短期旅行の時にはすべてユーラスツアーズというロシア旅行専門の会社に依頼し、とても気持ちよくロシアへ行けた。
今回ロシアへ行くのは文書館で帝政期の歴史史料を読むことが主目的である。大学に勤めているので8−9月の夏休みを利用すればよいのだが、ロシアの文書館は8月が夏期休暇で休館のことが多い。
9月はじめから行けばよいのだけれど、今年は前期に学科の幹事をしていたので上旬に学科会議を主宰しなければならず、中旬にある教授会にも必ず出席しなければならない。
教授会の議題によってはその直後に学科会議を招集する必要がある。
10月には授業がはじまるので何回も休講にはできない。大学には授業アンケートというものがあり、学期末にちゃんと15回授業をしたかどうか学生に申告されるのである。
こうしたわけで9月17日に教授会を迎え、その後の木金を予備日として次の日曜日である21日に出発という計画をたてた。
いつもの通りユーラスツアーズに連絡をするが、すぐには返事がもらえなかったので、翌日ロシア旅行では同じく老舗のR旅行社に見積もりを依頼した。
すると数時間で返事がきた。ただし今年はペテルブルク建国300周年で飛行機が混んでいるので、帰国を一日早めるか遅くするかしなければいけないとのことだった。
ペテルブルクとモスクワの希望のホテルで見積もりがきた。ホテル選びの条件は1街の中心にあり駅から近い、2郵便局がホテル内ある、3リーズナブルな値段の三つで、ペテルブルクは「モスクワホテル」または「オクチャーブリスカヤ」、モスクワは「ロシアホテル」が希望である。
ペテルブルクのホテルは旅行会社のHPとはずいぶん違う値段だったが、混んでるなら仕方ないと考え申し込むことにした。
はじめて頼む会社なので不安がなくはなかったが、迅速に見積もりを出してくれたし、老舗なので信頼していたが、これが運のつきであった。
ロシア旅行は、前にも書いたようにホテルの予約がとれないとヴィザが出ないので、ヴィザの受け取りは直前となり、ハラハラする。
それを見越してか旅行会社のHPには申し込みの流れ作業図があり、「ぎりぎりの日程」として「申し込み(手付け金の入金)」は7日前、「請求書送付」は5日前、「重要な金券・書類の送付(航空券、ヴィザなど)」は3日前となっており、「特に弊社から連絡がなければ手配が進んでいると思ってください」との但し書きがある。
つまり申し込み金を入金してから何の連絡がなくても出発5日前までは問い合わせができない仕組みになってる。
ヴィザがぎりぎりにならないとおりないし、ホテルの予約もあちらまちなので、利益があまり見込めない個人旅行でごたごた時間をとられたくないということであろう。はじめての人にはハラハラするシステムであろうが、理由が理由だけにそれは理解できる。
今まで一度も問題が起こったことがないので、予定通り今回も出発準備をしていた。
しかし出発前の5日前である9月16日になってもなんの音沙汰もない。
前日の15日が祝日であるので、1日遅れの16日(火曜日)にヴィザ等の発送準備しているのだと考え、待つことにした。
しかし翌日17日(水曜日)になってもR旅行社から音沙汰がない。さすがに心配になり、でも「今日書類を送りました」という返事を期待して電話をした。
するとコンピューターで手続き状況を調べたあと、「ホテル予約の回答がロシアから来ないのでもう少し待ってください。あちらに電話したりして状況を聞き、また連絡します」とのことだった。私が電話しなければ何もせず、ただひたすらロシアからの回答を待ち続けるという感じである。
「出発が目前だけど予定通りいけますよね」と確認すると、「ヴィザはもう出てるので大丈夫です」とのことだった。
航空券、ヴィザなどの送付は旅行代金入金後とのことなので、木曜に請求書発送だとして金曜日に払わねばならないのでぎりぎりである。心配になった。
そして今日18日になった。午前中から電話を待つが、連絡なし。銀行は土曜が休みなので、今日中に請求書を発送してもらわねばアウトである。
午後になって再びR旅行社に電話した。すると「まだロシアから連絡がない、返事が来次第折り返し連絡する」とのことである。
ペテルブルクは込んでるんだなあと思いつつ、遅れている原因があちらなら仕方がない。R旅行社はもちろん積極的にとれる手段をとるべきであるが。
しばらくして「モスクワは予定通りロシアホテルがとれました。でも申し訳ありませんが、ペテルブルクでは途中でホテルを変わっていただきます」とのこと。
こちらが尋ねてようやく具体的にホテルの名前がわかる。ひとつは有名、でも中心から遠い「プルコフスカヤ」、もう一つは最寄の地下鉄からトロリーバスまたはミニバスに乗らねばならない、無名の「カレリヤ」というところである。もちろん私には初耳のホテルだし、R旅行社のHPにはこのホテルの名前はない。
途中でホテルを変わると、半日は仕事を中断してスーツケースをもって移動しなければならない。今回は5日しかペテルブルクにいられず、その間朝から晩まで文書館にこもる必要があるので大きな時間的損失である。
建都300周年だからホテルがとれただけでもよしとしようと思った。
そして夜7時過ぎ、出発の3日前になってようやく請求書がファックスで来る。
よくみると、無名で不便なカレリヤホテルは、もともとの予定よりだいぶ値段が高い。R旅行社のHPにある、はじめに泊まろうと思っていたホテルの値段の2倍である。見積もりより2万円くらいは高くなる。
R旅行社のHPによれば「最初の見積もりより・・・10000円以上の値上げがある場合にはご説明いたします」とある。
でも受けた説明は途中でホテルを変わらねばならぬということのみ。値段の変更については一言も説明がなかった。
納得できないので説明を求める電話をした。
すると「どうしようもない。現地でクレームを言ってくれ」との回答。旅行会社の担当者は私とロシアの間にはいって大変だろうと思い、時間も迫っているので現地で交渉することにした。
でも妻は納得しない。旅行に行くのは私一人だが、ある意味待つ身の方が心配するものである。
で彼女が電話をすると、社長と名乗る人がでた。「おかしいのではないのですか?」というとすぐに電話をきられた。
もう一度電話をすると驚くべきことに「あなたは誰に電話をしてるのですか?R旅行社ですか?それは筋違いです。これは依頼人と担当者の問題である。私は関係ない。」との返事。
あんまりなので「それはないでしょう。こっちは客なんですよ」とたしなめると「いったい何様だと思っているんだ。あんたは単なる依頼人だろ。おとなしくこちらのいうことを聞け!いやならキャンセルすればいいじゃないか!!」「でも契約違反じゃないですか?」「そっちが申し込まなければ何にも問題はおこらないんだ。どこが契約違反なんだ。具体的にいえ!」
名のある旅行会社の社長がまさかそんな態度をとるはずはないと思い「本当に社長さんですか?お名前はなんとおっしゃるのですか?」というと「社長といったら1人しかいないから名前をいう必要はない」とのこと。唖然。
隣でスピーカーフォンで聞いていた私もあんまりなので代わり、具体的に契約違反内容を指摘した。
「ぎりぎりの場合で請求書送付は5日前。連絡がないのは順調にいっているということ」とのことなのに5日前に連絡なし。その上、ホテルは途中で不便なところに変わらねばならず、しかも見積もりより2万円近く値上げ。
「旅行代金の支払いはぎりぎりで3日前。航空券その他の発送は入金後」とあるが、請求書が3日前になってもこないので払いようがない。
そういうと、はじめは「うちの書類のどこにそんなことが書いてあるんだ」と威勢がよかったが、さすがにその文言をみつけたのか、その後しばらく無言。
ようやく「こちらから電話するので一度切ってください」と突然丁寧語にかわる。
電話を切ると待てど暮らせど返事はない。5分してこちらから再び電話した。
すると女性の担当者がでた。確認すると先ほど怒鳴った男性は本当に社長だという。驚きつつも今までの経緯を説明すると隣で聞こえていたのか「それはお客様に対する態度じゃありませんね。申し訳ありません」とのこと。
社員の方は社長の性格を当然のことながらご存知のようである。
が、それも続かず、男性の担当者に代わる。社長の命をうけたのか、社長のようにどなったり恫喝したりはしないけど、結局は問題を起こすならキャンセルしてくれということ。
「HPには『弊社は現場主義(安い、早い)で個人旅行者の心強い味方です』とあるけど、あれは何なんですか?」と尋ねると
「そりゃホームページは宣伝だから、実際よりいいことを書きますよ。」だって。正直な人である。
「現場主義」とは「高い、遅い。そしてロシアからの回答をただひたすら待つ」こと意味するようだ。
HPの他のところには「R旅行社5つのチャレンジ」として「日本一安い、日本一早い、日本一安心、日本一親切(!)、日本一現時情報」とある。
まるでソヴィエト時代のスローガンみたいである。
「世界一民主的なソ連」「世界一の工業国ソ連」というようなものである。
北朝鮮では今でも「世界を魅惑する金正日政治」という本が売っているという。
社会主義体制、あるいはそのシンパに反語法は欠かせないのであろうか。
もっともここでは「チャレンジ」とあるので努力目標にすぎず、現在はその状態にはないということを間接的に言っているようなものである。
そう考えると社員のみならず、会社全体が正直なのかもしれない。一人を除いて。
キャンセルを真剣に考えた。しかし、その場合はキャンセル料金をとるという。
もちろんデメリットはある。大学からは出張命令が既にでているので変更しなければならないし、もちろんいやがらせをうけた上に何のサーヴィスも得ない相手にキャンセル料金を払わねばならない。
用事はあるので旅行会社を変えてもう少し遅くいくことはできるが、そうすると授業をたくさん休講にしなければならない。
出発のずっと前ならスケジュール的にも金銭的にも変更は可能である。
だがもう出発3日前。ヴィザ取得のためにパスポートを旅行会社に預けており、他の会社に乗り換えることもできない。
結局売り手市場にできているのである、ロシア旅行は。
ペレストロイカから10年以上たち、明るく華やかに変わったロシアがどんなにサーヴィスに努力しても、ロシア旅行は日本でメジャーにならない。それはロシアの責任ではない。
ロシア旅行でびっくりするのはアエロフロートの食事(私は好きだけど)でも、シェレメーチエヴオ空港の暗さでも、入国管理官のやる気のなさでもない。
敵は本能寺にある。
ロシア旅行をする時は、信頼できる会社を選ばねばならないというのが今回の教訓である。
2003年9月18日
ちなみにこれからの予定は19日に振込み。その後の発送では間に合わないので航空券、パスポートその他重要書類は成田での受渡しとのことである。
本来であれば3日前までに郵送してくれるはず。だからこれも契約違反。
ということは成田で渡してくれず、岡山に逆戻りもありうるかも。