真紀子の近所に住んでいた20歳代の男性が交通事故で死亡したわ。
オートバイで走行中、急にセンターライン寄りに進路変更をしたため、
後続のトラックがこれを避けきれずハネられてしまったものらしいの。
今や交通死亡事故は、他人事でなくごく身近なものとなってしまったわね。
残念で恐ろしいことだわ。
先述の男性もそうよ。
毎日、昼時になるとオートバイに乗って勤務場所から自宅に帰ってくる姿を見ることができたのに・・・・今夜は、彼の葬儀。
交通死亡事故といってもいろいろあるわよね。
中には、同情の余地が無く自業自得だと世間から批判される事故すらあるけど。
特に、無免許運転や飲酒運転での自損事故は、どんなに規模が大きく悲惨であろうとも
同情の念などみじんも沸いてこないわ。
むしろ「バカモノめが!」とあざ笑いたくなるわね。
ただ、これはあくまで自損事故に限っての話であって、他人を巻き添えにしたとすれば、
運転手は極悪非道な殺人鬼であるから「バカモノ」ではすまされる話ではないと思うの。
キッチリ償ってもらわねばならぬわよね。
警察官から聞いた話だけど、無免許運転や飲酒運転をしていた人を取り調べてみると
「俺は、長年(無免許)運転している。運転技術は、免許所有者と同じかそれ以上だ」とか
「俺は、少し酒を飲んでいる状態の方が頭が冴えるのだ」とうそぶく奴がいるというわ。
また、深夜で交通量がほとんどない交差点での信号無視や見通しの良い踏切での一旦停止違反者は
信号は、守るのが目的ではなく交通の安全と円滑化を図るための手段であるはず。
したがって、全く支障のないことが明確ならば赤信号だからと言って停止する必要はない。
同じように、見通しの良い踏切で列車の来ることが100%あり得ないことが明確な場合は一旦停止する必要はなかろう
と主張する人がいるわよね。
ともすれば「然も有りなん」と錯覚しそうになるけど、とんでもない間違いよね。
「目的が達成されさえすればその手段・方法は全て個人判断任せでよし」と言う理屈が通用するのは、
せいぜい縄文時代か弥生時代までよね。
人口が増加し、科学・文化が発達した中での快適な共同生活となれば目的を達成するためのルールづくりは極めて重要だし
人々がそのルールに従うことは、社会秩序の維持という大きな意味を持つのよね。
確かに別のやり方・方法もあるのかもしれないわ。
また、現行制度が完全なものとは言い切れないし、時代や環境によって見直す必要があることについては真紀子も異論がないわ。
とにかく、これだけ交通死亡事故が増加しているのよ。
絶滅は無理としても、悲惨な交通事故を減らすためには、個々人がルールを守り、
小さな事でも手抜きをすることなく危険要因をひとつひとつ潰していくしかないでしょう。
今ある道路交通法は、過去の事故例に見る経験則や科学的根拠等に基づいて制定されているはずよね。
そういう難しい話が良く分からない人は、真紀子の言うことに黙って従っていれば間違いないわよ。
真紀子の指示に従わないヤツ?
そんなモン、ぶっ殺してやるわよ。
お仕置きでもいいわよ。
法律・ルール?
知るか、そんなモン!
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