昴会大和   10月の伝言板  (発行:平成9年10月11日


皆さん、お元気ですか。この1ヵ月いかがお過ごしでしたか。あのピラミッド起動後、静かで振幅が小さく安定したというか、淡々とした時間が過ぎて行っているような気がしています。この休息期間のような毎日の中で各自いろいろ足元の深いレベルでの調整が事細かに進んでいるような・・・肉体的な変化(原因のはっきりしない湿疹、腹痛、頭痛やけだるい感覚等)を経験したり、チャネルが始まったり、幽体離脱を経験したり、人によって様々な事が起こっているようです。まっ、それはそれとして、10月の昴会大和のご案内をいたします。

日時: 平成9年10月18日(土) 午後1時スタート

場所: 神奈川・昴会大和の場(日本アーステック内)

 

● 9月の昴会大和 レビュー:    

“ 自立とは、全て目の前に現われる現象は自分が造り出したと言う意識と責任をもつこと。このことが出来るようになると、人に対して怒り、怨み、失望、嫉妬、ジレンマなどといった感情は起こりません。・・・・・・あなた方が子供に腹が立つ時、知人に嫉妬する時、あなた方はその人に依存していることを理解しなさい。自分の造り出した現実を、人のせいにすることは依存の何ものでもありません。 ”

“ 自らの想念を客観視出来ぬ者ほど、人を判断する。想念観察や感謝瞑想が出来ておる者は判断しないようになるじゃろう。これが自立ということじゃ。・・・・・・人はどうでもいいんじゃ。自分の在り方に集中し、無条件に輝いて欲しいものじゃ。全体の中で個性を発揮し、全体の中で調和を意図するんじゃ。全て自分の一側面、つまり自分じゃ。比べるな! ”

機関誌の中のこのメッセージが、皆さんの足元では自分の言葉でどう具体的に表現され、肉体化されていますか? 9月は、自分と自分の周りを変えるキーワードのような「自立」と「依存」についてと、自分にとっての「想念観察」について話し合いました。いろんな人の足元レベルでの具体的な意見や報告が熱く飛び交い、宇宙の人達もニコニコして観ていてくれて声援も聞こえてくるようでした。読んだ話、聞いた話とは違い実際に経験体験からの話は身近で具体的で力強く、話す人も聞く人も与えられるって感じで、より充実した集いになりました。

 

● 11月の予定について:

11月の昴会は第4土曜日の11月22日になります。また、11月初旬以降、日程はまだはっきりしていませんが、11月8日(土)?・・・今のところ5人ぐらいで河口湖(FUJI日本の新センターの場所)に行く予定です。下見を兼ねてそこの場所の気に触れてみて何かを受け取ってこれたらと楽しみにしています。早朝に出発することになると思いますが、一緒に行きたい!という人は、念のため連絡をしておいて下さい。乗り合い車の都合さえつけば何人でも行けますので。

 

● 9月19日 クリエ・メッセージ『己を視つめ直す』:

Q: 近頃私の意思の持続性の無さ、フラつきには自分ながら情けないのです。熟考すればするほど、何もかも混乱し、訳分からなくなってしまうのです。最後には、根尽きて訳分からないままでいいと、自分に言い聞かせる始末。こんなんでいいのだろうか? そんな自分自信を見つめている日々が続いています。この2極性の世界には、答えというものが無いのでしょうか? そらとも「問い」「答え」という問答自体も2極性の一環なのでしょうか? だとすれば何も考えなくていい、となってしまうのでは・・・あなた方は、この2極性の世界は己を成長させるための仕組みとおっしゃって来ました。が、唯一の創造へ戻りなさいとも言っておられます。私自身、2極性の身体をもっているのに、どうやって創造と一体になればいいのだろうか? ここは来て、まだこんな質問を投げ掛けている自分が情けないのは判っているつもりなのですが、是非、お答え願えないでしょうか?

クリエ: お前は一体、何を学んで来たのじゃ! こんな基本的な事をこの後に及んで、まだ言わせるのか! よいかのう! 鳥自身、空を飛んでいることに疑いがあるだろうか? 魚は水中で生きていることに疑いをもって泳いでいるだろうか? 太陽は自分の光熱が熱いと感じておるじゃりょうか? その答えは否じゃ! 正に一滴の疑いもなく己を創造を信じ切っておる。もし、微塵でも創造の意志を疑えば、鳥は地に落下し、魚は水に溺れ、太陽は光熱を放つことはないだろう。おまえ達は、今の自分自身を信じ切っておるか? 今、創造によって生かされ、人として生き、その命を生かし切っておるか? 人間として疑いも一点の曇りもない状態。そう!創造の子として、また神の子として己自身を信じ切ること。正にこの原点に尽きるのじゃよ。おまえ達がいつまでもフラついているのは、己自身を信じ切っておらんからじゃ! 創造の子、すなわち光の子として、頭でとらえているだけであって、真にこの事実を真実を肉体化しておらんがために、いつまでたっても空回りの想念に振り回せれておる。いつになったら独り立ち出来るんじゃ! 創造の偉大なる意志は常に常に宇宙を初め、おまえ達の身体のすみずみまで余す事なくそそぎこまれておると言うのに、何故、判らんのか、信じようとしないのか! 創造の元に生きるということは、決して依存ではない。己が創造の子であることへの大いなる気付きなのじゃ! 今こうしておまえ達を視るにつけ、おまえ達は己の意志で動いているつもりでいるようじゃが、その目は、意志は未だに2極性の世界に向いておる。それも殆どの人間がじゃ。一人よがりで納得しておる。今一度、自分の思考、行動が原点からのものかよくよく考えてみるがいい! 己が創造自身だということを、常々念頭に置き、己の思考、行動に照らし合わせてみることじゃ! そうすれば、自分のフラつきがどこから来るものか、視えてくるじゃろう。それではな!

 

● チャネル・メッセージ:

 添付: 「ハテナの性能について」「浄霊と霊体ヒーリング」「憑依について」

 

@「ハテナの性能について」 エリーナ

皆さんはハテナの性能についてどのくらい理解していますか?ハテナの性能はそれこそ“果て無し=果無=はてな”・・・今の皆さんの意識にとっては無限に近いのです。各種の誤解からハテナを手放す人達がいます。ハテナは悲しんでいます。自分の愛が理解されないと嘆いています・・・頭痛がするのは貴方を浄化しているからですよ!・・理解していま すか?・・エゴの回路は頭脳の左側に集中しています。その神経組織の組替えをする時に頭痛がするのです。ハテナの御蔭で憑依されたなんて!・・馬鹿な人間は早く卒業しな さい。このテクノロジーは地球上では日本でしか使用されていません。日本の神々の依頼もあって、初めて使用が許可されたものです。 皆さんはいつまでエゴに振り回されていれば気がすむのでしょう?  いつまで他人に頼れば気がすむのでしょう?  自分の病気もコントロール出来ないのが、今の貴方の現実です。早くエゴ病を卒業しなさい!・・・そうしないと貴方は消滅に向かうだけですよ!・・・・このメッセージが強制・脅迫としかとれないのであれば、今の貴方は危険ですよ!

 

A 「浄霊と霊体ヒーリング」 N彦

アメノウズメの命様 解説
浄霊などというものは簡単な行為じゃ。その場所に行って、〔自分 を変える術を身につけた者〕が、淡々とその姿を見せれば良い。何を語らずとも、“その者”(身につけた者)のハイヤーセルフやら背後の霊が、そこに居る者(霊)と話をする。それで終わりじゃ。 確かにある程度、人数がいた方が簡単かのう・・・霊体をヒーリングするということじゃな・・・・驚いたか?・・・何をすれば良いか判るか?・・光りを浴びせれば良いであろう。 光りとは何ぞ?・・それは愛であり、一体感と言われておるものじゃ。その光りに触れた時に、霊体達は浄化されていくのじゃ。それをなすには実践と自覚じゃ。光りを出せる人間は、ただ歩いているだけで、すべてを変えてしまう。信じられるか? (編集部では実験済、真実です。)

 

B「憑依について」 (タゴリ姫=田心姫)Q=池田

田 憑依について話す前に、知ってほしいことがあります。あなた 方が憑依と呼んでいるもののほとんどは、責任逃れや、ただの現実 逃避でしかないという事です。現在憑依されていると言われている人々のほとんどは、甘い考えを 捨て、現実を見据えて責任感を持つと言う、当たり前の態度を持つ 努力をするだけで、憑き物は落ちてしまうでしょう。

Q チャネリングも憑依のうちなのでしょうか?

田 チャネリングはただの会話です。口頭チャネリング・トランス チャネリングと呼ばれているものであっても、同じです。

Q トランスは憑依的に見えてしまうのですが?

田 実際にやってみてお判りと思いますが、トランスと言えどもチ ャネラー自身の意志で言葉を発しているのです。ただ、自分の意志 を言葉にしているか、私達の送った思考を直接言葉にしているかの 違いでしかありません。これはチャネラーの人格に対して、なんら 強要はなされておりません。

Q では憑依とは、何ものかの強要と言えるのですか?

田 或る存在が、対象となる人格を、その存在の思惑どおりに利用 しようとする場合です。この強要の仕方は本人の心のスキをついて、 巧妙に誘導して行くのです。本物の憑依の場合、本人に憑依されて いるという自覚はありません。憑きものの意志思惑で動いていても、 自分の意志で動いていると思い込んでしまっているのです。

Q 宗教組織に洗脳されて人々が思い浮かんでしまいました。

田 まあ、憑依のうちと呼んでもいいでしょうが、自ら望んで取り 憑かれている人々です。ただし、自分自身の思惑に取り憑かれてい るのです。先にあげた現実逃避のパターンがこれです。架空の現実 に自分の幻影(妄想)を投影する場合を欲して、自ら心地良く洗脳 されるのです。こういう場では、同じように妄信(表面上ですが)している仲間を 見て、心強くして更に憑依を深めるのです。勿論憑依しているのは 教祖ではなく、本人の妄想の想念です。程度の差こそあれ、本人の 想念に取り憑かれるという現象は、あなた方の日常、よくあること なのです。

Q 暴走する想念に巻き込まれて、気付けない時のことですね?

田 そうです。想念観察を続けている方なら、お判りと思いますが、 現在、憑依問題の根本はここにあります。想念の暴走とは、霊力の 暴走と言えるのです。想念の暴走は、暴走に見合った現実を創って しまうということです。そして現在、想念の暴走が大なり小なり日 常化している以上、そのエネルギーは膨大であり、文明レベル、種 族レベルで暴走に見合った現実を造ってしまうという事になります。 ここに人類自身と災害、戦争との因果関係があるのです。どうした ら良いのかはお判りと思います。想念観察を徹底するのです。暴走する想念を客観視することで、霊 はその想念を自身とは捉えず、その要請に応えません・・が、巻き 込まれ、取り憑かれ、自分自身と受け取ってしまうと、その想念の 要請に応え、見合った現実を引き寄せてしまうのです。文明レベル、 集合意識レベルのものであっても、各自が地道に想念観察して行く しかないのです。決して焼け石に水だなどと考えないようにね。

Q テレビのオカルト番組なんかでやっているような悪霊に取り憑 かれたとか言うパターンについてはどうですか?

田 同じ事です。ほとんどは自身の想念に取り憑かれ、その気になっているのです。また実際に他の存在に憑依された場合も同じです。 この場合、他の霊存在であったり、地球上を漂うタレ流された想念 の集合体であったりしますが、他の霊の憑依であっても、その霊の 思惑(想念)の干渉を受けるというのが実態ですので、想念観察が この場合も有効なのです。それこそ憑き物のことを想念観察してし まえば良いのです。

Q 憑依された状態で、想念観察なんか出来るのですか?

田 可能です。憑依された状態であっても、自身の意志(意識)は 厳然としてあるからです。意図的に妄想を想念観察するという訓練 を積んでご覧なさい。想念(エゴ)の暴走に巻き込まれにくくなっ て行きます。これは憑依されにくくなるということ・・と言えます。 以上ですが、他に何かありますか?

Q 今日はこれで十分です。ありがとう御座いました。

田 つけ加えておきますが、私達から見て、あなた方の憑依の問題 は油断としか言えません。本当にスキだらけでエゴの道具になって しまっています。本当はエゴが道具なのです。己を知るための道具なのです。

 

以上  

“本質において一致し、行動において自由、全てにおいて信頼”

昴 会・大 和     松 田  武