ハルマゲドンの話     Do you know Armageddon ?

(注)それぞれの表題に番号として付けられた数は、例えば、n-1,n-2,n-3は、
   番号nの表題に対する言説または注で、n-m-1,n-m-2,n-m-3は、
   番号n-mに対する詳説または注となっています。以下同様。

   また、写真の番号は、ph-p-q、図の番号は、fig-p-qと表し、
   pは表題の番号に一致し、qはその内部での順番を表す便宜的な数です


 1.ハルマゲドンを知っていますか?

  ハルマゲドンを知っていますか?

 ☆ 知らない人は、下の写真 ph-1-1を見てください。

      3秒でハルマゲドンを見ることができます。  

 ☆ 知っている人は、もう一度自分の知っているハルマゲドンが何なのか、

      を確認して、3に進んで下さい。

  

   1-1.これがハルマゲドンです。

  ph-1-1ハルマゲドンの写真

    これがハルマゲドンです。 撮影したのは1996年12月です。


 ,ハルマゲドンとは

 ハルマゲドンは、上の画面 ph-1-1の写真に映っています。それなのです。

 以下2-1から3-2にかけて少しだけ詳しく説明してみます。残念ながら、それだけではハルマゲドンの本当に意味するところはわかりません。是非4以降をご覧になって、ハルマゲドンの事実を理解して下さい。
 

 

   2-1 `Αρμαγεδων  ハルマゲドーン

 ハルマゲドンは、もともとはヘブライ語による呼称なのですが、現在言われているハルマゲドンの語源は、《ギリシァ語によって書かれた文書》の中に記されているギリシァ語`Αρμαγεδωνです。

( このギリシァ語の発音は、hをあらわす気息記号「`」が最初のA(大文字のアルファ)に付いていますので、ハルマゲドーンとなります。英語ではArmageddonで、初めの所の発音は、「ハ」ではなくて「ア」となっています。また、`Αρμαγεδωνのω(オメガ)にはアクセント記号がついています。私のワープロではHTML変換不能のためつけてありません )

 

    2-1-1 いつ・誰が・どこで ハルマゲドンについて書いたのか。

 その 'Αρμαγεδωνという言葉が書かれた文書を探って行けば、ハルマゲドンとは何なのかがわかります。

     2-1-1-1 いつ書かれたか

 `Αρμαγεδωνという言葉の出てくるギリシァ語で書かれた文書》は、今から1900年以上も前に書かれたものです。正確な執筆年代は今となってはもはやわかりませんが、紀元60年代または90年代と考えられています。

     2-1-1-2 誰が書いたか

 `Αρμαγεδωνという言葉の出てくるギリシァ語で書かれた文書》の著者は正確にはわかっていません。著者が文中で自らをヨハネと名乗ってはいるのですが、ヨハネという名前はありふれた名前で、どこのどのヨハネなのかわかりません。

     2-1-1-3 どこで書かれたか

 `Αρμαγεδωνという言葉の出てくるギリシァ語で書かれた文書》が書かれた場所は、著者自身が文書の中に記しています。パトモスという小さな島です。パトモス島は、現在のトルコのすぐ西側、エーゲ海にあるギリシァ領の小さな島です。一説によれば、草稿はパトモスで書かれ、完成は対岸のエペソであったとも言われています

fig.1-2-1パトモスの位置

 上の図の左下にパトモス島の位置を示します。
 また、赤丸の6がエペソの位置です。( 注…パトモスを黄色で塗ってありますが現在のトルコの領土ではありません。現在のエーゲ海上の国境線は、トルコ本土の海岸線に近いところを通っており、パトモス島はギリシァ領に入ります。尚、この図は後の方の「10.7つの教会への使信」に再度出てきます。そこで改めてそれぞれの番号の地名を説明します。)

 

   2-1-2 どこにハルマゲドンについて書いてあるのか

 《1900年以上も昔に、パトモスという小さな島で、ヨハネなる人物によって書かれた文書》こそが、ハルマゲドンとは何かを知るための唯一の文書です。

     2-1-2-1 書名

 その文書は、現代の書物のように本として出版するための文書として書かれたのではなく、現代の手紙に近い種類の文書です。ですから、現代風の「書名」と言えるようなものはありませんでした。

 その文書は、後に『ヨハネが受けた啓示の記録』(一般的な邦訳名『ヨハネの黙示録』)と名付けられて、現在は新約聖書の一番最後に収められています。

 したがって、ハルマゲドンとは何のことなのかを知ろうとする場合は、そのための唯一の資料である新約聖書『ヨハネの黙示録』を読めばいいことになります。

     2-1-2-2 書かれている場所・(何章何節?)

 現代の聖書の文には章と節を示す番号がつけられています。『ヨハネの黙示録』のどこにハルマゲドンが出てくるのかというと、16章16節です。

ハルマゲドンという言葉は、たった1回、この16章16節に出てくるだけです。

( 注…聖書の章・節番号は、14世紀頃新たにつけられた番号で、もともとの聖書の本文にはこのような番号はありませんでした。この章・節の番号は万国共通で、住居表示の番地のような役目を持ち、聖書の語句がどこにあるのかを示すのには大変便利なものです )
 

   2-2 そこにはハルマゲドンについて何と書いてあるか 

 では実際に『ヨハネの黙示録』16章16節を読んでみます。上が日本語訳、下がギリシァ語原文です。

 【 そして、ヘブライ語でハルマゲドンと呼ばれる場所に諸々の王たちを集合させた。 
 

 και συνηγαγεν αυτουs ειs τον τοπον

 τον καλουμενον `Εβραιστι `Αρμαγεδων.

              (上と同様の理由でアクセント記号記入不能・下線部がハルマゲドン)

 これが16章16節の全文です。

 この節だけ読んでもハルマゲドンについてよくわからないのですが、

ここを読むと、ハルマゲドンとは、ある場所を示す言葉だということは察しがつきます。


 

 3 解明ハルマゲドン・1

 一般的な説明。

 ハルマゲドンというのは、2-2に記したように、ギリシァ語で書かれた文書『ヨハネの黙示録』の中に出てくる、ヘブライ語で呼ばれる場所の名前です。

 そのハルマゲドン (h)Armageddonは〈 ハルHar + メギドMegiddo 〉の変化した語だというのが最も有力な説です。

 ヘブライ語のハルとは「山、山地・丘陵」のことで、メギドは地名です。その2つが連なって「ハルマゲドン」=「メギドの山」、「メギドの丘陵」となります。

 また、可能性は少ないのですが、別の説もあります。ハルマゲドンと呼ばれる場所がユーフラテス川の近くにあったとされる説、その他、ハイファ(この地名については3-1-1参照)近くのカルメル山であるという説、エルサレム近くのどこかの山、という説もあります。

 

  3-1ハルマゲドンはどこにあるのか

 最も有力な説に従えば、ハルマゲドン=「メギドの丘陵」は、中東のイスラエル北西部のメギドにあります。

 

    3-1-1 地図で確認

 

 ハルマゲドンのあるイスラエルは、アラビア半島と地中海の間に位置しています。現在のイスラエルは、南北に細長い日本の5分の1位の小さな国です。そのイスラエルの北西部に、ハルマゲドンがあります。fig.3-1-1にイスラエルの位置を示します。

fig.3-1-1 中東(赤く塗った部分がイスラエル)

 日本で普通に入手できる比較的詳しい地図を見ても、ハルマゲドンの場所「メギド」が記入されているものはあまりありません。メギドには現在は遺跡と畑以外にはほとんど何も無く、人も住んでいません。ですから、地図に地名を入れるほどの重要な場所ではないのです。

 メギドの位置は、世界有数の先端工業基地として注目されている地中海岸の都市、ハイファの南西32kmの位置です。ハイファは、高校の地理で使う程度の地図帳にも名前が出ています。

 次のfig.3-1-2はイスラエルの概形です。ハルマゲドンの位置を赤丸で示します。正確な図ではありませんが、イスラエルの主要4都市であるエルサレム、テルアビブ、ハイファ、ティベリアとの位置関係はつかめると思います。

西岸管理地区を含むイスラエル(黄色部分の四角四色が各都市)
     
fig.3-1-2  赤丸印がメギドの位置

 

google mapを開くと正確な地図を確認できます。

google mapを開き、検索欄に megiddo,israel と記入して検索してください。

 

    3-1-2 ハルマゲドンへ行く方法

 実際にハルマゲドンに行ってみることもできます。

 メギドに一番近い都市はアフラという人口15万人程の地方工業都市です。まずこのアフラまでバスで行きます。アフラを通るバス路線は、エルサレム、テルアビブ、ハイファ、ティベリアなどイスラエル主要都市の中央バスステーションで容易に見つけることができます。

 アフラから先も路線バスで行けます。前述したようにメギドは人もほとんど住んでいないような所ですが、メギドには遺跡があって国定公園となっていますから、Megiddo national park をアフラのバスステーションの案内所で探すと何番のバスに乗ればいいのかわかります。タクシーではさらに簡単に行けます。また、アフラにはたくさんの乗合タクシー(シェールート)が走っています。慣れればこれを利用することもでき、バスとあまり変わらない料金で行けます。アフラから路線バスで約30分、タクシーやシェールートで約20分、古代遺跡公園を目指して行けば到達できます。そこがメギドで、メギド一帯の丘陵がハルマゲドンです。

 

   3-2 ハルマゲドンはどんな所か

    3-2-1 現在のハルマゲドン 

 1-1の写真にあるように、何も無いただの丘が連なっているだけです。周囲の平野部には畑が広がっていますが、町はありません。昔も今も交通の要衝で、野原の中にイスラエル各地へ向かう幹線道路が走っています。

 メギドは、イスラエルの北西-南東を結ぶ幹線道路と北東-南西を結ぶ幹線道路とがほぼ直角に交差するちょうどX印のクロス部になります。巨大な自動車道路のジャンクションがあって、道路標示には4つの方向の行き先が大きく書かれています。X印の左上(北西)へ行けばハイファ、右上(北東)はガリラヤ湖畔のティベリア、右下がエルサレム、左下がテルアビブです。位置関係は上のfig.3-1-2を参照してください。高速自動車道路と畑と丘。それがハルマゲドンに見ることのできる風景です。

    3-2-2 古代のハルマゲドン

 今は道路と畑しかないのですが、今も昔も交通の要衝であり、古代には大いに栄えた都市がありました。メギドには有名な地下水道トンネルのある古代都市の遺跡が発掘されていて、メギド国定公園となっています。メギドの遺跡は考古学的には極めて重要なものだとのことです。博物館や訪問者のための施設があリます。

 かつてはエジプトとシリア、メソポタミアを結ぶ街道と、パレスチナ内部とフェニキア(現在のレバノン方面)を結ぶ街道の交差点でした。現在のようにアラブ-イスラエルの敵対する国家間の国境はありませんでしたから、これらの街道の往来は今よりも盛んだったかもしれません。また、交通の要衝であるために古代からしばしば大規模な戦争が行われた場所でもありました。

    3-2-3 未来のハルマゲドン

 未来のハルマゲドンこそがここで問題にしているハルマゲドンなのですが、それについては以下で少しずつ説明していきます。

 


        


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