アルミパックの中の日本

 「生活の欲にとらわれ、生活の流れにおし流され、悪魔の領土に入っている人々には、この真理は実に覚(さと)り難い。」 『ブッダのことば』大いなる章764


インドの安宿の便所

インドの安宿の便所 兼 シャワールーム
ストロボ撮影をしているので明るく写っているが、実際はかなり暗い
左上に水だけが出るシャワーがついている。

 

 私はタバコの煙が嫌いだ。タバコが健康に良くないという健康上の理由以前に、私はタバコの臭気を好まない。大嫌いな匂いだ。私はタバコを憎悪している。

 しかし、私はインドへ行くとタバコを吸うことがある。そこではタバコの香りにひとときの安らぎを得ることがあるからだ。

インドの匂いをあなたは知っているだろうか。実際に行ったことのある人にしかわからない独特な匂いがインドにはある。

 インドですでに30年以上生活している、タゴール暎子という人が書いた本『インド探訪』(筑摩書房1995年)の中に、日本に里帰りした後のインド再入国時のことについて次のような記述がある。
「ダムダム・エアポート(カルカッタ空港)に着いて空港ビルに入ったとたん、独特の臭いがガーンと鼻をつく。ビリ(手巻きタバコ)、汗、スパイスとからし油の体臭、石炭、牛糞燃料の煙、消毒液、熱気と土埃り…これ以上分析不可能の臭いである。」 p.6
   … たいへんよく「あの匂い」がよく表された一文だ。

 実際に何とも言えない独特の臭気がインドにはある。

 外気が臭う。旧いごみごみした町の中、安宿の並ぶ裏通りはなおさらだ。行き交う人や動物(ウシやヤギが自由に歩いている)の体臭、路上のチャイ屋や揚げ物の屋台の出す煙と油の臭い、2サイクルエンジンのオートリクシャーの排気。そして、ヒトも、自由に歩き回っている牛も犬もその他の動物も皆、街路で糞尿を垂れる。
 生ゴミはかまわずに道路に放り出される。豚や犬が糞尿やゴミを食べ、再び垂れ流しながら歩き回る。手押し車を押した清掃人がゴミや糞便を集めて歩き回るが、集めるのは固体のみ。

 安宿の中、とりわけうす暗い便所は息ができないほどだ。ろくに掃除してないし、換気装置など無い。その上、インドに着いて四、五日後にはたいてい激しい下痢になって、自分の排泄物の臭いが安宿の室内に漂うようになる。薄黄色の水のような下痢便には、初期の下痢に使うセイロガンの臭いや食べたものの臭い、胃液などの消化体液の臭いがそのまま含まれていて、窒息しそうになる。
 便所の穴からネズミが這い出てきて、汚水の線を床に描きながら部屋の中を走り回る。私は卒倒しそうになる。

 そんな時はもうどうしようもなくなって、硬い板だけのベッド(安宿のベッドにはマットレスも毛布もシーツも無い)に座り、タバコの火をつける。室内に漂うタバコの煙の何とすがすがしく感じられることか。 

 しかしインドの安宿を泊まり歩いて一週間もすると、次第に慣れてくる。二週間もして下痢も完全に収まると、すっかりインドの空気と水に慣れ、日本にいる時よりも元気になり、力が湧いてくる。そして不思議なことに、あのいやでたまらなかった臭気が、日本に帰ってからはたいへん懐かしく貴重なものに思えるのだ。

 私の一回目のインド旅行は悲惨なものだった。初めてのインドで私はいろいろなことにショックを受けた。4日目から始まった下痢と発熱は、精神的なショックのためもあって、3週間近く治らなかった。旅の半分をベッドの上で過ごしたほどだった。その時、インドは日本とは全く違う異常な世界だと思った。10日目位には「もうインドはこりごりだ、一刻も早く日本に帰りたい」と思って航空会社へ行こうとしたこともあった。(8月の雨季のむし暑さと身体不調のため航空会社まで出向くことはできなかった)
 しかし、今は思う。「異常なのは日本だ」と。

 いろいろな国に旅をして得られる最大の収穫は、「日本が異常な国だ」ということに気づくことである。もし、このことに気づかずに旅行をしている人があったならば、その人は不幸だ。

 再び汚い話に戻る。
 ある街の街路にはあらゆる動物が歩いていた。牛、羊、犬、やぎ、名前を知らない鹿のような動物… 素晴らしいおとぎ話のような楽しい風景だといいのだが、現実はそうではない。動物は皆垂れ流しながら歩き回るのだ。町中がろくに掃除をしていない豚小屋の中同然だった。もちろんネズミや大量のハエやその他の好ましからぬ生物も同居している。目には見えないが、あらゆる細菌が繁殖している。

 街の食堂にはガラス窓など無かった。給仕の運んでくる食べ物にはすでにハエが何匹もとまっている。テーブルの上に皿を置くとさらに群がってくる。初めのうちはハエを手で追い払って食べたが、次第に面倒になってきてやめてしまった。食べ物が皿から口に運ばれるまでにはハエは逃げて行くからだ。  日本に帰ってきてから考えてみるとぞっとするのだが、インドではそれが当たり前だった。ヒトや動物の排泄物をなめ回ったハエが自分の食べようとしている食物にたくさんとまっていても、それを食べることができた。

 ある安宿では廊下の隅にある冷蔵庫の中に「安全な」飲料水を用意してサービスしていた。水道水を煮沸してそれをミネラルウォーターの空きペットボトルに入れて冷蔵庫で冷やしたというものだった。しかし、ある日見ていると、それが煮沸されていないことがわかった。どこかから拾ってきた空のペットボトルを水道で簡単に洗って、そこにそのまま蛇口から水を入れ、それがそのまま冷蔵庫の中に入れられて「煮沸冷却水」になっていた。インドではよくある話だ。店で買った新品のミネラルウォーターさえしばしば「中古品」であることがある。
 私はすでに1週間以上もその「安全な」水を飲んでいた。その宿はどこで水道管に穴が空いているかわからないような旧い密集地の裏通りにあった。それ以来、私はインドでは水道水を飲むことに不安を感じなくなった。

 インドの旅行には体力が要る。
 それは病気に打ち勝つための体力だ。インドを長く、かつ安宿・安食堂ばかりを使って旅行する場合は、感染症の病原菌が口に入ることは想定しておくべきだ。普通の下痢や発熱は日常的に起こるが、そのような時の体力消耗時でも恐ろしい伝染病の病原菌は体内に取り込まれる。下痢や発熱の時でもその病原菌に対する抵抗力が残っていなければならない。負ければ恐ろしい病気が発症する。コレラ、赤痢、A型肝炎…   その他にもインド人との駆け引きをしながら進んでいかねばならない体力、バスの屋根によじ登る体力、長時間行列に並ぶ体力…

 インドを旅するには十分な体力が必要だ。私は1回目のインド旅行の出発前にトレーニングをした。走り、自転車に乗り、20キロのリュックを背負って歩き回った。腐ったりカビの生えた食べ物を口にして消化器を鍛えた。しかしそれでも1回目のインド旅行は終始体調は悪いままだった。常時蒸し風呂の中にいるような雨季の高温多湿が私から体力を奪い取った。2回目は気候の良い冬。初めからインドの水をがぶ飲みし、屋台で衛生的でない飯を喰って早くインドに慣れようとした。やはり4日め位から下痢が始まったが、9日めにものすごい臭気のするヨーグルトとバターの中間のようなものを食べたとたんに下痢が治った。

*

 インドを歩き回っているうちに、次第に自分自身の全てがインドの安宿街の空気に溶け込んでくる。薄汚れた衣服、毎晩使い続けている寝袋(汗と垢に汚れ、南京虫のつぶれた死骸が貼りついている)、泥と牛糞にまみれた靴やズボン、リュックサックの中の全てもインドに慣れ親しんでくる。

 旅が終りに近づき、インドを後にする数日前になると、荷物の整理と処分が始まる。私はインドへは非常食として「カロリーメイト・ブロック」を1個持って行く。幸いなことに非常食を非常時に食べたことは一度も無い。帰国前日に泊まる宿で荷物の整理と処分のとき、カロリーメイトを食べる。その時、私は日本を感じる。密封された無菌の小さな空間。カロリーメイトのアルミパックの中は、紛れもない日本そのままの世界だ。

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 インド旅行というのはガマン大会に参加しているような一面がある。快適なことよりも不快なことのほうが圧倒的に多く、たくさんの困難といやな思いを乗り越えて進んで行かねばならない。

 しかしそれでもインドには不思議な魅力がある。私はインドもインド人も大好きだ。少なくとも日本よりはずっと素晴らしい。

 インドから日本に戻って成田から都内へ、電車に乗り換えると、そこには日本人という異常な人間がひしめいていて、異様な姿を見せてくれる。私は愕然とする。… 皆一様に疲れ切った表情をしている。皆一様にこぎれいなスーツを着て、額にしわを寄せて新聞や週刊誌を眺めたり居眠りをしている。生気が感じられないのだ。…インドにはそんな人間の群れはいない。カルカッタの地下鉄の中でも、デリーの官庁街でも。

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 「インドは素晴らしい」の一語に尽きる。だが何が素晴らしいのかと問われると、それは何とも説明のしようの無いものなのだ。

 日本にいると自分がまるでアルミパックの中に押し込められたカロリーメイトの一粒の粉のようになってしまうような気がしてならない。


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