魔法の解けたあと・・・




魔法、それは物体の本来の姿を失わせるものである。本来の姿を失わせて、代わりに虚像に置き換えるのが魔法の本質だ。虚像とは言え、その力は本来の姿以上に力を発揮し、現実に干渉し、あるいは破壊することさえ可能である。
 だからといって、安易に現実を破壊しようと考えてはならない。なぜなら、現実もまた虚像のひとつに過ぎず、従って両者の力は等しいからだ。
 破壊を実行すれば、非常に強大な敵に直面するだろう。運命の天秤がそれを用意するのだ。直接の敵は人間かもしれない。あるいはばしょかもしれない。時間かもしれない。虚像自体が、敵と化すことすらあるかもしれないのだ。
 勝敗は、運命のみの知るところである。

                                    魔法暦23,000年(共通暦1,537年)
                                    アイノ・ヒリア魔道塾卒業式典校長訓話より抜粋

1

 アザール城は静まり返っていた。時は真夜中、もちろん誰もが眠っているのだろう。
 しかし、もし誰かがこの時城に入ってきて、眠っているものを調べてみれば、眠りがあまりにも深すぎることに気づくだろう。そしてもし、その誰かの嗅覚が鋭敏であれば、空気にかすかに漂う甘美な香りを感じることができるかもしれない。もっとも、感じる前にその香りのもたらす眠りに引き込まれ、犠牲者を一人ふやすだけかもしれないが。
 その香りを追っていくと、城内でも特に美しい部屋に着く。
 アザールの名高い美しい王女、フィーリアの寝室である。
 彼女も例外ではなく、豪華なベッドの上で、死んだように眠っている。
 その傍らに、場違いなみすぼらしいローブをまとった鋭い目をした男が立っていた。彼の持っている小さな容器・・・それが香りの源だった。
「やれやれ、これが予知に現れた敵か。うわさ以上に美しいな。さてと、始めるか」
 男はそう呟くと、容器を傍らに置き小さなワンドを袖口から取り出した。それを左右に振りながら、聞き取りにくい低い声で呪文を呟き始めた。すぐにワンドが光り始め、それに合わせるかのように王女の体も輝き始める。
 男の口調が強くなっていく。それに答えてワンドと王女の輝きも強くなり、やがて輝きは王女の体を離れて二つの光球となった。
「これからが厄介だぞ」
 二つの光球が男のそばの床へ降りた。男は別の呪文を唱え始めた。
 今度の呪文は前より静かだが、ずっと長く続いた。呪文が終わったとき、光球はすでになくなっていた。どんな呪文を使ったがわからないが、二つの光球は二つの物体へと姿を変えていた。