月の女神?

「ギリシア神話のアルテミスは何の女神でしょう?」

そんな問いかけをされたら、大抵の人は月の女神と答えるでしょう。しかし、アルテミスを月の女神とみなすかどうかはかなり微妙なものがあります。アルテミスは月の女神でないとするのは、次の三つの理由からです。

 1.と2.は関連しています。ギリシア神話中月の女神でなければなりたたない神話は、おそらくエンデュミオーンの神話だけでしょう。これについては元々セレネーに属する神話であると言っていいと思います。3.については、主にほかのページで述べます。

ただ、アルテミスが月の女神であってもおかしくない状況も同時にあります。それは家系です。アルテミスの母方の祖父母はコイオスとポイベー。コイオスは名前からいうと天空の神、ポイベーは「輝く女」という意味で、まぎれもなく月の女神。アルテミスの母レートーの姉妹アステリアは星の女神。レートー自身も一説には夜の女神とされています。以上のことから考えるとアルテミスが月の女神であっても不思議はないといえます。

ケレニーなどははっきりと「アルテミスは月の女神ではない」と断言していますが、F.ギランはセレネーはあとから作られた女神だと言っているので、学問的にもはっきりしてはいないのかも知れません。ただし、文献としてはホメロスの次に古いヘシオドスの神統紀にはセレネーがアルテミスと別に出てきているので、そんなに新しい女神ではない気がします。

アポロンが太陽神かどうかについても同じようなことが言えます。

参考までに、ローマのディアーナについてですが、ギリシア神話がローマに入ってからは完全にアルテミスのイメージになってしまいました。ローマに入ったころにはアルテミス=月の女神というイメージは定着しており、ディアーナも月の女神とされました。しかし、本来彼女も豊穣の女神であったようです。ただし、ここにもただしがついてしまいますが、ディアーナという名前はギリシアの女神ディオーネを想像させます。ディオーネという名はやはり光の女神。ディアーナにも光の女神としての側面があったのかもしれません。

個人的な結論ですが、月そのもの、太陽そのものを表すのは、セレネーとヘリオスに譲りたいと思います。オデュッセイアにおいてでてくる太陽神の牛は紛れもなくヘリオスの牛です。あと、セレネーヘリオスにはもう一人の姉妹、曙の女神エーオースがいます。この女神は独自の神話(ティートノスの神話)を持っていて、かなり存在感があります。そうである以上、兄弟もしくは姉妹のヘリオスとセレネーもギリシア神話から外したくないのです。

蛇足:アルテミスとアポロンは、兄妹なのか姉弟なのかもはっきりしません。ギリシア神話の解説本は著者の見解に依ってしまいます。叙事詩や悲劇などでも両方のパターンがあるようですが、私は古典ギリシア語の兄弟姉妹を表す言葉が日本語のように年上年下の概念を含んでいるのか、英語のように単に性別の概念を含んでいるだけなのかわかりません。後者であるとすれば、叙事詩や悲劇も訳者の見解に依ってしまうので、本当はどうなのかわかりません。ただ通説に従えば、アルテミスは月の6日目に生まれ、アポロンは月の7日目に生まれたとのこと。アルテミスの方が一日早く生まれているのです。個人的には姉弟説をとりたいのですが、兄妹説が定着してしまった原因のひとつとして二人が月の女神、太陽神とみなされたこともあげられると思います。太陽と月を比べると、どうしても太陽が上月が下というイメージがあると思います。現に、ヘリオスとセレネーは間違いなく兄妹です。
もし、古典ギリシア語に詳しい方がいらっしゃいましたら、ギリシア語の兄弟姉妹を表す言葉が年上年下の概念を含んでいるのかどうか教えてください。情報お待ちしております。